第22話
――アサミは、自分の価値を理解している。
人心御供のように危険地帯に送られた可哀想な
周囲からの評価とは全く違う、それは立派な
「……あぁ、少尉は、そういう人なんですね」
すべてを理解したような表情でアグレッサーは銃を下ろすと、ベオウルフに視線をやる。
スクルドは、一歩前に出――
――スパーンと、平手打ちをかました。
頭を下げたアグレッサーに。
彼女たちの指揮個体である、アグレッサーに。
「懲罰は、これくらいで良いですか?」
「え、え!? 今のなんですか!?」
「
「しませんよ!? っていうかどうせ撃たなかったでしょう!?」
「それでも、です」
アグレッサーは
「……ちなみに今、ベオウルフが断ったのは?」
「あぁ、腕とか繋がりかけで、力入れたら千切れるんです。あとこいつ、こんなこと言っておきながら本気で殴ったら絶対殴り返してくるんで」
「……そうですか」
そういえばベオウルフ、さっきまで死にかけてたんだっけ。ピンピンしてるから忘れてたけど、少なくとも本調子ではないらしい。
「……えっと、とりあえずあなた方には、もし私に不満があったら殺してくれても構いませんよ、と最初に言おうと思ってたのを思い出したんですけど、まぁもう――」
言い淀み、少しだけ残念そうな顔で、アサミはノートパソコンを見た。
「話を聞いていたので察していると思いますが、私はエデンに戻ることになります」
ずっと交渉の席についていたスクルドは頷き、ベオウルフはへぇ、と、アグレッサーは黙って、何を考えているかも分からない瞳でアサミを見た。
――そう、アサミの任務はこれで終わり。
避難民の受け入れやそれに伴う防衛指揮、乗船の選別が仕事だったアサミは、避難民の全滅を受け、ここでの仕事を失ったのだ。
そして軍は、手の空いた尉官を暇な任地に残しておくほど、人手が溢れてはいない。
「あなた達に会えたことを光栄に思います。これからはもう、こうして顔を見合わせることはないと思いますが、もし今後私の指揮下に入ったら、雑談くらい付き合って下さいね」
3人が頷いた。彼らは、エースナンバーを持つ彼らは、きっと次の任地でも死なない。次も、そして、その次も。
――それでも、アサミよりは先に死ぬ。
耐用年数という縛りのあるファウストに、人ほど長く生きる個体は存在しないから。
「特に、アグレッサー」
「俺ですか」
「あなた、最初から私のことが分かってましたか? それとも無視してただけですか?」
「無視……?」
疑問に首を傾げるアグレッサーの反応を見、溜息が漏れた。
「あぁ……やっぱり気付いてなかったんですか。アグレッサーあなた、前回の任地のことは流石に覚えていますよね」
「731防衛拠点――いや、任地というなら798資源回収拠点でしょうか」
「その時に通信してた
一応、反応を見る。すっとぼけてる可能性があるので。
無表情に見えるアグレッサーは、しかしその実、それなりに感情が表に出るのだ。見慣れた者でないと分からないくらいの、些細な変化だが。
当のアグレッサーは――、
少しだけ申し訳なさそうに、視線を逸らした。
「すみません。その、
「…………そうですか」
「まぁお
「そこまでは言ってない」
「そんなこと考えてたんですか!?」
「考えてません」
「顔が言ってたろ」
「言ってたわね」
「…………お前ら、」
アグレッサーが腰に吊るしていた刀に手を伸ばし、アタッチメントを外そうとしたので、ベオウルフが瞬時に後方へ跳躍、スクルドは
「「「「…………」」」」
沈黙が訪れる。
アグレッサーがアタッチメントから手を離し溜息を吐くまでのたった数秒の沈黙が、数分にも感じた。
「……スクルド、
溜息の後、アグレッサーは眉をひそめて言った。
しかしスクルドは、私の肩に両手を載せ盾にしたままの姿勢で舌を出し、べー、とでも言いたげな表情をアグレッサーに向けた。
「アグレッサー、あなたにそのエースナンバーが与えられているのをちょっと不思議に思ってたんですけど……ひょっとして本当に仲間殺したことあるんですか」
「介錯であれば、幾度となく」
「……聞き方が悪かったですね。
「ありませんよ」
「……そうですか」
一応長い付き合いっぽいベオウルフの方を見てみたが、頷かれたので事実なのだろう。
ならなんで二人は逃げたんだ。あれかな、殺意とか感じたのかな? それで反射的に? なんか動作が猫みたいだな……。
「俺がこの名を付けられた理由は、もう覚えてません」
「……記憶凍結、ですか」
アグレッサーは黙って頷いた。
彼の記憶は、もっとも古いもので10年前。
私の両親が死んだ、第3エデン崩壊より前の記憶を、彼は持ち合わせていないのだ。
「でも、」
しかし、それだけでアグレッサーは最後に告げた。
「先程通信を繋いでいた、統合本部幕僚長――ロドニー・カーティスという男。あれはたぶん、俺の関係者です」
「……え?」
「申し訳ありませんが、詳細は話せません。……俺自身、分からないので。ですがあれは間違いなくエリュシオンの人間で、俺たちを作った人間の一人――と、
「
不思議な表現だ。アグレッサーは自分の頭をちょんちょんと突くと、言葉を続ける。
「俺にはずっと、誰かの声が聞こえてるんです。そいつが言った。――根拠はありません」
表情を見ると、ベオウルフは知っていたのだろう。スクルドは知らなかったようだ。
確かに、仲間に話すことでもないかもしれない。誰か知らない人の声がずっと聞こえるなんて、ふつうは信じられないし、話す意味もないから。
「その、どんな声が――」
「いまは、その、」
「……? どうしましたか?」
アグレッサーは明らかに言いづらそうな表情で、目を逸らした。珍しい反応だ。
「『ちっさくて可愛いのに怖い子だね』、――と」
「…………」
「俺の意見ではありません。断じて」
「……そうですか」
明らかに私のことだよね、と思ったが、確認はやめておいた。
それから、私がエデンに帰るまで、彼らが次の任地に送られるまで、少しだけ話をして。
私たちの関係は、それで終わった。
――終わった、はずだった。
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