13 ヒコの民

 キッチンのテーブルに向かい合って座ると、彼女はやはり気になったのだろうか。僕がどうして呼び止めたのか、その理由を問うてきた。というより、既に察していた。


「聞きたいことが沢山ある、ということですよね?」

「うっ……ばれてましたか」

「それはもう、はっきりと」


 僕ってそんなにわかりやすいのかな。

 こないだの流星の落下がある前……。鈴香に初めて話しかけられた時だって、冷静さを装ってみたりした。とはいえあの時は、僕がすぐに驚いてしまったため、結局は意味がなかっただろう。

 ユメや父さんは家族だから当たり前として、ヒカリにも分かりやすいと言われたし……。


 思えば、これまでの小学校生活においても、周りが僕の考えを察してくれてたことが多かった気がする。


 なんてことだ。僕には周りにとてもわかりやすい「何か」があるんだ。

 それって一体何だろう…….オーラ?

 いや違う。そんなわけない。普通の人にオーラなんて見えるはずがない。

 じゃあ違う別の何か――。

「あの」


「ふえぁ!? あ、すみません……」

「もしかして、言葉を発さないほうがよろしいのでしょうか……」


 そんな切ない表情をしないで。こっちもまた悲しくなっちゃう。


 ……気を取り直して、再開しよう。


「ええと、失礼しました。聞きたいことは結構沢山あるんです。僕はあなたの名前も知らなければ、どこから来たのかも、国籍も何も分かりません。それに、さっき言ってた『ヒコの民』っていうのが何なのかも聞いてませんし……しかも、あなたがもしかしたら、ベガと関係がある人なのかもって。そう思ったんです」

「疑問をそこまで持たれていたんですね。勝手に出て行こうとしたのが何だか申し訳ないです」

「いえいえそんな」


 彼女は自分を謙譲した表現を良く使うなぁ。言葉遣いもとっても丁寧で、貴族みたい。


「順を追って説明させて頂きたいところですが」

「――ちょっと待った」


 彼女を呼び止める声。それは僕ではない。

 ……だとすると、あとは一人しか居ないだろう。

 そう、彼だ。そこにいる緑髪の少女によって助けられた、ベガがそこに居た。


「オイラにもその話を聞かせてほしい」

「ベガ、もう大丈夫なの?」

「ああ、心配かけてごめんよ、ルイ。もう大丈夫だ」

「目を覚まされたみたいですね。また一つ、安心できました」


 緑髪の少女はまた、心からの安心をしている。

 それはそうか。自分が治療した人が目覚めてくれるのを見届けられたのだから。


「お前が助けてくれたんだろう? 偶然とはいえ、ここに来てくれて本当に嬉しいよ」

「いえいえ、手のかかることを行ったわけではありませんから、お気になさらないでください」

「いやいやオイラにとってはとても嬉しいんだ。ありがとう」


 昨日、僕にしてくれたあの穏やかな微笑みを、彼女に向けて放つ。

 やっぱり、ベガはこの笑顔が一番似合うな。


「ねえベガ、記憶は問題ない……?」


 もしかしたら、またショックで何かを忘れているかもしれない。それを危惧していたが、別段どうという事も無いらしい。


「ああ、昨日のことは何も忘れてない。でも、前のことは忘れたままだ」

「記憶……ですか」


目で、言っても良いかと問うと、ベガはしっかりと頷いてくれた。


「はい。ベガは記憶喪失で、ついおととい僕が発見したんです」

「ええ!? そんなことが……。一般的に記憶喪失といいますと、大きなショックを受けたり、あるいは記憶に残したくないほどの深い傷を、心に負ってしまった際に起こると言われていますが……どちらであっても、相当な苦労や苦があったことは、間違いないでしょう……」

「いやいや、オイラはそんなに悲しんでないよ。今が楽しければ、それでいいんだ」

「そういうものなのでしょうか」


 ベガを不思議そうな目で見ている彼女。記憶を失うと幸せ……。

 この言葉は僕にとっても不思議な気持ちになるフレーズだった。


「で、ルイは質問があるんだったな」

「あ、うん。幾つかね」


 ベガは昨日と同じく、僕の左側の席に座る。

 でも彼女は、申し訳なさそうな顔をしている。


「どうしたんですか?」

「ごめんなさい。先ほどの質問のうち、ほとんどには答えることができません。それでもよろしいのでしたら、お話しいたします」


 残念だけど、さすがに全部聞くことはできないか。彼女にも隠したいことや、隠すように言われていることだってあるのかもしれない。それを無理に聞くようなことは、初めからするつもりはない。


「勿論良いですよ。あなたが言える範囲のことで結構です」

「分かりました。では……」


 彼女が言えないこと。それは、彼女自身がが探している人物の詳しいことと、そして、自分に関するその一切であった。ということは、僕の聞けることは必然的に「ヒコの民」についてと、ベガとの関連性だけらしい。


「まず先に申し上げたいのは、これら全てが真実というわけではないということをご留意頂きたく思います。わたくしがわかる範囲のお話ですから」


 僕ら二人は頷く。

 彼女が真面目な雰囲気だからだろうか。辺りには張り詰めたような緊迫感が漂い始めていた。彼女の呼吸にふと合わさっていくような、そんな感じだ。


「ヒコの民というのは、大いなる自然の力を使いこなすことができる者たちのことを言います。ある国……もっと言えば、ある地域だけに存在する、特別な存在です。特別さゆえなのか、決して他の地域には出向いたりせず、一切の関わりを持とうとはしないのが特徴なのです」

「閉鎖的に暮らす民族が居ることは知っていたけど、ヒコの民っていうのも居たんだ……知らなかった」

「知らないのも無理はありません。関わりを持とうとする者は、これまでどこにも居ませんでしたから」

「誰一人として……なんでだ?」


 ベガも非常に興味深そうに聞いている。

 自分にも関係している可能性が高いのだから当たり前なのだろう。

 この子が聞き漏らすことが無いように、僕もしっかり聞かなければ。


「理由は定かではありませんが、先代が、外の世界と関わっても、ろくなことが無いと感じたと聞きました。だから民にはそのように教えてきたそうですし、それ以上に、外界の者は非常に野蛮であると言われていたんです。そんなことを言われてしまえば、まず間違いなく、外へは出ようとは思わないでしょう。ヒコの民は、そうして教育を受けたそうです」

「でもそれだと、ヒコの民を探しているということには行きつきません。だとすると、もしかして……」

「はい。その内の数割が行方不明になってしまったのです」

「数割も!?」

「何かがあったってことだな」

「はい、そうなります」


 彼女が言うには、行方不明になったヒコの民はリーダーを含め何人も居るらしい

 この内、リーダーがこの地域に居ることはどうにか分かったらしいが、それ以上の情報は一切手がかりが無く、困っているとのこと。リーダーはどうやら彼女と深いかかわりがあるらしく、少し似ているところがあるらしい。


 この町というところまで絞り込めたため、他の情報を得るために、民家のチャイムを鳴らしては、ヒコの民というものを知らないかと、聞いて回っていったそうだ。


「わたくしに申しあげられるのは、このぐらいです」

「そっか……大変だったんですね」

「いえ。わたくしも外に出られて、新たな体験が沢山出来ていますから。むしろ……」

「むしろ、冒険心がくすぐられて……楽しいよな!」


 ベガは、記憶喪失ゆえなのか、この世界の一部の物を良く知らない。

 だから昨日も、帰りに舗装が成された道路に驚き、車に驚き、青空に驚き食事を満喫し……。

 本当に、色んなことを経験して、学んで、楽しんでいた。

 きっと、これまで知らなかった。もしくは忘れているからこそ、今新たに、笑顔になることができているのだ。


 この言葉の意図を理解したのか、彼女も笑顔になる。


 ――これまでにない、一番の、それもとびっきりの笑顔だった。


「はい、楽しいです!」


 もしかしたら彼女は、心のどこかで、その民から解放されるのを望んでいたのかもしれない。

 そうでなければここまでの笑顔はできないと思う。


 この先どうなるかはわからないけれど、その「ヒコの民」が無事見つかるといいなって、心から思う。

 でも、ただ見つかるだけじゃなくて、その間彼女に、色んな楽しい体験が待っていますようにと、願うばかりだ。

 彼女の人柄があるからこそ、ここまで思えるのかもしれない。


「わたくしはしばらくこの町に居ることにします。どこに居るかは申しあげられませんが、もし次に会ったとき、民を見つけていましたら、ご一報を頂きたいと思います」

「ああ、もちろんだ」

「僕たちも、協力できることはしないとね」


 二人ながら、満場一致の答えだ。この人の助けになりたい気持ちは、ベガにとっても同じだったようだ。


「ありがとうございます……。その言葉だけでもわたくしは満足です……!」


 笑顔になる彼女は、やはり幸せそうであった。

 人に恵まれて育ってきたような、穢れの一つもない笑顔だった。


「あなたがたも苦労なさっているようですので、早く救われることを願っています。だからこそお話ししたいことが一つあるのです」


 何を話そうとしているのかは分からない。

 でも、先ほどよりもピリリとした緊迫感が、彼女からは漂っている。

 それほど、僕たちに話すことが重大なことであると、肌をもって実感する。


「あなたは『リガルス』という男に狙われているようですね。先ほどこちらの方がお話をしていました」


 彼女は、僕の方を見つつまたベガに視線を戻す。


「わたくしは、その男を少しだけ知っています」


「「え!?」」


 ここに来て、僕らにとっても有用な情報を知る者が現れた。

 何度も言ってしまうけれど、まるで運命的な出会いだと思うばかりだ。

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