第63話 宝珠(一)
令王から嶺上に何がどう伝わっているのかはっきりとは分からないが、こうなったということは、嶺上は媛が背いたことに気づいたと考えていい。もとから娘にひけめがある分、令王の背後に媛の造反を嗅ぎ取りやすかったのだろう。
「どうしよう……その結界は媛にも貴方にも破れないのよね?」
少年は泣き出しそうな顔で首を振る。
「やってみましたが、全くどうにもならないんです」
倫道が「沙智媛!」と叫んで駆け出した。昨夜、倫道は芙貴から媛が父と別れる決心を固めたと聞き、今日は媛と一緒になるつもりでここまで来たのだ。
倫道を追って貴花藻社の媛の部屋に着くと、媛が見えない壁に両手をついて泣き出しそうな顔をしていた。その上には結界の印の縄が張られている。倫道もこちらから壁をどんどんと叩き、「媛、媛!」と悲痛な声で呼ばわる。
ここから媛を助け出し二人を一緒にしてあげたい。そのためには……。
「兄さん、佳卓様にお願いして破邪の剣……天叢雲剣で結界を破れるか試してもらおう」
倫道が勢いよく芙貴に振り向く。「できるのか?」
う……と芙貴は言葉に詰まった。佳卓が言っていたのはあくまで先祖に内親王がいるから剣が使えるかもしれないという可能性の話だ。芙貴もあまり期待していない。
ここで、芙貴に代わって「やってみましょう」と答えたのは青海だった。
「佳卓様ができなくても、私が天叢雲剣を使ってみます」
「……」
「大丈夫です。それより次に結界を破った後のことを考えましょう。今、媛を京に引き取ったら、ただでさえ緊張状態にある下界の朝廷と比瑛山との関係はいっそうこじれることになる。どうしますか?」
天叢雲剣は大丈夫、か。青海がこうも確信に満ちた言い方をする理由が分からないが、彼なら無意味な前提を置く真似はしないはずだ。ここは青海を信じることにする。それより媛を助け出した後どうするか、だ
媛が逃げれば嶺上は警戒を強めるだろう。結界を張り巡らせるだけでなく、警備の人間を増やして外部の者が比瑛山に立ち入ることを阻むに違いない。そうなると水への結界を破ったり、媛と共に龍を操る術を探したりすることもできなくなる。
そうなる前に……。芙貴は唇をかみしめ拳を握る。
「ここで一気に動こう。媛を閉じ込めているこの結界を天叢雲剣で破れるのなら、同じく嶺上が透明な壁で水を塞いでいるのも破れるはず。嶺上に気づかれる前に、媛と一緒に龍を操る術を見つけて、水への結界を破ろう。私たちが比瑛の山で自由に動けるのは、これが最初で最後の機会なんだから」
倫道が「そううまくいくのか? それに龍は『龍呼ぶ妃』が京に連れて来てくれるんじゃないのか?」と問う。
「じゃあ、ここで何もしないで『龍呼ぶ妃』を待つ? いつ現れるかも分からないのに」
「……」
「それに、その『龍呼ぶ妃』が龍を操る術を持っていても嶺上の結界を破れないなら龍を水の中から出せないじゃないの」
「ああ、そうか……」
「水の結界を破って、龍を京に呼び戻す。私たちにこれを試すことができるのもこれが最後。『龍呼ぶ妃』を待つためにこの機会を使わないなんて手はないわ!」
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