第8話

「798資源回収拠点からの最終報告。拠点は子体ベビーを含めたセブンスの襲撃を受け、崩壊。以後は残ったアンドロイドを指揮し、旧ポルスカ自治区に向かう。以上」

『い、生き残ったんですか!?』

「それが自分の、役割ですから」


 裏返った声。恐らく新人、若い女であろう指揮者コンダクターの狼狽した様子。

 無線機は旧式、更に整備もされていないような、動くだけ奇跡のような代物で、通信相手が若者なのか老人なのかすら分からない。だが、話しぶりだけで相手のことが少しは想像出来るものだ。


 ――最後にこの声の持ち主と通話をしてから、3日が経過している。あちらも、とうに全滅していると覚悟していた頃だろう。

 この反応からして、大方での観測は早々にやめていたに違いない。


 フラウに浸食された仲間を撃ち殺し。

 豆鉄砲ほどに効果のない弾丸を撃ち込み続け。

 仲間の死体を盾にし、身を守るもののない荒野で戦い、無残に死んでいくファウストを見守り続けるのは、新人には中々のハードワークだったかもしれない。


 作られた肉体といえど、血は通い、臓物は人とほとんど同じものが搭載されている。

 攻撃が掠るだけで水風船のように破裂し、中に入った全てのものをぶちまける。

 それを治すくらいなら、新しいものを作った方が効率が良い。だって、ファウストは人ではないのだから――


『汚染が酷く、データが拾えません。そちらの生き残りは何人居ますか?』

「片手で数えられる程度には」

『……そうですか』


 アグレッサーはそう言いながら、周囲を見渡した。

 指揮所の地下に作られていた、非常用の地下壕は、もう天井すらなかった。

 ぽつぽつと降りしきる雨の中、申し訳程度の防水加工を施された通信機を使い、最後の連絡をするアグレッサー。


 彼の周囲には、――誰も、居なかった。


「では、敵に鹵獲される恐れがあるため、通信機を破壊し隠密行動に移ります」

『――っ、帰って来て下さい、


 指揮者コンダクターのか弱い声を聞いたアグレッサーは、小さく鼻で笑うと手を大きく振り上げた。


「イエッサー」


 ――して、振り下ろされた手刀は、通信機を一撃で両断し、黙らせる。


『君は、また生き残るんだ』


 振り返り声の主を探しても、そこには誰も居ない。先程まで話していた、一言発するだけでこちらを苛立たせる才能の持ち主などでもない。


「……それが、俺の仕事だからな」

『本当に?』

「どういう意味だ?」

『君にファウストとしての縛りは、本当に存在するのかな?』


 姿は見えなくとも、そいつが笑いながら問い掛けてきたことだけは分かった。


 ファウストは、人を傷つけてはならない。

 ファウストは、人の為に生きなければならない。

 ファウストは、死を恐れてはならない。


 ――それが、ファウストに課せられただ。

 だが、「そうだな、」とアグレッサーは声を漏らす。


「俺は、恐らく人を殺せる」

『だろうね』

「セーフティが最初からなかったのか、どこかで壊れたのかは分からない。だからアイツらも、俺の視界に入るところに人を置かないようにしてるんだろう」

『こんな危険分子、とっとと破棄するべきだと思うんだけどねー』

「……『エリュシオン』が無くなった今、俺の記憶がどこに保存されてるのか、誰にも分からないんだろう。もしそれが鹵獲されていたら、俺を殺すことでそちらに転送されて学習データを奪われる可能性がある――奴らはそれを恐れてるんだ」

『うんうん』

「まぁ、あと10年も持たないがな」


 つまらなそうに吐き捨てたアグレッサーは、壁に立てかけていた唯一の武器を手にした。


『あなたはの、最後の一人なんだから。そう簡単に死なれたら困るんだけどね』

「そう言われてもな。死ぬときは死ぬさ」


 指揮所から出て歩き出しても、その声はすぐ後を追ってくる。


 そいつはでも処理していたのか、指揮所を出たアグレッサーに気付き、襲い掛かる。

 人の赤子を、10倍ほどに拡大したような異形を持つそれを、アグレッサーは手にした刃状の武器――『オサフネ』で切り裂いた。


 一刀両断――まさに一撃必殺の妙技。

 他のアンドロイドが『オサフネ』を使っても、動く敵に刃を立てることすら困難である。


 しかし、遠距離武器とは比べ物にならないほどの当て勘を必要とするピーキーなその武器を、アグレッサーは愛用していた。


『相変わらず凄い切れ味。それで子体ベビー殺せなかったの?』

「あんなデカいの、何回切れば殺せると思ってんだ」

『それもそっか』


 近接武装『オサフネ』――遠い昔にカタナと呼ばれた人間用の武器は、今やアグレッサーの他に扱える個体は居ない。恐らく、本来の使い手である、人間たちの中にも。


 触れただけで人に寄生し、放射能汚染までしてくる相手に、接近戦を挑めるほど個体はそうそう居ない。

 おかしなことに、昔はそれなりに居たらしいが。


「まだついてくるのか」

『行けるとこまで、ついてくよ。、アグレッサー』


 声の主のことは、アグレッサーは何も知らない。そして彼女も、語らない。

 過去に3度もの記憶凍結処理を受けているアグレッサーは、思い出せない過去がいくらでもある。この声の持ち主が一体いつからアグレッサーに付きまとっているのか、誰も知らない。


 荒野を、が歩く。

 決して逃れえない死に向かって、一歩ずつ歩いて往く。

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