26 プロジェクトY~監視者たち~

    ★☆★


 触れ合ったところが、何だかぴりぴりとくすぐったい。そんな温もりに包まれる中で、僕はまだ解決しきれていない部分があることを、ふわりと思い出してしまった。


『もし仮に、オイラじゃない自分自身が、この世界に居たとしたら』


 あれはあくまで、自分が行ったとは考えたくないがゆえに放った言葉なのであろうけれど……。あの言葉が、僕の中で変なつっかえ棒になっている。


 ……あの時。

 僕とヒカリ、そしてローテナリアが病室に居て、ベガが一旦戻ってきた時だ。

 そう、あの時のこの子には物凄く違和感を感じた。それも、本当に本人だったのかとさえ思ってしまうほどのものだった。

 でも、今はその違和感が全くない。

 ということは、もしかしたら単純に、話を聞いて疲れてしまっただけなのかもしれない。あんなに疑いの気持ちを向けられてしまっては、心も不安定になってしまうだろうし、この線が一番濃いだろう。


 けれど、まだ引っかかっている。


 …………。




『すまない、時間がかかってしまった』

『あ、ううん。いいんだよ、ベガ』


 この時一瞬、ベガが、ベガ自身から見て左上の方をしばらく見ていた。

 人は左上を見ている時は、何かを考えている時だとされている……。




 思えばこの時、考えるようなことって何かあったかな。

 ただ名前を呼んだだけじゃない。なのにどうして、何かを考える必要があるのだろう。

 ヒカリの父さんに言われたことが、重荷になっていたってことなのか。




『傷は治っちゃったわけだし、家に帰って、買ったテキストを広げてみるよ』

『なるほど。私はどうすればいい』

『うーん……あ、そうだ。ベガの分のテキストは買いに行こうか。リガルスは暫く追ってこないだろうし』

『リガルスだと?』

『え?』

『いや、何でもない』




 やっぱり、おかしい。確かあの時、ベガは自分のことを「私」と呼んでいた。

 この子は普段、自分のことを「オイラ」と呼んでいる。なのにも関わらず、この時に限っては自分のことを「私」と呼んだ。

 それに、リガルスの話を聞いた時に、それがまるで初めて聞いたかのような口調で返してきた。


 あの時感じた違和感というのは、そういうことだったのだ。


 そう。まるで、初対面の人にでも会ったかのような、そんな感じ。

 本当に本人なのかと思ってしまう感覚にも頷ける。


 しかも、究めつけとして、ベガの話にあった、自分じゃない自分。

 これを総合して考えると……。

 いや、まだ決めつけるのは早い。断定するには早い。

 ベガに、あの時一度戻ったかを聞くんだ。



    ★☆★



 ベガの部屋に、忍び寄る影が二つあった。

 背丈が高いものと、そして低めのもの。

 シルエットを見る限り、どうやら男と女だ。


「隊長、部屋はここ」

「いや、そりゃ俺も分かってるけどよ……まさかあの台数のカメラが全部見つかるとは思わなかったな」

「一台でもバレなければめっけもんだったの」

「まあしょうがないな。ベガは結構慎重な性格だろうし、こうなることは何となく分かってたさ」

「っていうか、この呼び方ムズ痒いの。父さん」

「お前が始めたんだろうがよ……ユメ」


 二つの影の正体は、なんと父と、ユメだった。

 二人には共通の野望があり、そして今、それは実現しようとしていた。


「俺に抜かりはないぜ。ここに除き穴が付いてるんだよ……」


 扉の中央付近に、少し見えにくいが指をかけられる場所があり、それを上側にスライドすると、何と見事な覗き穴が現れる。


「でも、それだけだと敏感なあの子は気付いちゃう」

「大丈夫だ。これな、実はな、マジックミラーって代物なのよ」

「あー、学校の自由研究に使っている子がいたの」

「お前なら何となく理屈は分かるだろ? つまりそういうことだ」

「父さん、自分が分からないからって投げやりにするのはどうかと思うの」


 そう、彼らの目的は、ベガの監視などではない。

 寧ろそんなことよりも、成さねばならないことがあるのだ。


「ほら……見えるぞ……うへへ、やってるやってる」

「み、見たいッ、見せてほしいのっ」


 ほらよと場所を譲り受けた少女は、すぐさま覗き見を始める。


「……ああぁあ、かわいいーっ二人が抱きしめ合ってるーっ」

「やっぱり、かわいいよなぁ……俺の息子とは思えないわ……」

「あれ、ユメはかわいくない?」

「ルイの万倍はかわいいぞ。愛してるぞユメ。母さんの分までな」

「て、照れるの」


 己の欲に……正直であれ。夜天家は只今、ピンク色に染まりつつあります。

 ルイとベガは、そんなつもりではないはずだが。



    ★☆★


 もう、数十分と時が経過していた。僕らは抱きしめ疲れて、ようやくお互いが離れ合った。


「やー……まさかここまで時間が経過してるなんて」

「そうだな。五分も経ってない気がしたのに」


 時計を見ると、もう既に短針は8を示しており、普段であればもう湯船に浸かっている時間である。


「もうそろそろ、お風呂入る?」

「ああ、うん。そうだな。どうする? 先に入っていいぞ」

「うーん……」


 心が落ち着いた状況で、あのドッペルゲンガー現象(仮)について聞きたかった。そのためには、お風呂で話し合うのが一番かと思って、


「ねえ、一緒に入らない?」


 と、誘いをかけてみる。勿論、本人が例えば素肌を晒したくないというなら嫌だで済む問題だし、僕ら同性だし、大した問題ではないだろう。


「そうだな、それも有りだな! 背中流しとかしてみたかったんだ!」


 ベガはニッと笑った。待ってましたと言わんばかりである。というか、背中流しは知ってるのね。ちょっとオッサンっぽいね。うん。

 お互い入れるなら丁度いい。僕はちょっと恥ずかしいけど、まあ相手はベガだし、見られてもいいかなって思ってる。


「(隊長、まさかの展開なのっ。今の聞こえた?)」

「(分かってる。常識の範囲内でなら問題ないっ)」


「じゃあ、準備してくるね」

「ああ、こっちも準備して待ってるぞ」


 僕は外に出るために、ノブを握った。


「(待って、この場所に居たら)」


 ガチャ。ギィィィ……バタンと扉を閉じた瞬間だった。


「「あっ」」

「え?」


 あれ。何で父さんとユメがここに。

 まるで、扉の影に隠れて、見つからないようにしているかのようだったが、忍びごっこをやってるわけではあるまいし、そんなはずはないだろう。

 ……いや違う。分かったぞ。


 監視カメラが壊されたから、様子を見に来たんだ。例え近しい存在だからと言って、僕の目は欺けない。


「めっちゃ睨んでる……」

「おおー、ついに来たか反抗期」


 違う。そんなことではない。あくまでもシラを切ろうというのだろうか。そしてユメまで。どうしてそっち側に居るの。頭の良い君ならこっちサイドで味方してくれると思ったのに……。


「ねえ、父さん。ベガから全部聞いたよ。心配なのはわかるけど、ベガを監視するのはやめてあげて……。もしかしたら、昔は悪さをしていたのかもしれない。でも、今は無害だよ。記憶が無い以上は、全く問題なしだよ。それなのに、どうして過剰なまでに監視カメラを付けてたりなんてしたの? 子としてとっても恥ずかしいよ……」


 僕がこの話をしたその瞬間から、父さんもユメも、ハッとした表情をしたと思えば、顔を顰めた。どうやら反省の色を見せたらしい。と思ったが、違った。


「そう……か……。悪いことしたな。まさかお前が話をそっちに取るとは思わなかったな」

「お兄ちゃんは、どこまでも純粋なの……天晴なり」


 え、えっ……何か間違えた。の? もしかして、僕らの考察間違ってた?


「まあ、誤解させて悪かった。これからはしないことにする」

「おかずにするのはやめるの」


 この瞬間の父さんがした、この世の終わりかのような驚きの表情に思わず吹き出してしまった。

 ってか……おかずって何!?

 フィルムが食べ物に変わるの!?


「何それ怖い……」


 終始意味が分からないままであったけれど、とりあえず、カメラを設置していた理由は、ベガを何かしらの疑いにかけていたからという訳ではないようだ。

 それが分かっただけでも安心だ。

 本当の目的は一切話してくれなかったけれど、どうやら悪い方向では無さそうだし、放っておいてもいいかなと思った。無理に詮索するのは良くないもんね。


 僕は漸く部屋に戻ってお風呂セット(衣類)の支度をして部屋を出ると、父さんとユメも、何故かベガの部屋から出てきた。きっと、誤解を解きに行っていたのかもしれない。ありがとう。


 そう思って、再びベガの部屋へ向かったら。


「えっ」

「ルイー。なんか夜天さんとユメが、これ着て入れってさ」


 ベガは、スク水を着ていた。しかも、女の子用である。

 そして、僕に手渡されたのは、海パンだった。僕が去年まで使ってたやつである。


「……あの二人、何考えてるんだろうね」

「さあ……? オイラに聞かれても」


 とりあえず、何か理由があるのだろう。

 むしろ、恥ずかしかったし、丁度いいかな。それを見越して用意してくれたのであれば、物凄いファインプレーだと思う。ベガが女物を着てる理由が分からないけど! まあ、気にしないでおこう。

 ベガが先にお風呂場に入ると、僕は海パンを履いた。

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