第61話 造反(三)
「あのさ、今、ちょっと大変なことになってるわけよね。私たちが遷都しちゃって比瑛の山裾に人がいなくなるとさ、花藻川の水も必要とされなくなっちゃうわけじゃない? 朝廷から奉幣使も来ないし、荘園だって取り上げられることになるわよ。比瑛の山の人たち、どうすんの?」
「そ、それは……」
「父親の嶺上のことはもう考えないようにしようよ。貴女の有能さをもっと大切なことに向けよう。下界の民と嶺人たち。みんなにとって一番いい解決策ってなんだろう?」
沙智媛は顔を上げたまま、視線だけを下に落として何事かを考え始めた。
「……父には退位していただき、令王が嶺上となるのがいいのではないかと思います。令王は不必要な贅沢も求めない人ですし朝廷との共存に向けても現実的な話ができるでしょう」
「ああ、そうだね。あの人はまともそうだもんね」
「そのためには……父を失脚させねばなりません」
「……うん」
これまで父に振り向いてくれることを期待していた彼女が、自分から父に背を向ける。きっと身を切られるような辛い決断だろう。
「佳卓様があげた三つの課題の二つ……水の結界を破って龍をこの山から解放する。そんなことが起きれば、それは父の大きな失態であり、令王やその両親をはじめ比瑛の山の有力者が父をその地位から追い落とすことが可能となります。その後、龍神には比瑛に戻っていただき、これまでの三百年がそうであったように、我々嶺人が龍神に仕え、朝廷からそれに対して奉幣や荘園の寄進などをしていただく形に戻す。今回、錦濤院が遷都をちらつかせたことで、嶺人が龍を独占しようとすれば自分で自分の首を絞めるようなものだと明らかになりましたから、父のようなことをする嶺上はもう今後は現れないでしょう」
「……」
「父には受け入れがたいことかもしれませんが……。それでも得意な風流ごとに専念していただいて、そこで持てる能力を活かす機会を差し上げる。それくらいしか私には事態を収拾する道が見つけられません」
「うん、そうだね。向いていない仕事をするより、本人にとってもそっちの方が幸せだよ。……そう思ってくれるようになるまで時間はかかるかもしれないけど」
大まかな方針が立ったと芙貴は一息入れたいところだが、青海がその先に話を進める。
「で。結界を破るのと龍を呼ぶのと、具体的にはどうするんですか?」
「う……。痛いところをつくわね」
「結界は『天叢雲剣』で破れる可能性はありますが、龍を呼ぶのはどうしたらいいのか。『龍呼ぶ妃』は相変わらずどこにいるのか分かりませんし」
芙貴が沙智媛に尋ねた。
「あのさ。比瑛の山に龍を操る宝珠とかってないの?」
「宝珠?」
「龍と言えば宝珠でしょ。『龍呼ぶ妃』がいったいどうやって龍を呼ぶのか知らないけど、嶺上が龍を操るのに宝珠とか使ってたりしない?」
「龍に関係する神事は父一人であたっていたので、私に今分かることはないですが……。そうですね……比瑛の山のどこに何があるか記録した目録を隅から隅まで見返せば何か手掛かりがあるかもしれません。私一人で目を通すのは時間がかかるので、お二人と倫道さんに手伝ってもらえますか?」
「うん! じゃ明日、青海と兄さんも連れて来るよ!」
「お願いします。私はこれから令王様に話をしにいきます」
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