15 夢と現実

 たったその一瞬の出来事であったが、僕はそれを理解するのに数秒だけでは足らなかった。どのような銃を使用したのかは分からないが、銃弾を受けたローテナリアの周囲には煙が立ち込めていて、良く見えない。でも、こんな威力の弾を受けたら、彼女はもう……。


「命はたった一発の銃弾で断つことができる。フン、俺にとってはそれがゆえに楽な仕事だ。そこに暗い過去も、影も存在はしない」

「なんて、ことを!」

「リガルス……絶対に許さない!」

「何度でも言えよ。生身のお前らに勝つ手段は無え」


 ローテナリア、ごめんね。君を、守ること、できなかった。

 でも、僕たちが、必ずあいつを、リガルスを、倒すから……。


 立ち込めていた煙はようやっと消え去り、そこにはローテナリアの姿が――。


 ――無い。


「居ないだと……?」


《ヒコベイトル》


 上空から緑色半透明の発光体が、幾つも放たれていく。


「クッ」


 奴はそれを人間離れした大きなステップで回避していく。

 地面に落ちたその光は、ジリリとアスファルトを焦がした。


一体、これは何が起きているのかと思い、上空を見てみると……。


「……!? 浮いてる! ローテナリアが浮いてる!!」

「よかった……これで終わりじゃなかったんだな!」


「貴方が銃を使ったその瞬間に、わたくしは煙を巻き上げ、飛び上がらせて頂きました。更に、わたくしのこの衣服は銃も防ぐことが出来る優れもの。貴方にはわたくしを殺すことはできません」

「フン……そうかい。なら、ローテナリア嬢。お前を狙わなければいい話だ」

「赤髪。てめえの命を確実に奪ってやる」

「そうはさせません!」


 車みたいな速度で、僕らの目の前に立つ彼女。もうこれ何が起きてるの?

 理解が追いつかないよ。わけがわからないよ。


「フン……思い思いに性欲をまき散らしていくだけの変態民族かと思っていたが、そういう訳ではないんだな」

「なんですって?」


「各国で噂になってんだよ。大自然の力が強すぎるあまりに、繁殖力が高く、性に狂った輩が多いんだってな。それが行き過ぎた余り、屋内だけでは飽き足らず、店内や職場では当たり前。路上でキスなら至極当たり前ってレベルで歪んでる。何だよ「路チュー」ならぬ「路○○○」ってよ。路上で性行為に走るんじゃねえよ馬鹿。お前らの言う「路」はもはや露出の「露」じゃねえかよ。しかもこれが民族全体ときた。公序良俗もあったもんじゃねえ」

「そんな……」

「んなことしてっから、人は『ヒコの民』を『シコの民』なんて侮蔑的に呼ぶんだよ」


「…………あなたは侮蔑のつもりで申し上げたのでしょう。けれど、そのような事実は我が国にはありません!!!」


 物凄く大きな声で否定をするローテナリア。長すぎて良く理解できなかったけど、結構酷いことを言われたようだ。


「ルイ……良く分からないけど、要するに、民族を曲解されてるってことか?」

「うんそう。たぶんそう」


「皆が皆、一人一人が純粋な気持ちを大切にし、自然と共生して生きる民族。それがわたくし達……ヒコの民です!! そのような穢れた思いで、素敵な民を潰すような方を、わたくしは決して許しません!!!」


《デス・ヒコステイム》


 ローテナリアの身体が、あの時、ベガを救ってくれた時のように、緑色に光り始める。ただ、全体的に黒っぽさと赤っぽさが混じっていて、何だか平穏無事に済むような気がしない。それだけじゃない。僕もベガも、この輝きを美しいとは思えず、むしろ、恐ろしいものに感じていた。リガルスと同等か、それ以上に恐ろしい、そんな何かすらも感じてしまう。

 思わず手足が、フルフルと震えてしまうような、そんな悪魔めいた何か。そしてそれは、僕らだけに留まることはなかったようだ。


「ヤバそうなものが出てきたな……。いつ以来だ。こんな気持ちは」


 あのリガルスが、若干焦りの色を見せているように見えた。

 殺気のような、そんな何かを、彼女から感じ取ったのかもしれない。


「ローテナリア嬢。お前が居る時は、俺が現れるべきではないようだな」

「ご名答です。ベガさんを狙うのを止め、そして今すぐ発言の撤回をなさらない限りは……わたくしも然るべき処置を行います」

「止めるつもりも、謝るつもりはねえよ」


 こちら側の心まで痛めつけてくるような、そんな棘のある返答だ。

 先ほどから僕の胃に貼りついた青色は未だに取れておらず、むしろリガルスの言葉で黒ずんできているのであった。


「屋内に入ってドンパチやるのは俺の性分じゃねえ。だからしばらくてめえらの命は延ばしてやる。だがな、忘れるな……」


「……いつでも俺が、命を狙っているということをな」

「お待ちなさい! リガルス!!」


 そう言って、敵が待つわけがなく――。


「――消えた」


 そのままその場から、忽然と姿を消してしまった。

 まるで元々、そこに何も無かったかのように。


 ローテナリアは能力の酷使によるものなのか、そのままその場に座り込んでしまった。息切れも激しく、とても辛そうだった。

 見かねた僕たちは、家の中で少し休んでいくことを提案したが、丁重にお断りされてしまう。やらなければならないことが出来たらしい。聞かされた僕らには、これ以上の無理はしないでほしいと祈りつつ、旅の無事を祈ることしかできなかった。


 彼女が去ってから、リビングでまったりと過ごす僕らであったが、ベガは一つ悩むところがあったようで……。


「今日からご飯どうすればいいんだろう」

「ローテナリアが言うには、免疫も増やしてくれてるから、普通に食べる分には問題ないって言ってた」

「そうなのか。なら良かった……。それにしても《ヒコステイム》だっけ。あれ凄いよな。傷も癒せる上に、免疫力も付けられるって。オマケに、最後の技、見たか?」


 心配事が消えて何よりだ。

 また、この子が言いたいのは間違いなく、最後のあの怖いオーラが出た技だろう。


「うん。あんなこわい技が使えるなんて、思わなかった」

「優しそうな人だからこそ、触れてはいけない領域があるのかもしれないな」


 優しい人ほど、怒ると恐いって言う、あれかな。

 そうだ。あの時後ろ姿だったからあまり良く分からなかったとはいえ、ローテナリアは恐ろしいほどに殺気立っているように見えた。あの人は絶対に怒らせちゃいけないなと、心の中で決意した瞬間であった。



 その後間もなくして、ユメが帰宅した。ベガの無事を確認すると、直ぐにほっと胸をなで下ろした。


「あなたが健康じゃないと、お兄ちゃんがセミの抜け殻になっちゃうみたい」


 と、笑顔で言い放たれたのは恥ずかしい。

 いや、間違ってないけど……間違ってないけど誤解だ。


 父さんも間もなくして帰宅した。ベガが心配だったため、定時に帰ってきたらしい。

 ん? ちょっと待って、定時って一時過ぎぐらいなのか。今三時だけど。

 そういえば、父さんが何の仕事をしているか、聞いたことなかったなあ……。


 えっと、八時に家を出て、一時退社。つまり……。

 あまり気にするべきではない気がしたので、考えるのをやめたい。


 まさか僕の父さんがフリーターだなんてそんなこと、有るわけないもんね――。


「――有りそうだ」

「おうルイ、どうした?」

「……なんでもないよ」


 自分の考えを一蹴することができない辺り、僕は父さんに良からぬことを感じてしまっているのだろうか。良くないなぁ。大切な父親なのに……。


「父さんってフリーターなの?」

「は?」


 落雷が落ちた気がする。何で自ら踏み抜いていくんだ妹よ。


「ってお兄ちゃんが言いたそうな顔をしてたの」

「うん!?!?」


 何で僕に向けるんだよぉおお!!

 って父さんが般若のような形相でこっちを見てるじゃないかああああ!!


「ルイ……。お前は俺を信用してくれていないのか? 俺はお前を信じているというのに」

「はいぃ、勿論です信じてます」


 父さんの後ろで地獄の火炎が燃え盛る。これが漫画だったなら、「ゴゴゴゴ」と出ていそうな修羅的雰囲気だ。いつもは威厳もへったくれも無いように見える父親だが、とんでもない。普段は信頼し合ってるからこそいじりいじられ合いをしているだけだ。その信頼が無いように感じられたら、そりゃあ悲しくなるだろうし、怒るだろう。だって父親だもの。僕らのことを愛してくれているんだもの。


「ベガちゃんもいることだ。可哀想だし、今日はあまり叱らないことにしよう。けどな、父親を疑うのは本当にやめてくれよ。疑われる側も、疑う側も、良い心地がしないからな?」


 至極全うなお言葉です。本当に失礼しました。

 心からそう言って詫びると、許してくれた。嬉しい。

 本日二度目のお叱りとなってしまった訳だし、僕も気を付けないとなって思う。


 気付いたんだけど、僕は考えただけなのに、何でここまで怒られないといけないんだ。

 どっちかと言えば、ユメの方が怒られるべきじゃあ……って居ないし。

 ……部屋に戻ったな、小悪魔め。


「さあ、今日の夕飯はどうする? ベガの体調に見合ったものにするべきなのだろうが」

「オイラのことはもう大丈夫です。どんな料理でも問題なしです」

「おお、そうか。でもどうしてそんな自信があるんだい?」


 僕たちがローテナリアと出会ったこと。そして、リガルスと彼女が対峙したこと等、あったことの全てを父さんに話すと、驚いていた。


「そんな幻想的なことが……」

「信じられないよね……」

「ああ、ルイ。お前に言われていなければ信じていない話だ。お前が嘘をつけない子だってことは十分に理解しているからな」


 何それこわい。嘘をついてもバレるってことは、小学生の時に学習しちゃったからなのか、嘘をつく気も起きないんだよね。それを父さんが見抜いているってことがなんだかこわい。

 もしかして僕ってそんなにわかりやすいの……?


「すっげえわかりやすい顔してるぞ」

「はうっ……」


 僕には、自分でも理解できない何かがあるのかもしれない。


 それから夕飯まで時間があるため、しばらくベガと二人でゆっくりして過ごしていたが、少しばかり時間が過ぎた辺りで、


「あああ!!! 思い出したぁああああ!!!」


 僕は唐突に、あまりに突然に、あの夢を思い出したのだ。

 あの夢というのは、つまり……。


「ルイ、どうしたんだ?」

「ゆゆゆゆ夢、夢、夢ぇ!」

「ユメか、ユメがどうした?」

「夢、ローテナリア!」

「ユメがローテナリアだって!?」

「ローテナリアはお姫様あ!」

「ユメがお姫様ってことか! 何が起きているんだ一体。お前んとこの血筋は一体どうなってるんだ!?」


「うるさいぞー! 少しは落ち着けよ!」

「はひぃ!」「ごめんなさい」


 父さんに注意されてしまった。でもお蔭で、僕も落ち着くことができた。もしかしたらあったかもしれないあらぬ誤解も、落ち着いて対処することができた。

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