35 あたたかい想い

    ★☆★


 何だか、懐かしい夢を見ていた気がする。とっても懐かしくて、何故だか、切なくも感じたような気がしないでもない。どんな夢を見たのか、現実に戻ってきた以上は中々に思い出すことができない。でも、もし本当に、昔生きていた星の記憶が蘇っていたとしたら……?


 目を開くと、そこは自分の部屋だった。どうしてこの場所に居るのかなんて、今はどうでもいい。ただ、じっと考えを巡らす。


 自分は果たして、それを喜ぶことが出来るのだろうか。素直に受け止めることが出来るのだろうか。

 今、自分には、この星で生きた記憶しかない。すなわち、ルイと過ごした日々しか焼き付いていないのだ。

 先日、ティリスって奴との話の中で、自分の記憶に関しての話があった。あの時は真剣になっていたし、弱みを見せてはいけないだろうと感じていたから、「全てを知りたいか」という問いかけに対して肯定した。だが改めて考えてみると、本当に自分は思い出すべきなのだろうかとも感じてしまう。


 何かを思い出すことで、誰かを傷付けてしまうかもしれない。辛い思いをさせてしまうかもしれない。そんな気がしてきて、胸が苦しくなる。

 かと言って、思い出さなければ故郷にも帰ることが出来ないじゃないか。自分が本来帰るべき場所。そこに自分は戻るべきなのだろうし……。


 故郷に、戻る。


 そもそも、自分の故郷は何処なのだろう。この星に近い気候だろうか。科学はどれほど発展してるだろうか。人々は幸せだろうか。自由な暮らしが出来ているだろうか。


 いや違う……知らない。こんなの勝手な推測にすぎない。自分は故郷を知らない。


 記憶を取り戻せなかったら、故郷を故郷と呼ぶことなんて出来ないと思う。そこは新たな住処としか呼ぶことができない。記憶を取り戻せば、そんな心配は無いのだろうけど。


 でも、記憶を取り戻したら……。


「これまでの思い出は……?」


 思わず想起するのは、ルイとの記憶。

 普通の人にとっては、3週間とは短いものだろうけれど、自分にとってはそれが全てだ。それら全てがかけがえのない思い出だ。勉強を長い事やってきたけれど、それを支えてくれたのはルイだよな。オイラ知ってるよ。ある寒い日に、うっかり机に突っ伏して寝てしまった時、お前は毛布を背中にかけてくれた。あったかかったよ。毛布の温もりだけではない、心からの温かさが伝わってきた。

 時間ごとに区切れを見つけて、お茶を持ってきてくれたのも、温かかった。

 ルイが作るご飯が、日を追うごとに美味しくなってったのも気付いたよ。

 懸命に「何かをしてあげたい」って考えてくれていたのかな。そうでなければこんな気遣い出来っこない。


 こんなに優しい人間が、他に居るだろうか。自分の視野が狭いだけなのかもしれない。それでも自分にとっては、最高にして最大の味方だ。


 そんな素敵な人間との思い出が、記憶を取り戻すことで、薄れてしまったら……。


「そんなの、絶対に嫌だ……」


 思い出すべきなのか、それとも、思い出さないべきなのか。

 自分は一体、どうしたらいい?


「入るわよ」


 外から声が聞こえてきた。この時はその声の主が何者であるか判断しかねた。先ほど考えていたこと、そしてルイが来たのかと思っていたことも相まって、反応することが出来なかったのだ。

 その自分の状況を知ってか知らずか、彼女はついに、そして勝手に、扉を開けて入ってきた。


「――鈴香だったのか」

「出ている答えに悩んでるあなたは、あまりにバカバカしい」

「……答えが出てるだって? 前から思っていたけど、お前はオイラの何を知ってるんだ」


 聞いても答えが返って来ることは無いと、頭では理解していた。だが、この時の自分は感情的だった。


「貴方が産まれてからのその全て。ティリスが知る以上の全てを知っている」

「全て……だって? それに、ティリス以上って……」

「どうする? あなたが望むなら、この場で答えを言ってやってもいい」

「答え……?」

「あなた自身の記憶全てを、この場で話そうかってこと」

「オイラの……記憶……」


 まさか、ここまで近くに自分を知る者が居るなんて。

 自分が望んでいたものが目の前にある。手を伸ばせば掴むことが出来るまで近くにあるんだ。


 いや待てよ、心が待ったをかける。

 彼女はオイラの記憶を常に握っている訳だ。ならば、急ぐ必要は無いことも頭に入れておくべきではないのか? 自分は急ぎ過ぎている。先ほども思い出について迷っていたばかりではないか。


「今はいい」

「どうして?」

「今でなくても良いって思った。『その時』が、いつか来ると思うんだ」

「そう……分かった。その時まで待つ」

「ありがとう、鈴香」

「褒められても、何も出ない」


 そう言いつつ、顔がほんのり赤いじゃないか。実は、喜んでるのかもしれないな。


「聞こえてる!! 分かって言ってるの?」

「ああそっか、心が読めるんだったな」


 ……え? ってことは、さっきの迷っている時の思いも、全部聞かれているんじゃ……。ってことは、覚悟を承知の上で、聞いていてくれたってことなのか。

 鈴香は案外、情のある人間なのかもしれない。


「どうして、今日はオイラだけなのに来たんだ?」

「もしあの子が横に居たら、きっとあなたは自身の記憶を選ぶ」

「ああなるほど、そういう……」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。もしルイが横に居たらきっと、自分のことは気にしなくていいと強がって言っていただろう。そして、心が落ち着かないオイラは十中八九鈴香の誘いに乗っていたことだろう。それを考慮した上で彼女はオイラ一人の今を狙ってきたのか……。


「その通り。時には一人で居ることも重要」

「ああ、いい教訓になったよ」

「そう。ならよかった。私は去る」


 その言葉を残して、彼女はまたも風のように、フッと消えてしまった。


「雲みたいに溶けて消えるよな、あいつ」


 彼女もそうだが、溶けて消えたのはそれだけでは無かったようだ。

 先ほどまでのおもい悩みもどこへやら、安定した心がここに戻ってきていた。


 記憶は、今すぐに求めるべきものでもない。彼女のお蔭か、自分の中で折り合いがついたのだ。


「……ルイ」


 どうしてだか、無性にルイに会いたくなった。

 無意識に部屋の扉を開いて、階段を下りていく。何だかもう何も、考えて無かった。いや、強いて言うならルイしか浮かんでこなかった。




    ★☆★


「ぃよし……。これで準備おっけーかな」


 自分が作れる物の中では、恐らく最高の出来だと思う。ローテナリアがベガの中に抗体を作ってくれたとはいえ、若干不安が残る。そのため食材は慎重に選んで、尚且つ焼いたものが中心だが……。

 作ったのは小さめの輪切り野菜ごった乗せピザとトマトソースピザ、フライドポテト、焼き鳥串焼き。よく頑張りました。

 後はベガを起こすために、呼びに行くだけなのだけれど、果たしてもう起きているだろうか。


 様子を確認しようと、廊下に向かう扉を引いたその瞬間だった。


「わっ!?」

「ふぇ!?」


 ドシンッと崩れ込んでしまった。一体何が起きたのか、理解するにその一瞬ではあまりにも足りなかった。把握できたのはその軽い重みに気が付いてからだ。


「いてて……大丈夫か?」

「うん、なんとか……」


 名付けるなら、登校ダッシュ男女衝突現象だろうか。相手は男な訳だけど。

 って待て……。今僕はどんな状況だ?


「ねえベガ……体勢……」

「ほえ?」


 僕が仰向けで、ベガはうつ伏せで向かい合ってて……?

 何だろう、凄く恥ずかしい……。


「ほぁー……ハッ…………う、う、うぅーー――!!」


 ベガの顔が、真っ赤に染まった。ただ、それを理解するだけでその一瞬は過ぎ去って……


「は、離れろぉおおおおおおーー!」

「ごめぶぅううううう!」


 ――またも、こないだ抱きしめ合ってるのを父さんらに発見されたときのように、でっかいビンタをお見舞いされてしまった。思いっきり全力を込めて、でも若干手加減をされたような感覚もある。確実に手形は残っているような、そんな鈍い痛みだった。正直二度目となればそこまででも無かった。

 今回は状況が飲み込めない中で引っぱたかれたのだ。ちょっと理不尽かなあ。


 とりあえずお互い離れて、気持ちを落ち着かせていく。まさかの事態が起きてしまったわけだが、これで役者は揃った。

 父さんやユメの帰りが遅い日は、僕ら二人で夕飯を食べている。今日もその例に漏れない。夕飯が遅くなったら折角ベガのために作った料理が冷めちゃうだろうし、こればっかりは仕方がないのだ。


「え、わー凄いなこれ!!」


 どうやら満足してもらえたようだ。目がキラッキラしてる。シイタケだ。目がシイタケだ。具材には使ってないけどまるでシイタケだ。今度キノコ料理でも作ってみようかな……。


「オイラが寝てる間にここまで仕上げたなんて、お前凄いよ!! いつもありがとう!!」


 言葉が溢れ出ている、と表現した方がいいのだろうか。最後の言葉が取って付けたようなものでは無いと思う。この言葉で、僕は何だか救われたような気がした。

 父さんやユメが帰ってこない以上は、僕が夕食を作るしかない。だが、そんな時、前までは夕食を共にする相手が居なかった。この時こそ感じなかったものの、今思えば、寂しいという思いもあったのかもしれない。でも、ベガが来てからは変わった。ベガのためにご飯を作ろうと思えるようになったし、その気持ちのお蔭なのか、料理も上手く作れるようになった。

 毎日が、グレー一色では無くなったんだ。星空みたいな、まるで優しくて、明るい色。

 ベガのお蔭で、今が楽しく過ごせてるんだ。


 そんな、あたたかい気持ちが高ぶってきて、ほんわりとしてきて……。


「ベガ……?」

「うん、どうしたんだ?」

「これからも、一緒だよ!」


 唐突だったかもしれない、けれど、伝えるなら今しかないと思ったんだ。簡単な一言だけど、とっても大切な言葉。

 ベガも初めはキョトンとしていたけど、直ぐに心からの笑顔を見せてくれた。


「ああ! ずっと一緒さ!」



 これから僕らには、もしかしたら大変なことが待ち受けているのかもしれない。

 それでもきっと、僕たちならやっていける。真正面から切り抜けることができる。心からの確信が、そこにはあった。


「ありがとう!」


 さあ、明日から中学生活だ。

 僕らは新しく始まる環境が待ち遠しく、胸を躍らせていくのだった。

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星屑の漂流者―ロスト・メモリーズ― くろめ @hoshinocox

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