16 鈴香、三度現る
「えっとね、まず、昨日ヒカリの家で僕が見た夢の話をするね」
「あぁ……ユメじゃなくて、夢か。オイラ変な勘違いしてたんだな」
そういうことなんです、はい。
でも、僕も大分興奮してたし、わけがわからなくなっていたことには違いない。反省しよう。
「見たことも無いような王様と、お姫様みたいな人が居たんだ。二人は喧嘩してて、一体何が起きているんだろうって思ってたんだ」
「さっき聞いた話と照らし合わせるに、そのお姫様がローテナリアってことか?」
「うんそう、そういうこと」
「「…………」」
結論言われちゃったよ!!
ここからどうしよう!! どうやって話を広げよう!!
「ええと、もっと夢の内容が知りたい」
「あぁ、広げてくれた……ありがとう……」
「オーバーだなあ」
余程嬉しそうにしていたようで、よしよしと頭を撫られてしまった。
ちょっと嬉しい。
夢であるということ前提での話になってしまうが、興味を持ってくれたようなので、僕も話す甲斐がある。
「ローテナリアは、お兄さんを探していたんだ。彼女は確か『直血の兄妹』って表現を使ってたんだ」
「直血の兄妹……何だかそこらに居るような普通の人とは思えない言い方だ」
「そうなんだよ。だって、ローテナリアはお城に住んでたから」
「へぇ……お城か。って、お姫様ってことはもしかして!」
「そう。そうなんだよ。ローテナリアの正体は『ヒコの姫君』ってことだよね」
「なるほど……リガルスの奴が、『ローテナリア嬢』って呼び方をしていた所にも合点が行くな」
彼女の考えていたことや、思い。それらが話していくうちに思い起こされていく。
それらの内で、お兄さんについて、何か手がかりになりそうなものを探っていくと、『他の王国への干渉』という何かを示唆するような言葉に加えて、極端にベタ褒めしているような場面もあったりした。これが意識下で行われていたのだから、余計に凄い。そんなに兄が好きなのかってレベル。
いや、もしかしたら記憶が曖昧なだけかもしれないけど、あまりにも印象的だった。妙に覚えてるもの。
後、他にも気になることは、ノリスって執事が居たことかな。
少なくとも今回彼女の旅には同行していないようだし、もしかしたら王様にこっぴどく叱られているかもしれないなぁ。ローテナリアをお城の外に出してしまったこともそうだけど、もしかしたら女王様とデートしたのがバレたかもしれないし。
結構個性的な人だったし、もし正夢だって言うのなら、ちょっと会ってみたいかも。
『姫様っ! それだけはっ! それダけハゴグギハァッ!』
「ウププ……」
「どうしたんだ?」
「何でもないよ」
これだけは自分の心に留めておこう。ノリスさんの威厳のためだ。
「でも、予言みたいなことが出来るなんて凄いじゃないか! オイラは正夢なんか見れないし、本当に凄いことだと思うぞ」
「そうかなあ。ちょっと怖いけどね」
そう。楽しい反面、ちょっとだけ怖い。これからのことが分かってしまうなんて……。
「――……それを受け入れなければいけないのが、あなたの運命」
「!? 誰だ!」
ベガは思わず身構えていたが、僕はもう三度目で、慣れ切っていた。
昨日も聞いたその声を、僕は忘れることは出来なかったし、忘れるわけにはいかないだろう。
「こんにちは、鈴香」
「ルイの知り合いなのか。ごめんな、構えたりして」
「……気にしないで。私は……私は、大丈夫だから」
何だろう、若干動揺しているように見える。どうしたんだろう。僕にも分かるって相当だぞ。
「鈴香、もしかして君……トイレ行きたいの?」
「違うから」
冷めた目で見られた。何? 僕は何かを間違えたの?
何だか理不尽な気がしないでもない。
「理不尽でいい」
「あ、そうか心読めるんだっけ」
「心読めるというより、お前の場合は顔に出てるんだよ。でも、鈴香の言い方は、なんだか子供みたいだな~」
にへっとベガが笑うと、鈴香は更に明らかな動揺を見せた。
ちょっとこれどういうことなの。僕にはそんなの見せたこともないのに。
「子供じゃない……千年以上生きてる……!」
「千年!?」
思わず驚いてしまった。だってそりゃそうだ。千年も生きられるって、普通の人間だったらあり得ない話だ。とすると、鈴香って……。
「鈴香って、何者?」
「…………話し過ぎた。本題に戻す」
盛大に無視された。もう少し僕の扱いをどうにかしてほしいよ。
「夜天 流衣。貴方に昨日話したことは覚えてないと思うだろうし、もう一度話しておく」
「え、覚えてない前提?」
「二人の会話や、貴方の思考を読み取っても、一切わたしに関して言及が成されてなかった。これで覚えているなんて言わせない」
バレたか……。実際覚えていなかったのだし、思い出すためにももう一度聞いておかないと。復習だ。
「『眠った後に見る夢。あなたはそれに気を配る必要がある』。そうわたしは述べた。でも、あなたは覚えていなかった。加えて『食べ物には気を付けること』って既にわたしが言ってた。なのにあなたはみ……そこの子に忠告することもなく、意識不明にさせた。想定していたシナリオよりも遥かに、最悪のものを取ってくれた」
「ちょっと待って。どういうことなの? シナリオって」
「まるで全てを理解しているような口ぶりだ」
鈴香が話すことはわけがわからない。それは初対面の頃から分かっていたことだけれど、三回目となる今回。更に訳がわかりません。
「何度も言ったことを忘れないで欲しい……本当に……」
「ちょっと待ってよ。『何度も』って言われても、僕は昨日君に聞いた忠告しか聞いたことがないよ」
僕もベガも、彼女がどうしてそのようなことを言うのか、疑問で仕方がなかった。
それよりも「シナリオ通りにいかなくなった」なんて言われても良く分からないし、何を言わんとしているのかも分からない。
鈴香は、謎だらけだ。
どうして、普段から鍵をかけているはずの玄関から音もなく侵入して、僕の家の中に入ってくるのか。
どうして、ベガ……もとい流星が降ってくることを予見できたのか。
どうして、星屑ヶ原に居たのか。
彼女に関して、僕は何も知らない。星屑ヶ原で会ったのが初めてだし、それには断じて偽りはないはずなんだ。
「偽りはない……確かにそう……でも」
「でも……?」
鈴香が次に何を言うのか。その言葉を待つも、彼女は口を噤んだまま、そのことに関して語ることは無かった。
そして、何事も無かったかのように、話題を元の軌道に戻した。
僕たちは不服だった。特にベガは鈴香に対して文句を言いそうになったが、僕が止めた。
誰でも、言いたくないことの一つや二つがあるのかもしれない。それを無理に聞き出すのは良くないことだと思ったからだ。
「貴方たちは明日、どこかへ行くことになると思う。その帰り道に、貴方たちは立ち止まってはいけない」
この、また訳の分からない助言をして、鈴香はまた、姿を消した。
最後までその、不機嫌な態度は変わることが無かった。
「なあルイ」
「どうしたの」
「鈴香に何かしたのか?」
「いや、何にもしてないと思うんだけど……」
「それにしては、態度がおかしかったよな」
ベガも同じことを思っていたようだ。
誰がどう見ても、あれが会って三度目の人にする態度では無いし、初めて会った時からあの調子だから余計に困る。一体何が目的だと言うのだろう。
「次に会ったら、一回謝ってみたらいいんじゃないか?」
「それで態度が変わってくれればいいんだけどね」
それだけでは何も変わらないような気がするんだよね。彼女の態度の酷さがそれを物語っているような気がする。
態度のことだけではなく、鈴香自体のことを二人してしばらく考えていたが、結局何も答えは出なかった。
もしかしたら、ベガが記憶を失うきっかけになった人物なのではないか……という話にもなったけれど、そうだとしても僕を知っている理由には謎が残る。そのため、結局この仮説も白紙に戻ってしまった。
悩みに悩んで疲れてしまった頃、一体何をしていたのであろうか。
父さんが僕やユメの部屋がある二階から降りてきた。
「父さん、何してたの?」
「ああ、実はな」
話によると、どうやらベガの部屋を作っていたんだという。でも、二階に空いていた部屋なんてあっただろうか。それを考えてみると、そういえば。
二階は四部屋あり、その内僕の部屋、そしてユメの部屋、和室が一つ。この和室は共用のスペースとして使用しているため、空けることはできない。けれど、最後の一部屋は倉庫になっている。
なるほどここを整理して、地下の方に移動させれば、無問題ってことか。父さん考えたな。
「ベガの部屋は若干狭い場所になってしまうけれど、それでも良いなら今すぐにでも整理を始めるぞ」
「『それでも良い』……なんて言葉じゃありませんよ。部屋を用意していただけるだけで、オイラはとても嬉しいです」
気遣いでは無かった。ベガは本当に、喜んでいるようだ。
それが分かったのか、父さんもニカッと笑った。
「よぉし、じゃあ、明日家具を買いに行くぞー!」
「おおーえ、明日!?」
「おぉ、明日だ。明日以外だと溜まった仕事がやばいんだ」
困った。鈴香が予言した、外出するってことが本当になってしまった。
この先にあるのは一体何なのだろう。
まさかとは思うけれど、リガルスだったりするのだろうか……。
でも、奴は「しばらく命は延ばしてやる」って言ってたし、別にその心配をする必要はないのかな。
何が待っているのか分からないし、恐怖しかない。
でも、父さんの仕事には余裕が無い。何で今日早く帰って来たの。今からでも仕事行ってきてよ。
結局父さんに何も言うことは出来なかった。運命がどうのなんて言ったって、大人が信じてくれるわけないって、思っていたから。
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