第67話 宝珠(五)
森の中の地面に丸く散らばっていた木漏れ日が、日輪が黒い翳で欠けたのに倣うかのように、三日月状の円弧となって地面に散らばっている。
「何、これ……」
無数の光の弧がふわりと浮き上がった。地面から木漏れ日の跡を引きはがすように、その弧の内側にも歪な円の形をした仄かに白く輝く半透明の膜があり、まるで薄い玻璃の破片──いや、鱗のように見える。
ざばーんと低く大きな水音が淵から響いた。
振り向くと、幼児の背丈ほどにも大きい爪が岸壁から水飛沫と共に現れ、崖の上に食い込むところだった。続いてもう一方の掌が現れ、そちらの爪も地面を噛む。そして獰猛そうな脚が現れると、長い頭を持ち上げた。二本の大きな角に長いひげをそよがせた龍が、ぎょろりとした目でこちらを見つめる。
「龍!」
龍が笑ったような気がした。そしてぐいっと両脚に力を込めると重たそうな身体を上空に投げ出す。龍のその動きに合わせて周辺の空気が吸い込まれるように巻き上がり、その風の強さに芙貴がたたらを踏むなか、宙に漂っていた光る鱗が一斉に竜巻の中心へ向かう。鱗は芙貴たちにぶつかりはするが、光が身体をまっすぐ通り過ぎただけでまた鱗の形を取り、空中の龍の身体に纏わりつく。
鱗はシャラシャラと硬質な音を響かせながら連なり、龍の身体を下から覆いはじめた。それに従って龍の動きが軽やかとなり、そして色が白から翡翠色に変わっていく。龍ヶ淵の水面に似てはいるがそれ以上に濃く、そして自然ではありえない金属光沢を帯びた不思議な色調だ。
そして、色を変え終えた龍は、何かを振るい落とすようにぶるりと身をくねらすと、四肢を順に使って空気を蹴り、芙貴たちの上空を駆けまわり始めた。
ただ、同じ場所を旋回するだけで京域には向かおうとしない。
倫道が「どうやったら都に下りてくれるんだ?」と媛と芙貴に問いかける。
芙貴の考えは単純だ。
「下界への下り方を忘れちゃってるのか何なのか分かんないけど、私たちが宝珠持って山を下ったらついてくるんじゃない?」
媛も「そ、そうかもしれません」と同意する。
「さあ、このまま京の都に龍を連れて下りよう! どっちみち早くここから離れた方がいいんだから!」
水位が下がった今は宮殿の屋根に伝う水も止まっているはずだ。嶺上が動き出してもおかしくない。芙貴は宝珠を握りしめた。すると心得たように珠は小さくなり軽く拳を握った中におさまる。
「沙智媛、ふもとに下りる道はどこ?」
「ここから下流へはしっかりした道はありません。川沿いをたどりましょう」
「分かった!」
芙貴と共に倫道と沙智媛も駆け出した。水の流れに沿って獣道のようなものがあり、それに従って下へ走る。その上空を確かに龍が追って来る。
道が森に浅く入ったところでヒュっと高い音とともに何かが飛んできた。その気配は川の対岸から此岸に届き、空気を切り裂いて芙貴たちの後方を掠め森の奥の樹に突き刺さる。芙貴が振り向くと、枝にぶら下がっていた蔓がびいんと伸びて梢と梢の間を駆けた。ただの葉っぱだったものが白く独特の折り方をした紙となり、その蔓が茶色い縄に形を変える。
「結界?」
足を止めると、向こう岸に嶺上の姿が見えた。
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