12 謎の力《ヒコステイム》
少女は、どこか物悲し気な雰囲気を醸し出している。
けれど「ヒコの民」と言われても、そんなものは知らないし、会ったこともない。
だから、正直に言う他無い。
「ごめんなさい、そんな人知りません」
「そうなのですか……」
彼女はしばらく、うーんと声に出して、何かを考えていた。
本当に、困っているようにも感じられる。
僕は何を言うかを警戒しつつ、見つめ続ける。
「それでは、この近くで、流れ星のようなものの、落下はございませんでしたか?」
「……まさか」
この人、ベガを探しているんじゃ……。
警戒はすれど、そのように感じた。物悲し気な雰囲気は、これまでベガに会えなかったからこそ発しているものなのかもしれない。
でも、リガルスの仕向けた手先の可能性だって、無いわけではない。
「まさかって、何かご存知なのですか!?」
その言葉の勢いは凄まじかった。
それまで悲しそうにしていた彼女の顔が、その一瞬でパァっと明るくなると同時に、放ったその言葉が結構な大音量であったのだ。インターフォンが音割れしている。カメラにいつ気付いたのか、画面いっぱいに彼女の顔が映っている。ドアップしすぎでちょっとこわい。
そこまで迫真と言われてしまうと、こちらも押し負けてしまう。
「……探している人かは分からないけれど、居ます」
「非常に厚かましいとも感じられるやもしれませんが、面会させて頂くことはできますか?」
とても丁寧な、自分を下げた言い回しだった。
果たして、この人は本当にベガを狙っているだろうか。
到底そうは思えなくなってきた。
あくまでも、この少女は仲間なのかもしれない。
「でも……」
面会できるとしても、問題がある。
ベガは今、謎の病で意識を失っている。
仮にこの人が知人だったとして、意識不明だった仲間を見て、何を思うだろう。
「何か伝え難いことがあるのでしょうか……?」
「……はい」
画面越しではあるが、彼女は優しく微笑む。
「いいですよ。わたくしに、包み隠さず、教えてください」
「え、でも……」
「私はどんなことが起ころうとも、受け入れますから」
笑顔は、いつの間にか覚悟の眼差しに変わっていた。
その瞳に、嘘や偽りなんてない。純粋に、言葉通り、全てを受け入れる姿勢だ。
これを見てしまうと、僕は断り切ることができない。
「――わかりました。口頭ですけど、説明しますね」
僕はベガの状況について、彼女にも伝わるように、事細かに説明していった。
もしかしたら彼女は悲しむだろうかとも思ったけれど、そんなことは無くて、真剣に最後まで、話を聞いてくれた。
何だかそれだけでも、僕の心が少しだけ安定したような気がする。
「そういうことですか……。分かりました。尚更面会をしないわけにはいかないでしょう」
こういう時だからこそ、会うべきだと悟ったのだろうか。
「もし仮に、わたくしが探すべき人ではなかったとしても、その人は救うことができるかもしれません」
「え、本当ですか?」
「私の《力》を使えば、恐らく、きっと」
何を言いたいのかは良く分からないけれど、今は他の方法が無いわけだし、彼女に頼らざるを得ないだろう。家族は今出払っている―父さんは仕事で、ユメはベガを助け出す方法を調べるために図書館である―ため、僕自身が決める必要がある。
「……よろしくお願いします」
僕はそう言って、彼女を家に招き入れた。
「見たところ……なるほど靴は脱ぐべきですね」
「あ、はい。お願いします」
そしてリビングへと入ってベガを見る。
また、物悲し気な表情をしていた。彼女が声を出さなくてもそれを見て察した。
ベガは、彼女が探していた人ではないんだ。
でも、それを悟られまいと、直ぐに元の真剣な表情へと戻っていた。
何も言うまい。言ったり、聞ける立場ではない気がする。
「では、始めますね」
ベガに近づいた彼女は、優しくベガのお腹に、手をかざした。
その後に一体何をするのか。どうするつもりなのかをじっと目を凝らして見つめてみる。
彼女は目を瞑り、深く息を吸っていく……。
これは一体、どういうことだろう。
彼女の身体が、いや。彼女の周りが、その長い髪と同じような薄い緑色に輝き始めたのだ。
思わず、言葉を失ってしまうほどだ。
その美しさは、宝石のようだったと言えば伝わるだろうか。例えるならば、エメラルドのような美しさ。
この世の神秘の一部を、この目で見ている。そんな気分にまでなってしまった。
驚くべきことは、まだこれで終わりではない。
彼女はそうして蓄えた何かを伝えるかのように……。
――息を吐く。
すると今度は、先ほどまで辺りに纏っていたその宝石の輝きが、彼女の手の周りに集まっていく。勿論その下には、ベガの身体がある。
《ヒコステイム》
その輝きは、スゥっとベガの身体に入っていってしまった。
この間わずか数秒の出来事である。
だが、僕の中では数分、あるいは何時間にも及ぶものに思えてしまった。
それだけの驚きと、衝撃があった。
でも果たして、彼女のその力によって、ベガが本当に治るのか。そこが一番の問題だ。
どんなに驚いても、どんなに衝撃があっても、治らなきゃ意味がない。
そう思いながら、ベガの顔を見つめてみる――。
「――あっ」
決定的な変化が、既に見受けられた。
先ほどまでは、何を見ているのかすら判らない、意識がどこかへ飛んで行ったような表情をしていた。しかし今、ベガは安らかである。とっても心地よさそうに、眠っているようだった。
「しばらくすれば、起き上がることができるようになるでしょう」
笑顔でそう言ってくれる彼女。
その言葉の安心感は凄まじいものがあった。きっとこれ以上は無いことだろう。
「ありがとう、ございます……!」
心から、そして、涙で、僕は気持ちを表現してしまった。
思わずだ。感極まって、ごく自然に泣いてしまった。
叫ぶような泣きではないし、ヒックヒックと泣くようなものでもない。
ただ、心からの嬉しさで泣いてしまったのだ。
「いいんですよ。誰かのためになることこそが、わたくしの行いたいことですから」
彼女は恐らく本音を言ったのだろう。
他の人の幸せこそが、自分自身の幸せ。
そういうタイプの人なのだろう。僕も見習いたいな。
涙が止まった頃に、彼女からベガの身に起きていたことの説明をもらえた。
「どうやらこの方の身体は、あらゆる方面からのショックによって、活動が極めて困難なものとなってしまっていたようです」
「ショック……ですか」
まず一つ目に、隕石として落下、もしくは隕石との衝突。
これはどちらにしても、並みの痛みでは済まないだろう。というか、あれで生きていることが奇跡だと思う。
二つ目は、リガルスから受けた銃弾か。
あれを食らうだけでも相当手に負担がかかることだろう。それに、その銃弾に何か毒でも入っていたとすれば、じわじわと身体を蝕んでいくことだろう。どうしてそれに気付かなかった……。
その、大きく分けて二つの要素があって、ベガは気を失ってしまった。
そういうことなのだろうか。
彼女にそれを説明してみるが、まだ足りないらしい。
「それもあるでしょうけれど……。それ以上に、そうですね……。この星の食べ物を食べさせてからおかしくなったのですよね?」
「あ、はい。昨日は特にありませんでしたけれど、今日はありました」
「なるほどそうなのですか……。申し訳ないながら、その違いが何なのかは、わたくしも学が無いため判断しかねます。しかしこの方の体内には、この星の一定の食物に対する抗体があまり出来ていないようです。恐らくそれが影響しているのではないでしょうか」
「……なるほど」
そういうことだったのか。
リガルスが食べ物に毒を盛ったわけでは無くて、食べ物自体がベガにとって毒だったんだ。
宇宙人だって分かってるなら、最初から考えるべき問題だったんだ……。
この星で暮らす以上は、この星ならではの免疫が必要。当たり前のことなのに、どうして気付くことが出来なかったのだろう。でも、これからも同じことが起きたらどうしよう。
「でも、もう大丈夫です。過剰摂取しない限りは問題が無いように、免疫も少しだけ、強くさせて頂きました」
「ほぇ!? ……そんなことも出来るんですね」
「我々なら、それが可能なのです」
色んな人に読まれてばかりだけど、また僕の心理を見られてしまったようだ。いや、これは読まれたというよりも、偶然かもしれないな。
でも、これでもう安心なんだ……。
ベガはこれ以上苦しむことは無いんだ。
「ベガ、よかった。本当に、本当に良かった……」
まるで自分のことのように、心から安心できた。
それを見届けると、彼女はこの家を去ろうとしていた。
その足取りは、先ほどよりも不安定に見える。
「それでは、わたくしはあの子……いえ、ヒコの民を探す旅に戻ります」
「待って」
安心して、落ち着いてくると、やはり別の疑問も浮かんでくるものだ。
この人の言う「力」って、本当に何なのだろう。あまりにも人間離れしすぎではないだろうか。
心に余裕が出来た僕には、彼女のことに関する疑問でいっぱいだった。
ここまでずっと、長旅を続けていたのだろうか。
一体どこから来たのだろうか。
そもそもヒコの民って、何なんだろう。
もしかしたら、この人も宇宙人なのかもしれない。
この人から知っておくべきこと、沢山ある気がする。
呼び止めておかないと、絶対に損をする。
「どうかなさいましたか……?」
「あなたも少し疲れているようですし、休んでいってください。ベガもきっと、お礼を言いたいだろうし……」
彼女は少し考えて、そして「わかりました」と、素直に受け入れてくれた。
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