第60話 造反(二)

 媛が「それは私が可愛げのない子どもだから……」と震える声で言いかけるが、青海が首を横に振ってさえぎった。


「貴女の振る舞いとは関係ありません。『女は男の下に隠れ、男は女の上に立つべきだ』と信じ込んでいるのに、彼は自分の信念を裏付けるだけの能力を持ち合わせていない。分相応で誤った信念に、彼が勝手に自縄自縛に陥っているのです」


「……それでも……それなら……もしかしたら私は何もできないふりをしていればよかったのでは……? 妹のようにただただ人形のように振る舞っていれば……」


「彼がどのような信念を持とうと、日々の実務は追いかけてきます。彼に代わって誰かが引き受けなければならなかった。父親が貴女に仕事を任せたのも事実でしょう?」


「ええ……」


「令王が『手駒』と言っていましたね。身近に仕事を任せられるしっかり者の娘がいる。この娘は容姿が劣っているがゆえに、親の気を引きたくて一生懸命仕事を頑張る。そうして父親よりも優秀だという評判が立ち、彼にとっては愉快ではないが、親子という愛情で縛られた上下関係の中で父親として叱責や指導を加えることができる。有能な娘に嫉妬しつつも、自分の面目は立つ」


 芙貴も青海の言うことは当たっているように感じられた。嶺上は地位と美しい容姿を持つ男だ。けれど「男なのに優秀ではない」。その事実を、嶺上という地位にも就けず、容姿も劣った「女」が突き付ける。男は女よりも優秀でなくてはならないと思い込んでいる彼にとっては、自分の存在の核を脅かされるような気でいるのかもしれない。


 青海は「貴女に対してだけではありませんが、彼は『歴史観』『伝統』『教養』という言葉を使うのが好きだ」と続ける。芙貴も同感だ。


「ですが、彼にそれらの言葉の一つ一つの内容や、それら同士の整合性を問いただしてみてもはかばかしい説明はできないでしょう。彼は、有能な娘よりも高尚な知性を持っていると装いたいだけです。まあ、つまり、難しい言葉を使って煙に巻いているだけですね」


 この辺の見立ても芙貴と共通している。


 目を見開いたまま何も言えない媛に青海は念を押した。


「いいですか。貴女には関係ないところで、彼は娘を愛する姿勢を放棄しているんです。貴女は全く悪くない。だけど、このまま嶺上のために頑張れば頑張るほど彼は貴女を疎んじる」


 青海は少し考えてから「それでも父親を捨てられない心優しい貴女には、別の言い方をしましょうか」と切り口を変えた。


「貴女が頑張って何かをやり遂げるたびに、彼は自分の無能さを見せつけられて苦しむのだ、と。こう言えば、貴女は嶺上への献身を止めようという気になりませんか?」


「私が父上を苦しめていた……」


 芙貴が慌てて媛を慰める。


「貴女が悪いってわけじゃないのよ。結果としてそうなっちゃったってだけよ」


「芙貴さん……」


「それにさ。過去は変えられないんだから、今までのことをうじうじ悩むよりも、これからのことを考えようよ」


 青海は「芙貴さんらしい言いようです」と微かに苦笑したが、それ以上口を挟まないので、芙貴は自分の考えを喋ってみる。嶺人たちにとっても遷都は痛手であるはずだ。

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