Dream? 不思議な桃源郷

    ★☆★


 生い茂る密林を越えたその先には、知る人ぞ知る桃源郷がある。その事実を知る者は少ない。知る人の母数が少ないのだから当たり前の話である。基本的に探求心があり、様々な場所を歩き回る人か、或いは伝聞で場所だけは知っているかのいずれかである。この内後者が実際に、この桃源郷へ行くことは無い。故に、行ったことがあるのは前者のみである。

 ただ、噂というのは徐々に徐々にと広がっていくものだ。ある時、ふと小耳に聞き入れた一人の少女は、昼下がり、友達を連れていざ行かんと桃源郷を目指し歩いていた。


「ねえ星野ちゃん」

「ん?」

「ここどこ」

「ん~……分からないな。迷ったなこりゃ」

「分からない!? そんな無責任な」

「ルイってば、そんな呆れないでくれよ。悪かったって」


 ルイと呼ばれる少女は行動やらスケジューリングの全てを、星野に任せる傾向にある。信頼しているからである。が、今回は訳が違った。明確な意図や、打ち合わせも無しに、この森の中に入ってしまったのだ。これにはルイもため息を吐いてしまった。何でわざわざこんな自殺行為を図ろうとしたのか、本当に謎で仕方がなかった。


「帰れなくなったらどうする気?」

「うーん……まあその時はその時だな」

「そんな楽観的な」

「ああ、小説なら葉っぱにでも書けるから問題ないぞ」

「葉っぱ!? 器用だね!? いやそんなこと気にしてんじゃないのよ」


 星野は小説家の卵である。これだけを聞けば、大層ご立派に聞こえてしまうが、まだまだ未熟者。作品はまだたった一つしか世に出していないのだ。

 これでもまだ聞こえが良いだろうか。作品を一つでも出せれば素晴らしい事であると、そう思うだろうか。いやいやそんなことは無い。彼女が行ったのは、あくまでも「自費出版」だ。印刷会社に原本を持って行って、必要な部数だけ刷ってもらい、そして即売会、要するに同人誌の類として販売するという行為を一度行ったのみなのだ。たったそれだけだ。それなりには売れたらしいが、それでもせいぜい20冊ほどだ。

 ゆえに、まだまだ新人であり、卵の中の卵なのだ。それ以上の何物とも言うことは出来ない。


 今は絶賛二つ目の作品を執筆している最中であったが、上手く進行出来ない日があまりに続いた。そんな時に、かの桃源郷の噂を聞きつけた。彼女の作品の一作目で、桃源郷のような野原の描写は入れたけれど、いまいちピンと来るものが脳裏に無かった。そのために気分転換兼偵察ということで、彼女のアシスタントをしている、友人のルイと共に、颯爽と森の中へ入っていったのだが……。


 そうして今に至るというわけだ。流石に笑いで済むような状況ではないということが良く分かるだろう。仮に富士の樹海に荷物無しで入って行って、自力で出ろと言われて出ることが出来るだろうか。そういうことだ。


「どうやって行こうか」

「まだ進むつもりなの!? いい加減脱出の方法考えようよー」

「え、だってほら」


 星野の手には、コンパスが。だがこんな森の中だ。反応なんぞしないだろうと思ったが……。


 きっかりと、北の位置を指示していた。


「反応するの!? てか、あるなら最初から出してよ!」

「だってルイ、言わなかったじゃないか」

「言わなかったけど! 本気で迷ったと思ったよ」

「脅かしたかったんだから仕方ないだろ?」


 ルイは殴りたかった。本当に、どれだけこの身に恐怖を感じたか。その分の思いを拳に込めてやろうかとも思ったが、目の前に居るのは罷りなりにも親友だ。自分も交流をここで断絶したくはない。一瞬の判断で思いとどまり、拳を解いた。


「はあ、あなたって人は……本当にしょうがないんだから」

「へへ、まあね」

「褒めてないから。鼻の下を指裏で擦ってドヤ顔しないでよ」


 可愛い顔が台無しだ。と心の中で付け加える。でも実際発すると調子に乗りそうだから言わないのだった。彼女は若干ナルシストっぽい所があるため、あまり褒めたくないのだ。


「ここから真っすぐ歩いていけば、例の桃源郷に着くぞ」

「……こんな所通るの?」


 目の前には、複雑に絡み合った木々や草花。どう考えても人が通れるような場所ではない。


「え、何でだ?」

「そんな、通るのが当たり前かのようにキョトンとした表情するのはやめて頂きたい」


 星野はどこか世間ズレしているのだった。


 草木を掻き分け、どうにか進んでいくと、そこには舗装されたような道があった。


「冒険感が薄れたな……」

「やっとゆっくり進める……」


 両者が相対する感想を述べる。一周回ってかみ合ってるコンビだ。

 二人の会話による茶番は絶え間なく続いて行き、やがてついにやっと、例の桃源郷にたどり着いたのだった。


「「おおー」」


 鮮やかに広がるその景色に、少女達は釘づけになっていた。星空が素敵だと聞いていたものだから美しい緑の世界も広がっているだろうと、星野は推測した。その予想は見事に大当たりだ。透き通った湖もある。生き生きとした花々が咲き誇っている。ここ以上に美しい場所を見たことが無い。そう断言できるほどのものだった。


「これは良い資料になるぞー」

「そりゃ良かった。私はゆっくりしてるよー」


 ルイは一人考えた。あんな彼女だけれど、本当は私のことを思っていると。その理由はこの景色にある。ルイは、こういった大自然の中で過ごすのが好きだ。けれど、星野は大自然そのものには興味が無いのだ。先ほどの驚きの声だって、良い資料を作れることに対する喜びの声だろうということが、彼女には良く分かっていた。

 では何故この場所に来たのか。それはきっと、彼女はルイに、こんな素晴らしい景色があるということを示したかったのではないだろうか。きっと、見せたかったのだろう。

 何だかんだで、二人は仲が良いのだ。


「ルイー! ルーイー!! こっち来てくれー!」

「なーにー!? 今行くよー!」


 少し遠い所に行ってしまった彼女から、声が聞こえてきた。声のした方へ向かって行くと、やがて星野の許へとたどり着いた。何やら彼女は下を見ていた。

 もう少し近づいてみると、そこに穴ぼこがあることに気が付いた。


「この穴、何か変だよな。普通の衝撃でこんなん出来るかな」

「うーん、なんだろうね」


 星野はオカルトに興味がある。ゆえにこういった良く分からないものに関しては、結構目を光らせている。こんなものが、果たしてオカルトに関係があるかは甚だ疑問だが。


「あ、何か落ちてるぞ」


 その直ぐ近くの小さな木の近くに置かれていた、袋。ルイは他人のものだから開けるべきでないと忠告したが、星野は開いて、中身を見てしまった。


「んー? 何だこれ」

「望遠鏡……だね」

「ほお……謎が謎を呼ぶなあ。インスピレーションが働く」

「良いもの書けそう?」

「ああ、とっても良い事思いついたぞ!」

「そう? それなら良かったよ」


 二人は星々を見るために、夜遅くまでこの場所に居たという。

 だがその結果、帰りがとても辛くて、大変な思いをしたとか。それ相応の収穫を、この時得られたらしいので、結果オーライなのかもしれないが。

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