第62話 造反(四)
女院邸に戻って状況を報告する。話を聞いていた皆は、芙貴と同じく「遷都」という言葉に一斉に沸き立つ。
ただ、女院は最初の驚きが過ぎると、錦濤院がそうであったようにすぐに冷静になった。その周囲の、年齢が高く責任のある者も不安げな顔になっている。
「遷都と聞いて嶺上が動揺したのは痛快ですが、やはり錦濤院がおっしゃるようになるべくそれは避けたいものですね……」
古株の女房も「京域内の引越しでも大変なのに、ましてそれより遠いところなど……。病人だっているのに……」と溜息をつく。若手の女房も「慌ただしくて、落ち着くまで遊ぶ余裕もなくなりそう」「こないだみたいな楽の催しも当分無理よね」と嘆き、菫がしかめた顔を芙貴に突き出した。
「そもそも芙貴ちゃん自身引越しできそう? 最近はだいぶ身の回りを整理整頓できるようになったけど引越しはもっと大変だよ。不用品を処分して荷物をきちんと櫃に詰めないといけない……。芙貴ちゃん、できる?」
芙貴の口から反射的に「え、やだ。無理」と答えがこぼれた。
こうして具体的に考えてみると本当に遷都というのは大変だ。 錦濤院が「できれば避けたい」とおっしゃったのも当然だし、今の芙貴は絶対に嫌だと改めて思う。
そもそも、なんでそんなことをしなくてはならないのか。芙貴の中に嶺上への憤りがむくむくと湧き上がる。
「龍を閉じ込める嶺上のせいでこんな目に遭わなきゃならないなんて! あいつ、娘の沙智媛のことだってつまんない嫉妬で飼い殺しにする気でいて、ほんとむかつく!」
母屋の奥から女院が芙貴を励ます。
「芙貴、もしも遷都が錦濤帝や日立新帝の落ち度のように歴史に残りでもしたら、私も帝室の皇后であった身としていたたまれない。沙智媛が親に背くとせっかく決意してくれたのです。なんとしても龍を操る術を探し出すのですよ」
「全力を尽くします!」
翌朝。青海が大学寮の仕事を休んだ倫道と連れ立って芙貴の局にやってきて、三人は貴花藻社に向かった。少しでも活動しやすいように今日の芙貴も水干だ。
はやる気持ちのまま早足で歩いていると、花藻川の手前あたりで、向こうから鳶色の髪の若者が走ってくるのが見えた。確か彼は貴花藻社で初めて会った嶺人のはずだ。
彼は芙貴たち三人の前で止まり、息を切らしながら「あ、あの。媛様が大変です。俺、伝言を頼まれて」と言い始めた。
「どうしたの?」
「媛様、ご自分の部屋に閉じ込められてしまって。あの……結界……たぶん嶺上さまが結界を張ってるんだと思います」
「なぜ……?」
「なんか今、嶺上と下界の朝廷とで揉めてるんだそうですね? それで令王様が嶺上と話し合いをなさったそうなんですが、媛様はそれが嶺上を刺激したのではないかと推測してらっしゃいます」
令王はまともな人間ではあるが、自分の意見を忌憚なく口にする性格だ。嶺上のような狭量で矜持だけは高い人間相手に、押したり引いたり駆け引きするのにはあまり向いていなかったのかもしれない。どうやら話の切り出し方にしくじったようだ。
「それに嶺上から文も届いて……。媛さまに身の回りの物を持って貴花藻社から山上の宮殿に移れと命じてるそうなんです。媛さま泣きながら荷物をまとめていらして……」
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