14 わたくしの思う彼と、本当の彼
★☆★
お二人が探していらっしゃる「リガルス=シュティル=ダルグラミア」ですが、わたくしは何度も彼の名を聞いたことがあるのです。伝聞ではございますが、彼についてのお話をさせて頂きたく思います。
わたくしがこの旅を始めてしばらくした頃でしょうか。わたくしの住む地域の隣では、ある噂がありました。その噂こそが、リガルスに関するものです。
遠くの地域からやってきた、さすらいの拳銃使。彼は自分をそのように名乗りながら、誰かのボディガードをしたり、誰かを守る依頼をこなしたりして、生活をしていたと言います。しかしながら、何故そのようなことをしているのか、理由は一切不明で、目的も素性も、何もかもを本人は隠していたということです。これだけ聞けば、何だかかっこいい方だと感じますよね。
でも、ある日から彼は変わってしまった。
彼は守るためではなく、獲物を仕留めるために己が力を使い始めるようになったのです。
わたくしの推測、そして希望で申し訳ないのですが、恐らくきっと、大切な人を守り切れなかったのではないかと思うのです。守れなかった傷は深く、最早「守る」という行為そのものに、怯えるようになってしまったのではと、心配しております。
今、彼は「賞金稼ぎ」として、この世界中を飛び回っていると聞きました。
頼まれた依頼ならば何でも遂行し、達成する。そんな凄腕のスナイパーとして、語られています。狙った場所にしっかりと、弾を撃つことができるようです。それだけの正確性を携えているんだとか。
でもまさか、この地域に居るなんて……。
ルイさんからお聞きしたとき、とても驚きました。でも、そこで一つだけ謝りたいこともございます……。
ベガさんが狙われていると聞いたとき、失礼ながら一体ベガさんがどんな人なのだろうかと一瞬警戒してしまいました。賞金稼ぎのリガルスが狙うわけですから、それほどまでに恐ろしい人なのだと思ったからです。
が、姿を見た瞬間に、これは何かの間違いで、リガルスに本来狙われるべきではない人が狙われているのではないかとも思いました。ベガさんは懸賞金がかかるような、そんな悪さをするようには見えなかったですし、起きてくださった今なら尚更そう感じます。
ですからわたくしは、一つだけお約束させて頂きたいのです。
もし仮に、わたくしがリガルスに遭遇することがあったなら、彼を説得し、ベガさんを狙う契約を破棄して頂くことを要請します。
★☆★
「そんな……無茶だよ」
「それで撃たれることになったら大変だ」
「そう、でしょうか」
正直ベガのことを怖いだとか思ったことは、別段どうとも思っていないし、ベガも思っていないだろう。謝る必要もないことだとも思う。
今の話が仮に全て本当だったとすれば、リガルスは既に心を閉ざしているんじゃないかなって思う。僕らが何を言ったとしても、奴が心を開くことは無いし、ベガを狙うという点では変わらないと思う。彼女の話にも出ていたけど、「頼まれた依頼ならば何でも遂行し、達成する」ということは、依頼主がどうにかしない限り、どうしようもない。
「ですが、何もしないままですと、お二人は気楽にお外を歩くことが出来ませんよね」
「確かにそうだけど……」
彼女の考えにも、一理あると感じてしまった。
実際今、僕たちは非常に窮屈だ。
窮屈な暮らしを強いられていると言っても過言ではないと思う。
確かにリガルスに怯えて暮らしていたら、いつまで経っても家から出ることが出来ず、ベガは中学にも通うことが出来ないだろう。
下手を打てば、僕だって……。
ベガと一緒に通学したいのに、それが叶わないなんて。
なんだか悲しいな。
「ですからやはり、わたくしが説得するのが一番の方法なのです」
僕は半ば諦めていて、彼女の考えに折れかけていた。
でも、ベガは違った。
「オイラは手を撃たれた。しかも、関係ないはずのルイまでも狙っていた」
非常にご立腹だ。
どうやらベガは自分が撃たれたことにまず憤りを感じ、加えて僕という最近関わり始めたばかりの田舎者が狙われたことに対して、更なる怒りを覚えているということなのだろうか。記憶喪失なのだから、ベガが僕と話している密度の方が濃いから意識が向いているのかもしれないが。
それでも、何だか嬉しいな。
「オイラ達にもできることがあるはずだ」
ちょっと待って僕もやるの!?
オイラ達って僕も含まれてる気がするんだけど……。
思わず言ってしまうところであったが、心の中だけで抑え込む。
『言って良いことと悪いことの区別は付けろ。下手したら友達を失うからな』
僕が小学生の頃から父さんに言われ続けた言葉を思い出したからだ。
これを聞いてベガがどう思うかはわからないけれど、あまり言うべき言葉ではないだろう。そんな気がする。
それにしてもこのベガ、真剣そのものである。
「その表情……。何か策があるのでしょうか」
対してベガは、そのキリッとした頼もしい表情を崩すことはなかった。
――これは期待できる。
「それは無い」
「無いのかいー!」
その表情が崩れることは無かった。そのキリッとした頼もしい表情で、そしてクールに言うものだから、反射的にツッコんでしまった。
「でも、一つだけ、気になっていることがあるんだ」
その時、ガタガタと窓が揺れた。今日は風が強い日かもしれないな。
洗濯物は干していないし、特に気にも留める必要は無いだろうけど。
「お前、さっき不思議な力を使ってただろう?」
僕がそんなことを気に掛ける一方で、ベガは彼女に向かって問いかける。
そういえば、彼女が放った力についてその一切の話を聞いていなかった。リガルスのことに夢中になってばかりだったが、こちらも確かに気になることである。彼女はどうしてそんな力を持っているのか、ということを。
「先ほども申し上げましたが、ヒコの民は『大いなる自然の力』を操ることが可能なのです。それゆえわたくしは先ほど、その大いなる力の一つ《ヒコステイム》によって、ベガさんの治療を行いました」
なんかすっごい名前だねこれ。
でも、かっこいいなぁ。
「その治療って、一体どんなものなんだ?」
「自然の力で『元の状態に戻す』ということです。わたくしが実行した限りでは、そのような認識です」
「元の状態に戻す……か」
漠然としているけど、なんとなくはわかった。
機械で言う、修理をしたんだろう。どういう原理かは全くわからないけど。
魔法みたいだなって、良く思う。
「オイラ、気付いたんだけどさ、その力、内部だけじゃなくて、外部も治せるみたいなんだよな」
銃弾で怪我をしていたはずの右手を表裏返してグッパーしながら見せてくる。しかしそのような痕は一切なかった。どこかに忽然と消えてしまったかのように、すっかり傷が癒えていた。
でも、本当に不思議な力を持ってるんだなぁ……。少なくとも普通の人間には、そんなことできないや。
……ん、普通の、人間?
これまでのことを思い返してみる。
何だか、ベガがあまりにも超人的であるような――。
流星(もしくはベガ)の落下……。だが一日眠れば歩けるようになるその精神力……。銃で撃たれても速く走ることができる……。
――そんな気がしてきた。
つまり、そんな「超人」なのであれば、何かしらの《力》が使用できてもおかしくないんじゃないかって、薄々ながら感じてきた。
「ねえベガ、あのさ」
「うん?」
そのことに関してベガに話してみると、超人的なことに関しては驚かれた。
でも、考えていたことは同じであったようで、ベガも《力》のなにがしが使用できればと思っていたみたいだ。
それに対して彼女は、肯定しつつも断定はできないと言った立場だった。
「わたくしはそれに関してどうなるのかは判断しかねます。ですが、ベガさんは何だか見たことがあるような、特別な何かを持っている気がするのです。例えるならば、ヒコの民のようで、そうではないような、そんな輝きを、心の内に纏っているような……」
「リガルスさえどうにかすれば、安心できるだろう。
えらく自信に満ち溢れた表情だ。向かって左に垂れるアホ毛がピシッとしている。本気度が伝わってくる。
ってかそのアホ毛面白いな。意志を持っているみたいに動くんだ。
また、ガタガタと窓が揺れる。やっぱり今日は風が強いな。
「風が強くなってきたようですね。またもっと強くなるやもしれませんし、わたくしはそろそろ出発しようかと思います」
「そっか……。まだ聞き足りないことはあるけれど、しょうがないか。色々ありがとうな。そういえば、ずっとタイミングを逃してたんだが、お前、名前は何ていうんだ?」
「……そうですね。名前含めて、あなた方には、色々と申し上げておいた方が良いのかもしませんね。失礼しました」
そういえばベガ、彼女のことを「お前」って読んでたけど、正直呼び辛そうだった。本当だったら早い所聞いておくべきだったのかもしれないけれど……確かにタイミングを逃してた。そして、色々って?
「わたくしは『ローテナリア』。兄を探すために旅をしています」
彼女が去った直ぐ後のこと、僕は頭の中で、ある一つの突っかかりを感じていた。
風は既に止んでいた。
――ローテナリアって、どこかで聞いたことがあるような。
頭の隅から隅の引き出しをこじ開けて、どうにか思い出そうとしたけれど、そもそも見つからない箪笥もある。そのせいで思い出すことができない。何か大切なことだった気がするんだけどな。
「どうしたんだルイ。難しい顔して」
「うーん、ちょっとね」
そう言うと、ベガが心配そうな顔をしてくる。
「何かあるんだったら、早めに言ってくれよ……? もし後で何かあったらまずいだろうし、今のうちに思いは共有しておきたいんだ」
「そっか、それもそうだね」
一人で考えるよりも、二人で考えた方が良いだろう。ベガはそう言いたいらしい。どんな些細なことでも
ベガに対しては言ってみることにしようかな。
「ローテナリアって名前、どこかで聞いたことがある気がして」
「なるほどなぁ……もしかしてルイも、記憶喪失だったりするのか?」
「うーん、ちょっと違うかも」
これは記憶喪失じゃなくて、忘れ癖だ。
忘れ癖といえば、この、会ったことがあるような感覚、ベガに対しても感じたような……。
星屑ヶ原に居た日、ベガに初めて会った日。この時僕は、この子に初めて会ったような気がしなかった。
何だか運命のようなものを感じて、そして……。
極め付けはあの言葉。やっと会えたと言わんばかりのあの言葉。
何もないわけがないと思うんだけどな。本当に何なんだろう。
「オイラも何も覚えてないからさ、『思い出』で力になれることは無いかもしれないけどな」
「二人して、何か失ってるね」
「そうだな。まあ覚えて無くたって、これから先の『未来』は、いくらでも自分たちの手で作れるだろう。だからオイラは、それを阻害しようとする、リガルスを許せない……」
リガルス……そうだ。僕たちはどうにかして、あいつに勝たなくちゃいけないんだ。
ベガはそのために、ローテナリアの能力について聞いたのだから。
「僕もお荷物にならないように、協力するね」
「ああ、ありがとう――でも、『お荷物』だなんて絶対に思わないからな」
その言葉には、裏があるだろうか。
あってほしくないし、きっと無いことだろう。
僕の周りには、純粋な意識を持ってる人が多いなあ。
何というか、それがとっても心強いし、優しくて、安心する。
「ありがとうベガ。これからも――」『何をなさるんですかあなたはっ!!』
――外から声が。それにこの声……。
「「ローテナリア!!」」
僕たちは先ほどまでの話も忘れて、直ぐに玄関の扉を開いてしまった。
「ようやく出てきたか」
居たのはやはりこの男、リガルスだ。
銃口を彼女に向けつつ、ベガと僕を歓迎しているようだった。
「音が少ない風圧弾を使ってみたが、意味は無かったみたいだな」
風圧弾だって……?
まさか、さっきまで妙に風が強かったのって、こいつのせいだったのか……?
それより、どうしてここが突き止められたのか……分からない。
「僕たちってさ」
「ああ」
「……すっごくピンチ?」
「間違いない」
そんなこの場をどうにかしようと、ローテナリアは交渉を試みようとしていた。
「なるほど、あなたがリガルスでしたか。あなたのことを、ずっと心配申し上げていましたよ」
「あんたに知られてるどころか、心配されてるとは、光栄な限りだ」
何だって? リガルスはローテナリアを知っている。
そのように捉えられるような言い方だ。
「だがな、俺のことをどうこう思われる筋合いはてめえには無いな」
「なんですって?」
「無関係の星の人間に何が分かるんだ」
黒に染まり切ったその瞳の色は、どんな色を用いようと塗り替えることはできない。それが伝わってくるような、重たい威圧感に押しつぶされそうになる。
ギロリと睨むその眼差しは、こちらに向いているものでは無いとはいえ、身体が硬直するほどのものである。直に受けたローテナリアは堪ったものではないだろう。
だが、彼女は屈しなかった。
「……あなたには、きっと、何か大切なものがあったことでしょう」
「…………」
この言葉を聞いた途端に、リガルスは黙って下を向いてしまった。
銃口は彼女に向いたままであるが。
「その大切なものを、きっと失ってしまったのでしょう。行っていた『守るための仕事』で」
「…………」
今度は、身体もどこか震えている。
これはもしかして、交渉成功?
「さあ、リガルス=シュティル=ダルグラミア。真実を話して。あなたの胸の内を、わたくしに教えて……」
「フッ……フフ、ハハハハハ!!」
「……!? 何を笑って――」
「んな訳無えだろバーカ」
辺りに、銃声が、鳴り響いた。
ローテナリアに、向いたままの、その銃口から。
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