第31話 龍が淵(五)
芙貴はなんとも苦い気持ちになる。美しくなくても、父親の代わりを果たすしっかり者の娘でいればいつか報われるのではないかと媛は期待しているようだが、先ほどの母親の態度には温かみが感じられなかった。もし父も母と同じような態度だとしたら、沙智媛の役に立つ娘として認めて欲しいという願いはただ便利に利用されているだけのような気がする。
だが……。それを口にしていいのかどうか判断しかねて芙貴は黙っていた。
「沙智媛」と背後から男の声がかかった。
「令王様」
これが令王か。沙智媛と妹の沙恵媛の従兄であり、沙恵媛を妻に娶ることで次の嶺上となる男。やや暗めの金の髪に紺色に近い深い青の瞳。鼻は高いが目が細めで、理知的な雰囲気の顔立ちだ。
「令王様。妹とのお話は終わったのですか」
そう問われた令王はふっと鼻だけで笑った。
「話も何も……。時候の挨拶をしてきただけですよ。前から貴女には正直に言っていますが、つまらない姫君ですからね」
彼の声に苛立ちの色が混じる。
「嶺上は美しい媛を与えれば私が恩に着ると思っているようですが……。私は外見の美よりも身分よりも私と話が合う相手と夫婦になりたい。二人の媛のどちらかと言えば貴女の方がいいくらいだ」
「でも、令王には既に恋人がおいででしょう」
「ええ。次の嶺上となるために今の嶺上の娘の一人を嫡妻にしますが、私は恋人とも別れません」
令王も学問が好きだが、彼の場合は自分が学ぶだけでなく人に教えるのも好きなのだそうだ。そして女房の一人にとても聡い者がおり、彼女の示す知的な手ごたえが令王に快く、そのうち彼女への想いは愛おしさに変わって今となっては無二の恋人となった。
そう沙智媛が事情を芙貴と青海に説明する間も、令王は照れくさそうな顔一つ見せず、むしろ満足げにうなずいている。本気でその女君に惚れこんでいるのだろう。
「それにしても沙恵媛の幼さといったら。花が咲いたと言えば『綺麗ですね』、今宵は満月だと言えば『楽しみですね』。人形のような受け答えしかできない」
ひとかどの姫君なら花の種類に応じた古今の詩歌を引用するとか名月を愛でる管弦の遊びを提案するとか、もう少し返答のしようがあるだろう。令王がつまらない女呼ばわりするだけあって、頭の方は残念な姫君のようだ。
「そして」と彼は続ける。
「比瑛山の将来についてだって彼女は何も考えていないでしょう。今は荘園経営がうまくいっていますが、このまま嶺人が増えてもこのままでやっていけるのか。やっていけなければ下界の朝廷と交渉して荘園を増やしてもらわねばならなくなるのではないかとか、そういった話し合いも彼女とは無理だ」
「妹媛は……あまりしっかりしていないので」
「それは私もうんざりするほど分かっていますよ。だいたい父親の嶺上も古典的な教養の、その上っ面を修めるばかりで、現実的なことにはからきし興味をお示しでない。今の嶺上の代は、貴女というしっかり者の長女が取り仕切っているから成り立っている」
「……」
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