25 ベガの部屋

 僕らを向かい合わせにして椅子に座った、父さんとユメ。

 一体何の話をするのだろうと、僕はそわそわとしていた。一方ベガも、同じ様子であった。ただ、この子に関しては、先ほどの気恥ずかしさが若干残っている点もあるだろう。その証拠に、顔が少し赤みを残していて、顔が少しだけ下を向いていた。顔を合わせることが難しそうである。


 父さんはそれに気付いているのか、いないのか。それは定かではないが、特に表情を変えることはなく、

「重大発表だ」

 と言った。まるで番組の〆みたいだ。これを言う時、大抵子供にはどうでもいいことを発表する。だからなのか、あまり期待していない、あまり魅力的に思えない言葉に思えてしまった。


 対してベガは気になったようで、真っ赤な顔を残しつつ、目は輝きに満ちていた。

 もしかして、ベガもまた、僕みたいに思考が分かりやすいのかもしれない。今までよりもベガの内面を気にしているからだろうか。考えてみると、とても楽しい。


 父さんはその表情を待っていたと言わんばかりに、満足気な表情(ドヤ顔)を浮かべると、その発表の内容とやらの前フリを始めた。


「こないだお前たちを乗せた車が、どこへ向かっていたかは覚えているかな?」

「ええと、どこだっけ」

「家具屋だ!」


 ベガは即答した。すると、ベガは父さんが話したいことの意味を汲み取れたようで、パアっと笑顔になった。ローテナリアほどでは無いが、そこに先ほどの恥ずかしそうな表情は既に無かった。

 一方僕は、まだ意味を理解できていない。一体何だっていうのだろう。


 その顔を見通したのか、父さんは呆れていた。

「ルイ……これでも気付けないのか」

「うん、分からないや」

「そうかぁ……。じゃ、まあ行くとするか」


 行くってどこに? と質問しても、父さんもユメも、更にはベガも笑うだけで、完全に僕だけが「お楽しみに」と言われんばかりの状態だった。

 少々納得ができなかったものの、仕方なしに一番後ろをついていくことにした。


 金魚のフンのごとき状態で、二階に上がっていく。

 ここで漸く、僕もピンと来た。


「あ、分かった!」

「やっとかよ、遅いぞ」


 父さんは言った。ベガも同じことを言いたそうであった。

 ユメは噴出していた。文句が言いたいです。

 なんて思っている内に、目的の部屋にたどり着いた。


 そこは、元物置である。そう。僕の考えも外れていなかったのだ。

 父さんがドアノブに手をかけ、そして……やめた。


「やっぱり、ここはベガが開けた方がいいだろう」

「……! はい、ありがとうございます」


 恐る恐る、ベガはノブに手をかけ、回転させて……。

 そしてついに、扉は前側に開かれた!!


「「わぁー!」」


 思わず僕らは声に出してしまった。

 とってもシンプルで、それでいて、とっても綺麗で豪華に見える!

 一般的な個室にあるような、ベッドや箪笥は勿論、それだけではない。ユメがこっそり選んだのだろうか、中学生が読みそうな教養や、マンガが一式、ズラリと本棚に並べられていた。勿論、後から買ったものを入れていいように、スペースは十分に空いていた。


「す、すごい……嬉しいです、夜天さん!!」

「喜んでくれて嬉しいよ。大体ルイの部屋と同じような配置になってるが、これでいいかい?」

「勿論です! 文句どころか感動です!」


 とっても嬉しそうなベガ。それを見ていると、僕まで嬉しくなってきて……。


「よかったね、ベガ」

「ああ! ルイ、今オイラ、とっても幸せだ!!」


 ベガは僕の両手をとり、ぎゅっと握って来る。先ほどとは違う、喜びの気持ちが流れ込んできた。

 手から胸に。胸から全身に、気持ちが伝わっていく。


「僕も、とっても幸せ!!」

「ふふっ」「えへへ」

「ヒューヒュー」

「お熱いお二人さまー」

「あぅっ」


 ベガは思わず、その手を離して、背中の方向に回していた。

 顔は、ほんのり桜色になっていた。僕もきっと、同じ状態だっただろう。


 というか、同性だよ僕ら。本当に、何でそんな言い方するのかなぁ……。


「俺とユメはリビングに戻るが、お前たちはどうする?」

「ベガ、どうする? 僕はどっちでもいいけど」

「そっか。うーん……。二人で話したいことがあります。なので、ここに残ることにします」


 二人は了解して、そそくさと部屋から去っていった。


 話したいこと……。それはきっと、あの時様子がおかしかった理由と、そして、診察室で言われたことだろう。僕もその話を聞きたかったし、真剣に聞かなければ。


「ルイ。あのさ、これから言うことは、本当に大切なことかもしれない。よく聞いてほしい。もしかしたら、オイラが過去にやらかしたらしい、『大罪』に関わることなのかもしれない」


 ――大罪。

 ベガ曰く、リガルスが言っていた言葉だ。僕が倒れていたその時の話として出されたらしい。


 僕は気になって仕方が無かった。例えどんな結果だろうと、僕はベガを見捨てたりしない。

 記憶を失った今、ここに居るのはあくまで「ベガ」なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 それに、そんな悪い記憶を取り戻したとしても、善として生きている今の記憶を、無下にすることなどきっとできない。だからきっと、救われる。そう思うのだ。今の記憶は、本当に貴重なものだろう。大切なのだ。


「その話を、する前に……」


 ベガはこの言葉と共に立ち上がり、机の下を覗き込んだ。


「やっぱりあった。夜天さん……やっぱりそうか……」

「え、何があったの?」

「これ」


 ポンと手渡されたのは、カメラだった。何でこんなものが。


「まだきっと、沢山あるはずだ」

「え、どういうこと……?」

「オイラは……完全に信頼されてなんか無いってことだ」

「…………」


 僕はまず、カメラを探すことに尽力した。音声まで記録しているカメラを、全て止めるために。

 そして、ベガから全てを聞くために。




 カメラは探せば探すだけ、こっちにも、こっちにもと言った具合でごろごろと出てきた。

 半ば思考が滞った状態であったため、この時ばかりは何も考えることは無かった。ただカメラを探して電源を消す。それだけに特化した、機械になったかのような、そんな状態だったと思う。


 暫定ではあるものの、全てのカメラを集め終えた。

 いやはや、どっと疲れが出た。同時に緊張が解けて、カメラが仕掛けられていたという現実に、目を向けなければならなくなってしまった。


「多分、これで全部だろう……」


 見える範囲の所は、全て調べ尽くした。ごちゃりとしたカメラの山を廊下に追いやると、ベガはベッドに、僕はデスクの椅子に座った。


 そしてついに、ベガは診察室での出来事を話し始めたのだ。


    ★☆★


 オイラが診察室の席に座ると、待っていたのは尋問だった。

 とはいっても、酷い罵声を浴びせられたわけでも、強く当たられたわけではないんだ。ただ、ある人を覚えているかどうかを、問われただけだった。常にずっと、そればかり。

 勿論自分はそんな人を知らないし、そもそも覚えてなんかいない。だから、その人の身に何があったのかをこちら側から聞いてみたんだ。


 そうして名前が挙がったのは、「カイセイ ルナ」という女性の名前だった。


「え、ルナ……?」


 そう、ルナ。髪は黒で、砂糖菓子のような髪質をした、低身長の少女だったらしい。

 ヒカリの父さんと、夜天さん、そして、あとの数名でグループが出来てて、ずっと仲良く過ごしてた。当時はまだ中学の半ばで、学校へは行かずに、遊びに疲れるような日々を送っていたらしい。学校って自主休校できるんだな。初めて知ったよ。


「いや、父さんらがおかしい」


 え、そうなのか。真に受けすぎてた……。

 ……まあ、それである日、ルナは何者かに殺されてしまったらしい。


「殺された……へえ……」


 その「何者か」の正体を、流星さんとヒカリの父さんは見ていた。けれどそれ以降、その犯人は姿を見せることは無く、足取りを掴むこともできなかった。

 だが、ここ最近になって、漸く足取りを掴むことが出来たんだそうだ。

 それも、この一週間で。


「……そういうことね」


 そう。彼らが見たのは、正にオイラそのもの。若しくは、オイラに似た誰かだった。

 だからルイの父さんも、初めてオイラを見たとき、少しばかり動揺の色を見せていたんだろう。覚えてるか? どこか表情が固かっただろう。


「うん、言われてみれば……」


 つまりそういうことなんだ。オイラは最初っから歓迎はされていなかった。あくまでも、ルイに対して変な行動を起こさないかどうか、それを調べるために監視システムを仕掛けていたんだ。

 まあ、こういう経緯で、診察室で恐ろしく時間がかかって、今に至るってわけさ。


「なるほどな……」


 ……ルイ。さっきから大分何かを考えてるみたいだけど、どうかしたか?


「あ、うん、実はね……」



    ★☆★


 僕も正直、こんなの偶然に決まっていると思う。でも……。


「僕の母さんの名前『流菜ルナ』なんだ。苗字は違うけど」

「なんだって!? なんて偶然だ……。 ――ところで、そのルナさんはどこに?」


 ああそうか、ベガは知らないんだ。


「僕の母さんも、死んじゃった。僕とユメがまだ小さい頃に、病に倒れて」


 彼は居た堪れないといった気持ちになっただろうか。やってしまったなという表情が見受けられた。


「なんかー、そのー。ごめんよ。失礼なこと言っちゃったな……」

「いや、いいんだよ。大分昔のことだしさ」


 こないだ思い出したのは、あくまでベガが危篤状態で、孤独を感じて、怖くなっていたからだ。

 今は隣にベガがいる。だから、そんな苦しい気持ちにはならない。


「ルイ?」

「今は、ベガが隣にいるから、悲しくないんだよ」

「ふへっ!? イキナリっ……は、恥ずかしい事言うなあ……」

「え、そうかな」

「そうだよっ! もう少し言葉を選んでくれよっ」


 見ると、ベガの顔がまた真っ赤になっていた。今日何度目だと言いたくなってしまったが、これは僕が悪いし仕方がない。ベガの感性では恥ずかしいのだから仕方がない。

 ごめんねと言うと、「謝ることもないんだけどな……ふへへ」と、ふわっふわのわたがしみたいな、ほにゃっとした笑顔で言われてしまった。うーん、良く分からない。


「ベガ、あのね。さっきの話を聞いて決めたんだけどさ」

「う、うん……?」

「例え、他に味方が居なくなったとしても、僕だけは絶対に、君を見捨てたりしないからね。君は僕の、一番大切な、友達だもん」

「トモダチ……? 大切……」


 ベガは、下を向いて、少しもじもじとした後、僕の方を向いて笑顔になった。


「ああ、オイラたち、最高のトモダチだ!」


 ニッと笑うその笑顔は、どこか紅みを残していた。

 ベガは気持ちが高ぶってしまったのか、そのまま僕に抱きついてきた。


「えへへ」


 とっても嬉しそうに、ぎゅっとしてくるベガを見ているだけで、僕は満足だった。




    ★☆★


「隊長、大変! カメラが全部やられて……!」

「なんだと!? 何てことだ……ぐぬぬ……ベガ、なかなかやるな……。だがこれで、余計に気が入るというものだ」

「フフフッ……そう。この作戦、何としても……」

「成功させようじゃないかっ!」


「「我らの全力をかけて!!」」


「……補佐。お前、口調変わったな」

「別に変ってないの」

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