31 捨て身
ついにこの日がやってきてしまった。
歓迎できないようで、待ちわびたような、そんな気分にさせられる日だ。
4月4日の朝が来てしまった。
今日は、誰に起こされるわけでもなく、自主的に起床することができた。
とはいえ、半ば強制的に起こされたようなものである。というのも、何やら見ていた夢から覚めた時、とまり現実に意識が引き戻されることになるその時に、何やら辺りから爆発音めいたものが聞こえてきたのである。
僕は飛び起きた。リガルスが外から攻撃を仕掛けている。暫くの間それで頭を守りながら怯えていたのだけれど、その後何も変化は無く、ただ近所のおばちゃん二人が楽しそうに話しているのが聞こえるばかりだった。
それを聞いても安心できたような、できないような複雑な気分だ。延命措置をされただけなのだから。
事の発端がさっさと解決すれば、それに越したことは無いのだけれど……。
事が事だけに、直ぐに解決するものとも思えない。見るからに、あいつは執念深そうだ。そして、狙った獲物を逃がさないという言葉。恐らくこれまで、逃げ切れた人が居ないから言えたに違いない。人を何人殺したか分からないような顔をしている上に、血に飢えているようにも見える。
口だけが悪いわけでは無いのだ。相応の迫力と怖さと、そして凄みに溢れている。だから怖いのだ。
僕は食事も済ませた。準備も既に終えている。
後はベガを待つだけという状態なのだが……。
ベガが来ない。一体どうしたんだろう……。
流石に時間ギリギリ・・・・だ。試験開始およそ30分前。移動には大体20分はかかるし、単に歩いていくのであれば、これでは間に合わなくなってしまうかもしれない。あいつとの戦闘を控えているなら尚更だ。
まさかとは思うけれど、こんな日に限って眠れなくて、寝坊しているんじゃあるまいか。
段々と心配になってきてしまったので、部屋を見に行ってみることに。結構急ぎ足で。
そしてベガの部屋の前に立って、ドアをノックする。
…………。
しかし、返事は無い。まさか、それほどまでに深い眠りに入っているということは無いだろう。
ならばと思い、次は声をかけてみる。
「ベガー? 聞こえるー? 起きて―!」
……これまた返事は無い。
流石に心配になってきた。
何か緊急事態が起きていたらマズい。僕は無断で申し訳ないとは思いつつも、勢いよく扉を開いた。
「――あれ?」
そこに、ベガの姿は無かった。
それどころか、筆記用具やテキストが入ったバッグすらも、その場から無くなっていた。
そうだ。ベガは昨日の晩に、家を早く出ると言っていたじゃないか! どうして忘れていたんだ!!
実はドジを踏んでいたのはベガではなく、僕だったのだ。
どうして気が付かなかった。どうしてのんびり朝食を食べていた!
「ベガあああ!!!」
思わず僕は駆けだした。
即座に家を出て、全速力で走った。ベガには劣りに劣るスピードだ。あまりにも遅い。
久しぶりに走った。そのため少しの距離でもとても辛い。
でも、ここで止まるわけにはいかないのだ。
僕はこの時、ただ一つの疑問を感じていた。それは、自分が今行っている行動が正しいのかどうかということである。
ベガがリガルスと闘っていたとして、その場に居るだけでは意味が無いのではないか、と。
この時、僕はとても意志が強かった。それは、ベガに対する思いがこれまで以上に強くなっていたからなのかもしれない。おおよそ三週間ではあるが、常にベガと共に過ごしてきたわけだ。信頼関係は、より強固なものへと変わっていたのである。それもあってなのか、直ぐに肯定的な、プラスな考えへと浄化させられたのだった。
これまでリガルスがベガを狙っている時、僕はどうしてただろう。
足がすくんで、一歩たりとも動けていなかったじゃないか。ベガの横に居る、単なるお荷物だったじゃないか!
寧ろ、今日だって、僕がついて行ったらお荷物になると分かっていて、なのにあえて付いて行こうとしていた。その理由は気になるからだと思っていたけれど、それは違う。僕はとにかく、ベガの役に立ちたいんだ。
どんな形でもいい。単なる横についた人形のような存在で、ベガの邪魔なんてしたくはない。と、自分の存在意義をも、求めていた。
★☆★
一方その頃、ベガはこの星に来て最大のピンチを迎えていた。
ベガの高速移動は、脆くもリガルスに敗れ去ったのである。
今まで通りであれば、ベガが高速移動をすれば、リガルスは狙いこそ定まれど、銃弾を当てると言う行為は至難の業であったことだろう。しかし、今回は違ったのだ。最大の違いは、リガルスの持つ銃と弾薬にあった。銃には照準を定めた相手に対し、追尾を行う意志を与える力がある。これだけでも厄介である。弾数が増えれば増えるだけ厄介になるにも関わらず、この弾が爆発を引き起こすことが出来る点も最大の特徴なのである。
幸いなことに、ここが住宅街であるため、ブロックの壁に守られているという点が幸いなことであるが、それと同時に、自身の行動範囲が狭まっているということもまた事実だ。
……一つ不思議なのは、この光景を目の当たりにした人物が、ただ一人を除いて誰も居ないという点である。
住宅街なのだから、誰かに見られてもおかしくは無いはずなのだが……。
いや、誰かが来た所で、リガルスを止めることなど、できやしないのだろうが。この男は先日の電波ジャックを引き起こし、そして機動隊に囲まれた際にも、一人で全てを対処した。死者何十名、死傷者ゼロ人、軽傷者ゼロ人。つまり、撃たれた人間は全員、例外なく死に至っているのである。
そんな男がこの場に来たと誰かが知っても、恐怖で震えあがり、そして近寄らずに逃げるのがオチだ。
そうして今、ベガは彼の攻撃を回避し続けている。
だが、これがいつまで続くやら。既に焦りの色が出始めていた。
それを瞬時に把握したリガルスは、不敵に笑いを浮かべ、足元と、そして手元を狙った。ベガもどうにかかわそうと試みるも、なんとこの男、回避後の足の位置を狙って銃弾を撃っていたのである。
爆発の弾薬ではなく、通常弾であったことがせめてもの救いであるが、それでも、自慢の高速移動は、これで使用することは出来なくなってしまった。
そして、ベガは体力にも限界が来てしまったのか。その場に座り込んでしまった。
対してリガルスは、ついに獲物が捕らえられると言わんばかりの表情だ。ベガに銃口は向けられた。
もうこれまでか……。ベガはそう思っていた。
そして、引き金が引かれ……。
ついに、銃声が鳴り響いてしまった。
…………。
だがしかし、ベガは自分自身の身に何も起きていないことに気が付く。
一体何があったのだと、どちらも感じたことだろう。
構えて目を閉じていたベガは、目を開くと、衝撃の事態を目の当たりにする。
ベガの前に……一人の少年が……。
「お前……どうしてここにっ」
「――ッ」
何ということだろう。
目の前に居た少年は、ルイだったのだ。
全速力で駆けてきて、そしてベガのピンチを悟ったその瞬間に、ベガをかばうために、命を賭けてベガの正面に出たのだ。
だが勿論、そんなことをすれば、ただでは済まないだろう。
銃弾を直接胸に受けた少年は、そのまま倒れ込んでしまった。
「ルイィィィィィーーーー!!!」
大きな叫ぶような声が、大空へと広がっていった。
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