第37話

「幕僚長、諸々の処理お疲れ様です」

「二人の時はお爺ちゃんって呼んでよー。記者会見とか久し振りで緊張しちゃったぁ……」

「なに子供みたいなこと言ってんですか孫の前で……でもまぁ、助かりました」


 母体マザー撃退から、あっという間に一月が経った。

 あれからも事後処理に追われ、まともに休暇を取れたのは昨日のこと。

 放棄された宇宙ステーションから人工衛星まで、片っ端から囮の質量弾として勝手に使った始末書を上げて、母体マザーを引き付けるため最前線で戦った特科の被害者遺族ひとりひとりに頭を下げに行って――

 気苦労が絶えない一月だった。ここから更に母体マザー討伐の功績を称えられるなんてことになったら、間違いなく軍を辞めて逃げ出していただろう。幕僚長――お爺ちゃんが矢面に立ってくれて本当に助かった。


 人類による100年以上ぶりの母体マザー撃破により、欧州方面軍には世界中から支援が集まることとなった。

 そしてフィフスの母体マザー――その肉体の調査権利は全て欧州方面軍のものとなり、現在製造中のファウストから、早速培養脳とフラウ因子の適合試験が始まるという。

 これからファウストたちは、間違いなく今より強くなる。肉体の変性は、まさに戦闘に適した能力だ。これを持ったファウストが戦場で存分に活躍出来るよう、指揮者コンダクターの育成プログラムや部隊編成も考えなければ。


 指揮者コンダクター総督という今の私の立場は、事実上、欧州方面軍すべての指揮者コンダクターの上に位置する。

 階級としては指揮科には横並びで数名大佐の階級を持つ者が居るが、部署が違うこともあり、この場合は私の方が偉いことになるらしい。

 これまで小娘だからと甘く見てきた者を見返した――といっても書類上、私は現場指揮官でしかないので、防衛に関するすべての指揮を取っていたことを知っているのは、戦ったファウストたち、あとは情報科や外の軍隊――アサイラムくらいのものだろう。


 だが、噂くらいは出回っている。

 万単位の人間の口は、そう簡単に塞げるものではないからだ。

 ほとんどが根も葉もない噂でしかないが、時折確信を突いたものもある。特に指揮科――それもファウストと接することの多い指揮者コンダクターからの噂の精度が高く、それはもしかしたら、現地に居た指揮個体から直接話を聞いたのかもしれない。

 質問された私が適当に流していたのも、それを増長しているかもしれないが。


 私たちは、これからも戦い続ける。

 敵が生きている限り。

 人が、一人でも生きている限り。


 この戦場は、終わらない。

 私の代では、きっと終わらせることは出来ないだろう。

 それでも、


 ――それでも、私は戦うことをやめない。


 死んでいった、皆のために。

 名も知らぬ、彼のために。

 大切な仲間に置いて行かれた、アグレッサーのために。


 これからも私は戦い続ける。終わりかけた、この世界で。

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ひとでなしのかれら 衣太 @knm

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