24 オイラがすべきこと
★☆★
「ルイがあんな言い方をするなんてな……」
消え入りそうな声で呟く。彼は今、誰かと文明の利器「電話」を使って、話をしているみたいだ。
気まずいと感じ、思わずキッチンへと来てしまった自分だが……。
部屋には誰も居ない。何だか寂しいな。
今までルイは、そんな皮肉を込めた言い方をすることは無かった。彼は優しくて裏表の無い人間だと、そう思ってた。
本当はそうじゃなかった。
ルイはルイなりに、オイラが知らない以上に、考えていることがあるんだ。
確かに、優しい事には変わりない。だが、きっとそれら全てを、深層心理から肯定できている訳では無いのだ。
ベガ、という自分の存在自体にも、理解が及んでいないことがあるかもしれない。
そうして、自分が来ることによって生じる環境の変化。それに彼は、適応できずにストレスを溜めてしまっているのだろう。悲しいことだけれど、そういうことなのかもしれない。
もしかしたら、自分は初めから、受け入れられていなかったのではなかろうか。
本人はとっても嬉しいだとか、楽しいとか言っていた。けれど、それが深くに眠る心なのかはわからない。個人的に分かりやすいと思っていた彼の感情であるが、あれはあくまでも、彼自身が表面的に感じていることに過ぎない。精神の底に眠っていて、徐々に蓄積されていく思いは、決して表に出ることはない。
何だかショックだなあ。
彼に対しての思いだけではなく、自分に対しても大きい。
自分は全てを受け入れてくれる、そんな彼が大好きだった。
でも、自分は迷惑をかけたく無いからと、診察室であった事を彼に話せなかった。それがどうやら、ルイには蓄えたストレスの起爆剤みたいなものになってしまったのだろう。
きっとルイは、話して欲しかったのだ。隠し事は抜きに、全部を赤裸々に語って欲しいと、そう思っていたのだ。
彼の思いを、無意識ながら踏みにじっていたってことか。どうして言いかけておいて止めたんだ……!
そんな自分のことを、彼は軽蔑してしまった――?
ああ、なんてことだ……。
テーブルに頭をぶつけたい衝動に駆られてしまうが、これは他人の家の物だ。傷つけるわけにはいかない。
物を壊したいほどの乱れた気持ちを、どうにか抑えて、また考えに没頭する。
『どうして君が何も話さないのに、僕ばっかり話さなきゃいけないの? 不公平だよ。置いてけぼりだ』
言葉が脳内で、何度も何度も、何度も反響する。
それだけ、この言葉に思いが詰まっていたということだろう。
対等な関係でありたい。それが、彼自身の思いなんだ。
でも自分は、自分の話もせぬままに、彼の話を聞こうとしてしまった。
バカだなあ、オイラ。
……オイラはやっぱり、一度彼に謝る必要がある。
そして、自分自身に何があったのか、それを全て話そう。そして、彼の話をすべて聞こう。
きっかけは、全て自分にあるんだ。だからこそ、自分から解決しに行かねばならないんだ。
でも、そのタイミングが分からない。
気まずいんだ。どうしても、互いの空気が悪いと、話すことが出来ない。
彼が電話を終えても、キッチンに戻って来ることは無いだろう。
運が良いことに、キッチンとリビングは一体型である。タイミングを見計らって、自分が動き出すことが可能なのである。
自分はそっと動き出そうとしたその時、結構な早歩きでこちらまで向かって来る音が聞こえた。
……そこまで距離があるわけでは無いのに。
「ベガ、ちょっと、いいかな……」
わずかな距離なのにも関わらず、若干息を切らせたルイは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
きっと、オイラも同じ表情をしていたかもしれない。
想定外な事態がいきなり起きてしまった。もしかして、この申し訳なさそうな顔は……。
★☆★
受話器をおろした僕は、今までを思い返していた。
僕は今まで、反省をするだけであった。あの時だって、それ以上のことは行ってこなかった。たったそれだけが出来たところで、和解なんて出来るわけがないというのに……。何故これまで、その次のステップへと進むことが出来なかったのだろう。
無意識ではあるけれど、きっと、怖かったということなのかな。
そうだ、四年生の時、確かに自分は恐れていた。「もし、謝っても許してもらえなかったらどうしよう」と。その日一日中悩んで、二日目になって、一週間経って……。
結局、謝る機会を見失ってしまったのだ。
もしかしたら、当時の友達は、僕が謝ってくれるのを、待っていたのかもしれない。
そして、避けていたのは僕の方だったのかもしれない。自分から、輪の中に入っていくのをやめて、自信を失くして、場を失ったと錯覚したのだ。
プルプルと、手が震えてしまった。自然と息が荒くなってしまった。
どうして、行動に移せなかったのか。どうして、殻に閉じこもってしまったのか。
……同じ過ちを繰り返してなるものか。
気付けば、僕は急ぎ足で、ベガの居るキッチンへと向かっていた。
ベガに心から謝りたい気持ち、そして、過去の自分と決別を図るためか、それとも反射的に動いてしまったためか、そのどちらなのかは判らない。
でもきっと、その両方の気持ちがごちゃ混ぜになっていたのだろう。それで頭が暴走して、ひとりでに身体が動き出してしまったんだと思う。そうでなければ無意識に向かうなんてことは出来ない。
でも、思考が追いついていないということはつまり。
「ベガ、ちょっと、いいかな……」
ひ弱な声になってしまうわけで。
でも、ベガは頷いてくれた。ただ、快くというわけでは無さそうだ。暗い顔をしている。
僕に対して何か言いたいことが有るって事なのかな。それだったら、僕がまずは謝って、話しやすい場に――。
「ルイ、ごめんよ!!」
「へ……?」
――僕は、抱き付かれていた。強すぎて、思わず押し倒されかけてしまった。
それは、優しいわけではなくて、そして、決して強すぎるわけでもなくて。
そのハグには、強い想いが感じられた。僕に対する、心からの想い。
ぎゅっと、心の奥まで包まれていた。
「ルイ、お願いだ。オイラを見捨てないで……。お前が居なかったら、オイラは一人になっちゃう。オイラの記憶には、お前しか居ないんだ……」
「え、え……? 僕がベガを……見捨てる?」
「記憶が無くてごめん。赤裸々に語れなくてごめん。不公平でごめん……。きっとルイ、ストレス、溜めてた。それに……それにオイラ、気付け、なかった……」
ついには、泣き出してしまった。僕に泣き顔が見えないように、先ほどよりも強く抱きしめられる。
咽び泣く声が聞こえないように、頑張ってこらえようとしていたけれど、高ぶった感情は抑えられない。
こんなベガ、初めてだ。いや、それとも、これが、本来の彼なのか。
ああ、そうか。僕が理不尽に怒ってしまったあの後、ベガも色々と考えていたんだ。
僕がたった一つの言葉で気分を悪くしたように、彼もまた、僕の言葉で苦しんでいたんだ。
それが解ると、僕も自然と、ベガを抱きしめていた。対して彼は僕の胸に顔をうずめてきた。溢れて止まらない涙を拭うように。温もりを求めるかのように。
その内僕は、彼の赤い髪を自然と撫でていった。少しでも僕の気持ちを届けるためには、これが一番だろうと、心で感じたのかもしれない。
しばらくして、ようやく落ち着いてきたのか、ベガも冷静さを取り戻してきた。
泣いてしまったせいか、若干トマトのように赤くなってしまった顔を見ると、どうしても酔った時を思い出してしまう。だが、今回はあんなお笑いみたいな状態ではないのだ。
今だからこそ、言えることは全て言わなくては。
ベガを向かいの椅子に座らせると、この子はふぅ……と、自分を落ち着かせるかのように息をそっと吐きだした。
「取り乱してごめんよ……」
「いいんだよ、そんな。気にしないで。寧ろ、謝るべきなのは。こっちだよ」
ベガは、目をぎゅっと瞑って、首を横に振った。でも、僕は続けた。
「ベガ、僕は自分の感情も抑えられない愚か者だ。少し不安になったからって、少しベガが隠し事をしたからって、腹を立てて……。僕は幼かったんだ。本当にごめんね……」
そういうと、ベガは口元に両手を被せた。
今度は、違う意味で泣きだしてしまいそうな、そんな崩れかけの顔だ。
……それをどうにか堪えたベガは、出かけた涙を手で拭いつつ、普段とは違う口調で、
「お互い、悩み過ぎだったんだね……」
と言った。
「ねえルイ……」
「どうしたの、ベガ」
少し下を向いて、もじもじとし始めたベガ。
今までこんな素振りを見たことが無かったからか……正直驚いた。
それに、可愛い。
「もう一度、ぎゅってしてほしい……」
普段は出さない、もっと言えば、あの酔った時にしか聞かなかった甘えた声で言ってきた。
強烈だった。
「落ち着きたいんだ。心から、もう一度安心が欲しいんだ……」
「う、うん、いいよ……」
この時、僕は初めてベガを邪な目で見てしまった。
こんなに女の子みたいになったベガは初めてだったから。
でも、ベガが求めてるのは、あくまで安らぎ、それ以上の何物でもないし、僕もそれ以上のものを持つ必要が無い。同じ男の子じゃないか。
先ほどとは違い、すっと引き寄せられるように近づき合って。
身体を抱き寄せ――。
「ガチャリ」
扉が開い――え!?
「おー、あー。なんか、スマン」
「資料ゲット資料ゲット資料ゲットなのーーーーー!! かくしん的めたまるしょーこなのーー!!」
父さん!? ユメ!?
父さんは見ちゃいけないものを見てしまったように、明後日の方を向いている。
対してユメは、僕らの硬直した、そのあられもない姿をメモに取り始めた。
「あ、あぅ……」
「あ、あは、は……」
ベガの顔が先ほどよりも赤くなっている。僕の思考は停止している。
「あぁ、あ、うぅぅううーー――!」
そのままの状態で時の経過を待っていたら。
「は、離れろぉおおーーー!!!」
「え、ちょ、何――」
ベチン! と大きな音が鳴り響いた。決して、ペチンとか、そんな可愛い音では無かった。「ベチン!」である。
「痛ったああああああ!!」
「は、恥ずかしいじゃないかぁ!! 何で人さまの前であんな、あんな姿をお!!」
確かにそうだ。どうしてその姿のままで居ようとしたんだ自分は。
「まあまあ、お前ら落ち着けよ……」
「「お前が来たのが悪い!」」
「うわー何かすげえ言われようだなおい。つか、扱い酷くないか?」
その後、どうにか父さんがなだめてくれたお蔭で、僕らは落ち着いて。何とか事態は丸く収まったのでした。ユメはずっとメモってました。生涯彼女にこのことを弄られ続けるのは誠に遺憾である。
その後話を聞くと、二人がここに来たのは、理由があるらしい。
その理由はベガに関することだった。それもあって、僕らはじっくり聞くことになるのだった。
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