第27話
『アングルシー防衛拠点、全隊員に
――そんな通信が、防衛拠点に届く。
ふつう指揮個体のみに送る
ひょっとしたら通信設定の仕方も知らない素人なのか――そんなことを考えた個体は大勢居たようだが、彼女のことを知っているごく一部の古参兵たちが「ははっ」と笑うので、どうやらそうではないと新人たちも気付く。
地平線の彼方に見える巨大な山が、徐々に近づいている。
白く巨大なその山は、一本一本が十メートルに達するほどの太さを持つ無数の触手を四方八方に振り回し、大地を均しながらゆっくりこちらに近づいてくる。
『
正体は、中心部に核たる熱源を持つ粘菌の集合体だ。
粘菌といえど、地球上に存在するありとあらゆる栄養素を分解する能力を持ち、
中心部の核の大きさは数メートルのサイズはあると予想されており、決して小さくない。――が、それはそうとして。
手を伸ばせば雲にも届くほどの巨体――全長10キロ近くになるその超巨大生物の中にある数メートルの核なぞ、海に落とした貝殻のようなものだろう。
人類がこれまでに討伐した
現在人類と相対している
もしかしたら、地球の規模には3体しか必要がないと思われているのかもしれない。30年足らずで7体確認されたにも関わらず、100年近くもの間、追加の
今いる
――だが、それは今日ではない。
今日を生きるため戦うファウストと。
明日を生きるため戦う人間たちが、地球にはまだ残っているのだから。
『敵はフィフスの
しかし、彼らはそうしない。核を守るために肥大化しすぎたことでエネルギー効率が悪くなり、ほとんどの時間を休眠状態で過ごすからだと言われている。
主に活動するのは主に
――つまり。
『絶望的な状況です。――しかし、
通信を送ってくる
話す必要がないことを、あえて皆に聞こえるように話している。。
ファウスト達は知っている。
人間が、自分たちを使い捨ての兵器としか考えていないことを。
恐れを知らず心を持たぬ
だが――、
だが、そんな人間様が、どうして自分たち、心を持たぬ
それを知らぬ者は、その小さな疑問を解消するため、無線機に耳を傾けていた。
『
肉体の変形及び変性が、フィフス固有の能力である。
他のフラウは
放射能汚染という、人類を効率よく殺す一芸に特化しているセブンスほどではないが、特定の形状を持たないというフィフスの特性は、長年ファウストや
『私たちは、ここで
あぁ、そうか――、と、ファウスト達は呆れた表情を作る。
『
2万のファウストが無線機に耳を傾ける中、一人の指揮個体に向けて声を投げかける。
『
『……やはり、少尉でしたか』
『少尉ではありません! 昨日付けで大佐になりました! えぇ昇進です! あなたの知らないうちに! あなたを指揮することもなく!!』
『そうですか、おめでとうございます』
『もっと褒めなさいよ!? 大佐よ大佐! すっごい偉いのよ!?』
『そうですね』
――あの、『アグレッサー』が。
表情モーフが入っておらず、感情の壊れたロボットとまで同族のファウストに評価される冷たい指揮個体アグレッサーが。
こうも
二人のことを知っている指揮個体数名が、笑い声を漏らすのが通信に混ざる。それは、
『私も居るわよー。統合本部
『スクルド、そちらに居るのか』
『そ。みんなの大嫌いな人間様の隣に、私が居ることを考えて発言しましょうね? と、く、に、
『…………』
流石に耐えきれず声を上げて笑い出した指揮個体が、数名。
『少尉。――あなたが来るということは、勝算があるということでしょうか』
『なければ来ないとでも!? 私の主戦場、あなたなら知ってますよね!?』
『……そうでした』
『でも違いますから! 今度はあります! ですから皆さん、協力して下さい!!』
『作戦の説明を』
『出来ません』
『…………何故ですか』
『あちらはこの無線を傍受しています』
『…………』
アグレッサーが黙ると、小さな舌打ちが聞こえた。
それはアグレッサーが漏らしたものか、それとも
『あなたは、傍受されているのが分かって、こんな話をしてるんですか』
『別に良いでしょう!? 雑談付き合ってくださいって前に約束したじゃないですか!』
『……現在2万2619名がこの無線に同調していますが、これは雑談に分類しても良いのでしょうか』
『良いんですよ!!』
――こんな、穏やかなアグレッサーの声は、仲間たちすら聞いたことがなかった。
アグレッサーと共に戦ったことのある者は、
アグレッサーと死地で生き残った経験のある者は、
その誰も、彼のことを恐れていた。反面、彼のことを尊敬していた。
仲間をいくら犠牲にしようと、どんな状況でも生き残る、
『此度の戦闘に関して、欧州方面軍から虎の子の特科が派遣されています。共闘が初めての者も居るでしょう。――なんか変なこと言われたら、無視して下さい!』
『……少尉』
『特科の指揮官より私の方が偉いから良いんです!!』
『少尉、』
『アグレッサー、少尉じゃなくて大佐よ』
『そうか』
『アグレッサー?』
『申し訳ありません』
指揮個体の笑い声が響いた。流石にこの空気に慣れてきたか、通信に声を乗せる権限を持たない
――これから彼らが死地に向かうとは、この通信を聞いているだけの者が居たら分からないであろう。
『……こほん、』
わざとらしく咳払いをした
それは、戦場で長く生きた者だけが感じるほど、些細な変化だ。
けれど、確かに先程まで向こうにいた、
『現在、
『部隊編成はパターン7を参照してね。アグレッサー、
『あぁ』
『えっスクルド、アグレッサーって指令書捨てたことまであるんですか!?』
『割とすぐ破り捨ててるわよ、ねぇ?』
『……スクルド、』
『今は私の方が上官よ』
『そうなのか』
『スクルド、その話はまたあとでじっくり』
『……畏まりました』
指揮所に集まる指揮個体たちは、
表情モーフが入っていないとまで言われている、無表情で仏頂面のアグレッサーが。
――頬を、緩ませていたから。
『監視衛星によると、
唇を噛む者が居た。
嗚咽を漏らす者が居た。
遠く、空を仰ぎ見る者が居た。
あの快活で、軍人だってすぐ殴る、民間人だって気にせず殴る、ファウストのプロテクトが戦闘のたびに無効になるほど損傷する、大きな男は。
――一月前に、死んだ。
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