第77話 清涼殿の月(四)
佳卓の語る昔話をここまで聞いた、今の東宮様が驚きを露わになさる。
「では……私の母君は錦濤院……」
そして隣の東宮妃となった芙貴に顔をお向けになった。
「芙貴さんはどうして分かったんですか?」
芙貴が静かに答えた。
「錦濤院様を輿の傍から見上げたお顔と、東宮様と馬に乗ってて下から見上げたお顔がそっくりだったんです」
佳卓は苦い思いでそれを聞く。今の東宮様は目許が七條家の顔立ちで、清穏帝に似ておられる。だから清穏帝の后であった女院に姿を見られては困ると思っていた。
それでも女院は青海が「清穏帝に似ている」とお気づきになった。ただ、そのまま七條家の誰かの子ではないかと考えて下さったのは幸いだった。
それでごまかせると思ったが……。
東宮様は口元や顎の辺りが母君の錦濤院に似ていらっしゃる。特に見上げた角度がそっくりだ。芙貴が気づいてしまったのも仕方がない。
芙貴が「あのう、佳卓様?」と問うてくる。それには「佳卓とお呼び下さい、お妃さま」ととりあえず返す。
「ええっと、じゃあ佳卓……。それって、こんなに秘密にしなければならないものなの?」
素朴な質問だ。隣の東宮様が「芙貴さん、女帝が出産というのは前例がありません。醜聞です」と説明なさる。
「東宮様のおっしゃるとおり、女帝が出産、しかも女東宮として先帝と妹背となるのは確かに前例もなく、人に知られれば大騒ぎであったでしょう」
「前例が無いなら作っちゃえばいいじゃないの」
芙貴らしい言いようだが、しかし問題は他にもあった。
「錦濤の姫宮のご懐妊が分かったのは、清穏帝がみまかられてからのことでした。つまり父親が自分の子だと宣言することが叶わない……」
芙貴が憤る。
「何それ。錦濤院が主上以外の男の人と関係したって疑われるってこと? それって錦濤院を侮辱してない?」
相変わらず感情を率直に出す子だ。
「お妃様のおっしゃるとおりですが、錦濤院の人柄を直接知らぬ者は好き勝手なことを申すもの。それに、清穏帝は皇子を残さないと宣言されていた。そのような事情がある中で、清穏帝の皇子だと信用を得るのは難しい……」
「……」
「そもそも、清穏帝ご自身も帝位を嫡流に戻した事実を歴史に残したいと強く願っておられた。ですから故人の遺志を汲むなら、清穏帝の皇子という存在を表には出せない……」
「……」
「そうでなくても錦濤女帝は三百年ぶりの女帝ということで立場が弱くていらした」
錦濤女帝を取り巻く状況は色々な意味で厳しかった。そして、それは錦濤女帝自身がよくお分かりだった。錦濤女帝が体の変調を打ち明けたのは、姉とも慕う翠令一人だけ。密かに参内した彼女がそれを聞き、夫の佳卓を呼び出したのだ。
芙貴の隣で東宮様が固い顔をしておられる。膝の上で拳を握り締めておられるから、何か大きな気がかりがおありなのだろう。
「佳卓に聞くが……母君は私という子を……存在を明らかにすることのできない子を産むことを望んでおいでだったのだろうか?」
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