第9話

 しばらくの間、私は船内で生活していたが、人間用のエリアであるにも関わらず、そこに居たのはアンドロイドだけだった。

 私は欧州方面軍に所属するれっきとした正規軍人ではあるが、アサイラムの所属は欧州方面軍ではなく、海を渡る環太平洋軍。

 全く別の指揮系統に所属している新人指揮者コンダクターをアサイラム所属の軍人と合流させて、双方を混乱させるわけにはいかなかったようだ。 


 小さな窓から外を見ても水平線以外何も見えず、今どこに居るかはずっと分からないまま仕事を続けていた。

 避難中だろうが、遭難中だろうが、ネットワークさえ繋がればいつでもどこでも仕事が出来る。更に仕事は24時間常にいくらでも転がっている。

 お陰で、には事欠かない。元から引きこもり体質なので、船室から一歩も出れない状況であってもそこまで退屈もしなかったし、窮屈に感じることもなかった。


 そんな中で、エースナンバーを持つファウストの部隊指揮を任されることがあった。

 生まれても名を与えられないファウスト達が、唯一手にする可能性のある名前――エースナンバーとは、大きな戦果を上げた個体に名誉として与えられる個体名だ。

 指揮者コンダクターとして採用されてから初めて指揮するエースナンバー、それも20年以上を生きる歴戦の個体ともなると腕が鳴る――そう思っていた時期も私にはありました。


 司令部から下された命令は、「出来るだけ時間を稼げ」――つまり、玉砕前提の敗戦処理。がゼロになるまで敵と戦い、時間を稼ぐだけの簡単な任務ミッションです。


 そんな状況でもなんとか避難民の誘導を終えた頃、それを待っていたかのように現れたセブンスの子体ベビー。絶対に勝てない――そんなの、私でなくとも分かる。

 子体ベビーは現行戦力で戦える相手ではなく、もし勝ちに行くとしたら、ファウスト1万体に最新鋭の装備を揃えた上で、半数以上を犠牲にしてなんとか勝てるような相手だ。

 しかし、現場に残されたのはファウストは、100体にも満たない。とうに損耗の臨界点を超え、拠点放棄以外の選択がなくなってきたタイミングで、私に指揮が回ってきた。

 

 『目』と呼ばれる、サード因子を持つファウストに搭載された遠隔監視システムを利用し、現場の状況をぼうっと見続けるのも、1日と持たなかった。

 見ていても、どうせ自分には何も出来やしない。出せる指示もなければ、玉砕しか先のない彼らに満足いく支援の一つもしてやれない。それに、見ても見なくても、指揮をしてもしなくても結果は一緒だ。


 部隊は予定通り、ゆっくりと時間を掛けて壊滅した。

 指揮個体――エースナンバー『アグレッサー』を残して。


 ようやく陸地が見えた頃には、船に乗ってから、半年ほどが経過していた。

 辿り着いた先は、『第2エデン』――ハリネズミのように乱立する大量の砲塔が常に海の外を睨み、デーモンの侵略を防いでいるという浮島だ。


 以前暮らしていた第19エデンのような防壁は持たないが、海とは、天然の防壁である。

 海に浮かび、ある程度は移動方向をコントロール出来るという第2エデンは、建設から90年ほど経つ古いエデンではあるが、安全性は相当高いらしい。まぁネットワーク上に転がっていた古い資料を読んだだけだが。


 エデンに入ると、私は避難民ではなく、配置換えされた軍人として扱われた。

 とはいえ、こちらでは義務教育を終えていない年齢の軍人が居ることはかなり珍しいらしく、随分と奇異の目で見られていたが――まぁ、そんな目にも一月で慣れた。


 エデンが変わっても、仕事は大して変わらない。

 だが義務教育課程の扱いについては第19エデンとは少し違って、士官学校を卒業している場合は免除されるとのことだったので、残り1年足らずの義務教育課程を飛び級で卒業し、私は11歳の誕生日を目前に、社会人デビューを果たす。


 ――まぁ、その生活が1カ月で破綻したのは、言うまでもなし。

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