第81話 清涼殿の月(八)
東宮様が日立宮の実子ではないと知ったのは佳卓にとって誤算だった。東宮様がそこで実の親が誰であっても自立できるようにと精進を重ねて下さったのはよかったが、やはりどこかで屈託を抱えてしまったせいか、東宮様には年齢以上に老成してしまったところがおありだ。あるいは、大人しやかであられた父君の清穏帝に似ておいでなのかもしれない。いずれにせよ、東宮様には良くも悪くも若者ならではの向う見ずなところがあまりおありではない。
沙智媛も実務に優秀な人物だが、常に女は男の下と主張する父親のもとで育ったせいか、嶺人相手ならともかく縁の薄い他人をぐいぐいと引っ張っていくような性格はしていない。
「東宮妃様。振り返ってみれば、貴女様が周囲を鼓舞し、率いてこられた場面が多かった」
「……」
「貴女様は細かいことは気にかけない性質で女房勤めには壊滅的に不向きですが、些末なことに惑わされずに物事の本質を捉えるのに長けておられる。他の人間があれこれとためらう中でも、真っ直ぐに力強く、進むべき方向に進んでいく。人を率いる資質がおありだ」
そうねえ、と芙貴はちょっと小首を傾げた。
「でもね。女院様が日頃おっしゃるように私は女主人に適性があって人を指揮するのは上手いのかもしれないけど、指揮される人がいなければ使い道のない適性でしかないわ。佳卓はさっき二人だけでは事態は動かなかったって言ったけど、私一人だけでもうまくいかなかったわよ」
佳卓は「そうですな」と返した。
「若い世代の皆さまが力を合わせて、各々が持てる力を補いあって道を切り開くことが可能となったのでしょう。新しい血、新しい世代が歴史を作る」
芙貴が笑みを大きくする。
「若い世代っていっても、私たちの世代を用意してくれたのは佳卓たちよ。今日はとてもいいお話を聞かせてもらったわ。なんだか心洗われるようだもの」
東宮様が「私の出生の話がですか?」とお尋ねになる。
「うん、もちろんよ。だって私たち、クソな親世代をたーくさん見てきたわけじゃない?」
「芙貴さん、クソという言葉は……」
「だって、クソはクソだもの」と芙貴は東宮様の苦言をあっさり聞き流す。
「クソ帝に倫道の父親。それから己の野心でむりやり娘を入内させた女院様の父親も。それに加えて、あの嶺上。しょうもない贅沢がしたいからって龍を閉じ込めるわ、沙智媛に嫉妬してその優秀さを使いつぶそうするわ。あいつだってクソだよね」
「……」
「だけど、清穏帝も錦濤院も、日立帝も佳卓も立派な大人だわ。国のことも、赤子の命も守って、それもちゃんと成功させてるんだから偉いわよ」
「そうですね……」
「錦濤院がおっしゃってたわ。上の世代の良いところを引き継いで、悪いところは改めるって。良いところを見ようにもクソばっかりが目についてたけど、ちゃあんといいお手本があって良かったあ!」
東宮妃様のおっしゃる内容に異を唱える気はない。自分を含む上の世代から何か良いものを受け取ってくれるとおっしゃって下さるなら、望外の喜びだと言えよう。
ただし……。佳卓は頭を上げて一つだけご注進申し上げた。
「お妃様。その見習いたい立派な大人たちの誰も、宮中で『クソ』などという言葉は用いたことがございません」
芙貴が「う……」と言葉に詰まる。
佳卓は大きく笑みを作った。
「どうか東宮妃様にはお言葉遣いだけ改めて下さいますよう」
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