第33話 龍が淵(七)

「ともあれ、私たちは龍と接触できないようにされています。あまりここにいて龍を動かしているのに気づかれると、不審がられてしまうでしょう。一度ここを離れましょう」


 媛が再び来た道を戻るのに芙貴たちもついていく。けれど、芙貴にふと思いつくことがあった。前を進む媛の背中に声をかける。


「あのさ。この淵の下流ってどうなってるの?」


「下流?」


「うん。ここの水が花藻川に流れ出してくれたら都が助かるんだけどなあって思うのと、そっちからも龍は外に出られないのかなと思って」


「分かりません。私は仕事で山上の宮殿と貴花藻社を磐舟で往復するばかりなので……」


「行ってみようよ。道分かる?」


 媛もほとんど通ったことがないそうだが、渓谷の川沿いに誰かが踏みしめた痕がある。ところどころで岸から離れて森の中に入るが、木立を透かして川の流れを見失わないようにしながら先に進む。


 森の中は人があまり来ないせいか雑多な樹木が茂り、地面から這い上がった蔓草が背の高い樹の幹に巻き付き、また、その枝の先からぶら下がっていた。芙貴の顔にかかるほどではないが、背の高い青海には邪魔になるらしく、ときおり片手で蔓を払いのけている。


 地面の傾斜がゆるくなりふもとに近づいたと思われる辺りで、川幅がぐんと広くなりちょっとした湖のようになっていた。


 その周縁を巡ってさらに下流に行ってみると、その先は……。


「せき止められてる」


 石や丸太、板を使って堰が設けられているのだ。芙貴は「なんだ」と軽く考える。


「これ、崩しちゃえんばいいんじゃないの」


 それに対して青海が「そう簡単にはいかないと思います」と答えた。


「この堰の本質もやはり結界ではないかと思うのです」


「本質?」


「私も東国で治水工事に携わりましたが、これだけの水をせき止めるのに、こんな薄い堰などありえません。また、石や木でできただけの堰なら龍だって出入りできるはず。ここにも結界が張られていると考えるのが道理です」


 そして青海は堰の上の方を見るようにと指さす。細い棒きれが何本か堰の上に突き立てられ、その間に結界を示す縄が張られていた。


「先ほどの龍ヶ淵にも岩場にあったんですよ、気づきませんでしたか?」


「ううん、全く」


「龍と水は結界の中から出ないようになっているんだと思います」


「なんで、そんなこと……」


 媛が呟く。


「できるとしたら父かと思いますが……」


 彼女は心の底から当惑しているようだった。


「ただ……私はこの比瑛山に関することは全て任されているのに、こんな話を聞いたことがありません。それに理由も……」


 青海が難しい顔をしながら空を見上げた。


「日が傾いてきました。そろそろここを出ないと京に戻る前に日が暮れてしまいます。今日は、ここで得た事実をいったん持ち帰ってどういうことなのか検討してみましょう」

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