32 ベガの覚醒。そして

    ★☆★


 ここは、ある荒廃とした土地。ここに、ローテナリアと、仮面の赤髪が居た。

 戦争でもあったのだろうか。焼け跡や、死体がごろごろと転がっている。そして、生存者は見られず、人の気配も感じられない。


 このような恐ろしい場所に、一体何の用だろうか。彼らを救うこともできないというのに。


 《ヒコステイム》を用いたとしても、助けることは出来ない。彼女の力で治すことが出来るのは、あくまで、内面的な治癒である。魂というのは、一度離れてしまえば、決して戻ることは無い。

 ただ二つの例外を除いて。

 その一つは、このローテナリアの兄の《力》を用いた場合である。

 彼女の兄は、魂を呼び寄せる力を有している。もし仮に、この世界のどこかに魂が居るとすれば、瞬時に己の元へと呼び出すことが出来るという、素晴らしくもあり、とんでもない力である。

 とはいえ魂は、四九日を過ぎればこの世界からは飛び立ち、冥界への旅へと進んでいってしまう。それゆえに、使用者が騙されない限りは悪用されることはない。

 もう一つは、魂に戻る意志がある場合である。これは、ヒコステイムや現代科学による手術を用いた場合に、行動が早急であればあるほど、亡骸へと戻っていく可能性が上がるというもの。魂とて、意識は持っている。だがこの意識は、徐々に冥界側へと傾いていってしまう。冥界へ行けば、気持ちが楽になると思うようになっていくのだ。そうなってしまうまでには個人差があるが、誰しもそのように変化してしまうのである。

 だがこれらの状況の外側であるため、彼女が力を用いても、何も変わらないのだ。


 そしてこの時、二人の前にはちょっとした異変が生じていた。


「あの……」


 ローテナリアはハッと、何かに気が付いたのだ。

 その何かとは何なのか、仮面の赤髪は直ぐに察した。


「分かっている。リガルスが行動を起こしたんだな?」

「はい……。あなたがこらしめたというのに、どうして……」


 赤髪は仮面を被っているとはいえ、口元は見える。なんとその表情は緩んでいた。決して焦っているだの、歯を食いしばっているでもなく、緩んでいたのだ。

 これには流石のローテナリアも不思議を感じた。


「早急に助けに向かいましょう……」

「いや、まだだ……」

「どうしてですか……!」


 手遅れにならないために、急ぐだけの力があると言ったのは、この赤髪だ。

 なのにも関わらず、前言撤回をするかのように、行かんと言う。これには彼女も衝撃を受けた。


「乗り越えねばならない試練がある。それを越えてからでなければ、助けには行けない」

「貴方という人は……! 一体何を知っていられるというのです! 命が関わっているのですよ?!」

「……知っているよ。全て。だから言っているんだ」


 声のトーンが若干下がった。その事実にローテナリアは直ぐ気が付いた。間違いない、赤髪は落ち込んでいる。何かを知っているかのように、心から落ち込んでいる。

 それ以上、ローテナリアは文句を言うことが出来なかった。


「助けないわけでは無い。ただ、思惑通りに行動して欲しいんだ……そうしなければ、私は……」

「……貴方に何があったのか、わたくしには分かりません。しかし、その気持ちは、その感情は、わたくしへと直に伝わっております……。先ほどは無礼を失礼いたしました。どうか、お気を確かに……」

「ああ、すまない……」


 赤髪は過去に、一体何を抱えているのだろう。そして、どうしてあの二人の行動に固執するのか。彼女はそれが気になったのだった。




    ★☆★


「ルイ……なあルイ……」

「ベ……ガ……。よかった、生き……てる……」


 ルイは何とか会話が出来るものの、虫の息である。

 恐らく、もう数分とは持たないことだろう。


「あぁ……血が……もういい、それ以上喋るな……」


 ベガ自身も、ショックで錯乱しかけていた。今、自分がどうするべきなのか、それが分からなくなってしまった。

 虚ろな目をしながら、ルイは最後の一息を出した。


「……ベガ……勝って……ね……」


 ルイはそのまま、ぐったりと倒れ込む。

 力は無かった。まるで全身の力が緩んでしまったかのようだ。


 ベガはまた叫んだ。叫んで、悲しんで、そして嗚咽して泣いて、また叫んで。

 リガルスが居ようと関係は無い。

 今撃たれようと構わない。そう言った覚悟すら、ベガには有るのだろう。

 だが、リガルスはその光景に一切手出しをすることは無く、ただ銃を下ろし、ニヤニヤと見つめているだけであった。

 ようやく涙も治まってきた頃、次に湧き上がったのは怒りだ。とても静かで、内に秘められた怒りだ。


「ざまあ無いな。予定外なことが起きたから、更に苦しめることができたぜ。絶望に陥れてから殺す。賞金首にはそれぐらいしなきゃあな」

「……へえ。それで、ルイも巻き込んだんだな」

「ああ。俺様にとっては道具に過ぎない」

「道具……だと? おい。そのセリフ、もう一度言ってみろ」

「 道 具 だ 。 」




 その瞬間、ベガはリガルスの元へと高速移動を用いた。

 ベガは無表情だった。

 もしや、何も感じていないのだろうか。いやそうではない。感じ過ぎたのだ。怒りは最早頂天を越え、最早体感できないのだ。


 感情の爆発である。こうなってしまえば、止めるためには元凶を破壊する他無い。


「何だこのスピードは!! チィッ……!」


 リガルスには、ベガが一人では無く、その場に複数人居るかのように見えたという。リガルスはこの時初めて、自分が上手く見ることが出来ない相手と出会ったのだ。追尾を若干用いたとはいえ、ベガを撃ち落とすほどの狙撃主だ。そんな男が、これまで見えない相手と出会ったことが果たして有っただろうか。

 迫りくる流星の如き赤髪を、どうにか回避することで精一杯となっていた。

 流石のリガルスも、焦りを感じた。自分の中でも三本の指に入る程の強敵と出会ってしまったのだから。

 ……だがしかし、まだ若干心の余裕はあった。


 ――迫ってきたその瞬間に撃つ。


 加速した物体は、急には止まることが出来ない。

 ゆえに迫ってきた時を見計らって撃てば、当たる可能性も上がると踏んだのである。

 散弾。これを使えば横移動も縦移動も対応することができる。

 回避した後、次に迫ってきたなら、その時が狙い目だ。


 そして、ついにその時が来てしまった。


「狙った獲物は……絶対に逃がさん!」


 狙いを定め……そして、ついに……。




《:切断》




「はっ……!?」


 だがしかし、狙い撃とうとしたその標的は、視界から消え失せてしまった。


「何処だ。一体どこに消えた……まさかッ」


 ――背後に回っただと!?


 標的は、背後に回っていた。それも、リガルスが気付く余地も無く。

 一体何をしたのか、この男には理解が出来なかった。


「フン……まさか俺様を速さで負かす奴が居るとはな……」


 ベガに向けていた目線は、単なる標的というものでは無くなっていた。どちらかというと、標的では無く、敵対する者同士という肩書に変化していた。


「どうしても、お前が殺したくなったぜ……」

「潮時だ。リガルス。」


 別方向から突如現れたのは、憎き邪魔者が二名。仮面の赤髪と、緑星皇りょくせいこうの姫であった。

 ようやく、ついに、ベガとルイに、助け舟が現れたのだ。


 この内姫ことローテナリア嬢は、先ほど撃った少年ルイの許へと向かって行った。


《:断絶》


 ベガを、まるで隠すかのように、どこかへ消し去ってしまった。


「邪魔者が入ったな。今日はここまでって訳か……」

「そうだ。これで終わりだ。そしてお前は、自らの母星へと帰っていくことだろう」


 それを聞いた瞬間、リガルスの顔色が変わった。


「てめぇ。何故それを知っている」

「アイツを殺せないと分かった以上、することは明白だ。打ち勝つだけの力を得る必要がある。そうだろう?」

「……察しのいい奴め。まあいい。お前は標的になってねえからな。俺様が狙う義理も無い。だが、狙った奴は――」


 ――この手で絶対に殺してやる。


 そう言い残して、リガルス=シュティル=ダルグラミアはその場から姿を消し去った。


「お前の生き様は、決して嫌いでは無いぞ」


 リガルスに伝わったのかは定かではないが、その言葉は、自分にも言い聞かせているようにも見えた。

 歩いてルイの許へと近づいて行くと、ローテナリアは安堵していた。


「どうにかなりました……!」

「そうか、良かった」


 たった一言ではあったが、仮面の外から見える表情は、微笑んでいた。ルイ魂はまだ、生きたいという願望を持っていた。それ以上に、その意識があまりにも強すぎる程だった。下手をすれば、何もせずとも蘇生する可能性すらあったという。


「嬉しそうですね」

「フフッ……まあな。 ……さて、標的は無くなった。多分暴走は治まっていることだろう」


《:復元》


 その場に倒れたベガが現れた。だが、傷ついて倒れているわけでは無く、単に眠っているだけの状態であった。


「起きろ、おい、起きるんだ」

「ん……んぐ……ルイ……。ルイ!」


 ガバリと、その場でベガは目覚めた。それは、ルイを無意識でも心配していたことの現れだろう。

 辺りを見回すと、二人の存在にも気が付いた。


「お前達、どうしてここに……」

「救助に向かうって、お手紙で申し上げたのです」

「そうか……そうだったな。いや、そんなことよりルイは!」

「大丈夫です。今は眠っていられます」


 それを聞いて、ベガは心から安心しきっていた。全身から力が抜けきってしまった。

 二人のことだから、リガルスも追い払ったのだろうと、サッと飲み込めたのだ。


「お前の勝ちだったぞ。無意識だったろうが……」

「勝った……? オイラが……」

「だが、安心している場合じゃないぞ。お前はまだやるべきことを残しているだろう」


 そう、これはまだ第一関門にすぎない。それを誰もが忘れてしまっていた。


「あ、そうか。試験……試験があるじゃないか! 時間は……!」

「試験開始の5分前だ。十分だろう?」

「ああ……1分あれば平気だ!」


 ベガも、VHMも、似たように微笑んだ。ローテナリアにはそれが、全く同じように見えたという。


『面白いものを見た』


 突然だった。辺りから響き渡る、謎の声。ベガはその声を、どこかで聞いたことが有る気がした。だが、全く思い出すことは出来ない。


「誰だ!?」


 思わず訪ねた。喉の奥に引っかかるような、そんな複雑な、もっと言えば、嫌な気分を感じた。


「上だ!」


 仮面の赤髪が見つめた方向を、ベガもローテナリアもつられて見る。

 するとそこには、一人の赤髪の少女が……。いや、あれはまさしく……。


「オイラが居るだって!? どういうことだ……」

「……そこに居るのは……なるほど、そうか。そういうことか」


 ベガを見つめると、何かを理解したように、そいつはニヤリと笑った。


「急げ……ベガ! お前が敵うような相手ではない! 今は自分のことを優先しろ。ルイを担いで走れ!!」

「何だって!? いや、だけど……」

「いいから行け! 一刻を争うんだろう!」

「う……そうだな……。ここは任せたぞ、二人とも……!」


 この時間を、許される時間が過ぎる前に。


 ベガはルイを背中に負ぶると、自分が今出せる最高速で、住宅街を駆け抜けた。

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