第36話
「アサミ・ユイハシ大佐」
「はいっ!」
「我が人類の悲願である、
「構いません」
「なので、幕僚長の席でも譲ろうかと――」
「いや要りませんからね!? ちょっと立ち上がらないで下さい! ステイステイ! ちょっと誰かこの人止めて! 力つっっっよ! お爺ちゃんちょっと座って!!」
「だってぇえええ!! 孫めっちゃ頑張ってたのにおじいちゃんよくわかんないまま書類に認可! ってハンコしただけだもんんんんん!!!!」
「ちょっとぉおお!! そのへんで笑ってる偉い人ー! 手ぇ貸してくださいー!!」
勲章授与式の場で。
着慣れぬ正装に身を包んだアサミは、両腕義手に加え全身を
しかし、戦場から離れて今年で20年を迎えたその老人は、齢13のアサミに止められるほど非力ではない。押さえつけるアサミを跳ねのけヨイショとわざとらしく立ち上がると、アサミを無理矢理椅子に座らせる。
「絶対やりませんからね」
「分かってる分かってる」
「ていうか私の所属、とっとと指揮科に戻してください」
「いーやーでーす」
「ば、く、りょ、う、ちょ、う」
「しりませーん」
「おじいちゃん!!!!」
「はーい! おじいちゃんだよー!!」
「あーもう! 絶対私これ以上偉くなりませんからね!? 今でもかなり他所の軍に変な目で見られてんのに! アサイラムに挨拶行った時ファウストにまで失笑されたんですよ!? だから大佐で充分! もうこれ以上は絶対嫌です! 階級章も付けません!!」
「えー、せめて大将くらい……」
「い、り、ま、せ、ん!!!!」
何かを渡されたそうになったので慌てて手を払うと、幕僚長の手からぽろりとワッペンのようなものが落ちた。でっかい星が三つもついた、大将を示す階級章だ。ちなみに、欧州方面軍には幕僚長以外の大将は一人も居ない。
「もったいない……新品なのに……」
「だから要りませんって!」
「でも受け取って貰えないと示しがつかないんだよねぇ……」
「知りません! そっちでなんか上手いコトやってください! もう外向けのは全部おじいちゃんが指揮したことにすればいいじゃないですか!」
「儂ぃ!?
「良いんですよそんなの便宜上で!
「えぇー……でも孫から功績取るとか申し訳ないし……」
「気にしないで下さい! ホント要らないのでそういうの!! 私は皆を死なせたくなかっただけ! 軍で偉くなりたいとかそういうの全然ないので!!!!」
「うーん……」
幕僚長が機械義手を口元に当て唸る。
――どうして、欧州方面軍で最も偉い幕僚長とこんな関係になったのか。
それは、今から1年ほど前に遡る。
*
「やっぱり、そうですね。統合本部幕僚長、ロドニー・カーティス大将――この人、20年ほど前にエリュシオンで軍の総指揮官をしていたようです」
スクルドから渡された赤茶けた新聞を手に、指定された場所を読む。
『エリュシオン軍総指揮官、ロドニー・カーティス大佐、フラウの襲撃を受けた第9エデンの防衛指揮を執り、見事セブンスの
エリュシオン関係のデータがすべて消されても、人は覚えているかも――そう考えたスクルドが独自に調査を行い、過去の古新聞を集めている民間人に辿り着き、彼と交渉して手に入れたその新聞には、確かにそう書かれていた。
「アグレッサーが前に言ってたよね、エリュシオンの関係者って。もしかしてそこで会ったのかな?」
「恐らくは。欧州方面軍に異動したのも、アグレッサーの異動――第3エデン崩壊より少し前ですね。何年か被っていますから、あちらで会っていても不思議はないかと」
「なるほどねー」
幕僚長がエリュシオンの関係者という確証は取れたことだし、自分の作業に戻る。
15年間眠っていたフィフスの
欧州方面軍はただでさえセブンスという強大な敵と戦っている真っ最中なのに、ここにきてほかの
しばらく報告書を読んでいると、集めた数百枚の新聞を読み切ったか、スクルドが「ふぅ」と声を漏らし、椅子に背中を預けリラックスした姿勢で聞いてきた。
「あの、アサミ中佐。お母さんのお名前、なんて言いましたっけ」
「サクラだよ」
「……旧姓ってご存知ですか?」
「旧姓? さぁ……。でもユイハシはお父さんの方だよ」
そう伝えると、スクルドが黙って新聞を渡してくる。見出しには女性の写真が一枚。
『サクラ・カーティス、14歳にしてエリュシオン軍最年少の女性佐官に任命』
「…………」
沈黙。深呼吸をして、もう一度読む。――うん。
「あの、スクルド」
「はい」
「カーティスって、ルストリア系だと割と一般的な苗字だよね」
「それは……そうですね」
「偶然だよね?」
「……だと、良いのですが」
スクルドがもう一枚新聞を渡してきた。先ほどの記事より、半年ほど後のもののようだ。
写真がある。そこには見慣れた義手の男性――いまより随分若く見える――と、エリュシオン軍少佐の階級章をつけた、今のアサミと同じくらいの年齢の女性――先程の写真と恐らく同一人物――が映っている。
「…………」
「……………………」
「ぐ、偶然だよね」
「……だと、良いのですが」
スクルドまた新聞を渡してきた。何枚あんのよ。ちょっと笑っちゃってるじゃない。
渋々受け取ると、次は結婚式の写真らしい。なになに――
『エリュシオン軍と欧州方面軍との相互交流の懸け橋となるか、初の合同結婚式に喜ぶ双方の軍人たち』
「……あ、この真ん中の新郎、私のお父さんだよ。へー若いなー。一度だけ写真で見たことあるんだよねー」
「その写真で右脇に見切れてる、新婦の隣に居る親族なんですが」
特注であろう、義手ごと着れる礼服が覗いている。母であろう人物の隣に映っているその男性は、どう見ても――
「…………」
「……………………」
「そろそろ認めよっか」
「そうですね……」
あの、幕僚長。どうやら私のリアルお爺ちゃんだったっぽいんですけど、どういうことなんですかアグレッサー。もっとこう――重い感じのあれじゃなかったんですか。
あーもう! どういうことなんですか!? せめて本人の口から説明してくださいよ!
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