第83話 左近衛大将の帰還(二)
翠令が「共犯者……」と呟きながら顔を上げる。
「この点、東宮妃様は部外者だ。今までの我々と関わりのないお立場だから、初めて話を聞いて新鮮な反応をされたのだ」
佳卓は自分を見上げてくる妻に笑って見せた。
「東宮妃様は自分たち若い世代を準備したのは我々だとおっしゃって下さった。心洗われる話を聞けて良かったともおおせだ。それは策を練った私だけではなく、赤子を守ろうとした錦濤院や貴女に対してでもある。だから、院も貴女もねぎらわれるべき人だ。もちろん日立宮もね」
「私はただ錦濤の姫宮を助けて差し上げたい一心で……」
いつも錦濤院を気にかける妻らしいことだと佳卓は思う。
「これで院も安心して錦濤に出立なされよう」
院が錦濤にお移りになるのは、芙貴のように今の東宮様と顔が似ていることに気づく者が現れないようにするためだ。また、皇統が日立新帝に移った後で無用な波風を立てないためでもある。
「こうして東宮様が実の母君のことをお知りになられたのだから……そうだね、人目に付かないような形でご対面させて差し上げたいものだ」
東宮としてではなく、清穏帝の后の女院が家人の「青海」に遣いを頼んだとかなんとかすれば人目をごまかすことも可能だろう。妻が「錦濤院もお喜びになりましょう。それから、貴方に対してもお褒めとねぎらいの言葉をきっとお掛けになることでしょう」と言った。
「それは嬉しいね」
「日立新帝も貴方に感謝しておられましたでしょう?」
日立宮とは東国と京とで私的に連絡を取っていた。人目をはばかって佳卓からは養子のことに触れないようにしていたが、日立宮は手許の我が子の成長を喜ぶ内容の文を送ってきて下さった。その文面はとても自然で、実の子として慈しんでいることが伝わってきたし、京にお戻りになられた日立宮は佳卓と二人きりになった折に「良い子をありがとう。私も妻も子を育てる喜びを味わえたよ」とおっしゃって下さった。
「錦濤院、日立新帝、そして東宮様。この三代の尊き方々からお褒めにあずかるとは、帝をお守り申しあげる近衛大将としてこれ以上の
ただ……。
「惜しむらくは……。清穏帝が我が子の行く末をご存知なかったことが残念ではある」
「そうでございますね……。でも、ご存命であればきっと心から貴方様の労をねぎらって下さったことでしょう」
「そうだね……」と、佳卓は若くしてその時間を止めておしまいになった清穏帝のために杯を掲げ、そして干した。
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