第26話
「あー、あったあった。消し忘れみーっけ。自動処理だとどうしてもこういうの残っちゃうんだよねー。私もよくやったよ」
「……それは?」
「アグレッサーが話しかけた個体。――EL666T755。うっわ個体識別番号短っ。そっか3桁モデルだと子番全然使ってないからこんな短くてもいけるんだ……。えっと、周辺200体分くらいのサードのログから二人分の口の動きを拾うと、『そこで何をしている』『任務だ』『どこの所属機だ』『言えない』『そうか』――ちょっとアグレッサー、昔っからこんななの!? ちゃんと聞いてよ!! そいつ! 所属不明機っ!!」
10年以上前のログなのに、アグレッサーの声でちゃんと脳内再生出来る。最後の記憶凍結処理を受けるのはこの後のようなので、どうやらアグレッサーは記憶凍結とは関係なくああゆう性格だったようだ。ちゃんとした人格データ入れなさいよエリュシオン。
「……わたしにはそこまで調べられませんでした」
「そう? こういうのコツあるんだよね、座標データ順に並べ替えて時間単位で複窓同軸並列表示すればさ、ほらこんな感じで――」
「おぉー……」
スクルドが拍手してくれた。うれしい。
とはいえ、ログはサードの主観に依存する部分が大きいので、情報の取捨選択が上手いサードにあらかじめ目星をつけておく必要はあるが。
「アグレッサーのログが残ってないからこっからはログからの想像だけど、戦闘中の部隊とは別の部隊に所属するサード――EL666シリーズのファウストが、
はて、なんとなく状況が見えてきたのだが、それはそうとして何をしてるか全然分からない。当の666モデルのファウストにはログがない――削除されたか最初から保存されていないかは分からないが、研究目的なら入れるではなく抜くすると思うのだが。
でも正直、抜くなら注射器とか要らないよね。適当に切ったら流れる体液、そのまま試験管とかビーカーに移せば良いんだし。だからやっぱり入れてる。――一体何を?
「あ、あの、アサミ少佐?」
声を掛けられたので振り返る。――なんだか困った様子のスクルド。
「どしたの?」
「……指揮は、普段からそうやってるんですか?」
「え、うん。指揮が必要な時はだけど……」
「…………」
あ、この反応知ってる。先輩が私の指揮中に偶然背後を通りがかって、ドン引きしてた時と同じ反応。
他の
映像情報で戦場を見てしまうと、それ以外が視界に入らなくなってしまい、『目』の外で何が起きているか分からなくなるからだ。
だから見たいエリアに居るサードのログを数体、時として数十体分詳細表示し、地図や状況は
この処理方法の難点は、敗戦処理のようにサードの個体が極端に少ない状況だとログの情報量が少なく、何が起きているか正確に把握出来なくなるところだ。
はじめてアグレッサーを指揮した時がまさにそれ。アグレッサーがファースト因子なせいでログが飛んでこないから、アグレッサーの周りにサードが居ない限り、彼が何してるのかさっぱり分からないのだ。それなのに一人だけ突っ込んでくから、もう状況がさっぱり分からなくなる。
まぁあそこまで行くと『目』でも一緒で、だから見るのやめたんだし。
「そのやり方は、誰かに教えて貰ったのでしょうか?」
「あ、ううん。自分で色々やってたら出来るようになったの。『目』だとどうしてもさー、複数表示すると酔うんだよね。4画面くらいまでならなんとかなるんだけど、私の目が2つだから見逃しもあるしさ。それならもうログだけ見た方が楽じゃんーって気付いたのは、……いつだったっけ、士官学校で模擬戦やってた時かな? 8歳とか?」
「8歳……」
「でも、こんな
「……そう、なんですね」
――勿体ない、と、スクルドは小さく呟いた。
それは聞こえるか聞こえないかという声量だったので、聞かなかったことにした。
「で、スクルドはこの個体が何をしてたか知ってるの?」
「いえ、ゲノム設計に協力しただけですので、そこまでは。ただ、この個体がフラウに注入していたのは、――恐らく、私達ファウストの血液です」
「血?」
「はい。因子の波長を合わせることで、フラウとサードの意志を同調することが出来ないか――、というのがこのEL666モデルに求められていた性能ですから」
「…………」
そんなこと、可能なのだろうか。
いいや、可能か不可能かという問題ではない。もし出来たら、どうなるか。研究する理由など、それだけで十分だ。
フラウに何かしらの意志があるのだとしたら、個を持たぬフラウがそれをネットワーク上で統括処理しているのだとしたら――
「フラウの意志が読み解ければ、次に狙われる場所が、もしかしたら人類が狙われている理由も分かるかもしれない、……ってことかな」
スクルドは頷いた。――ひどく、申し訳なさそうな顔で。
「でも、さ」
仮に設計したのがスクルドだとしても、運用したのはスクルドではない。それに、ファウストであるスクルドは、命令されたから設計しただけ。そこに彼女の意志は介在しない。
「スクルドは、悪くないよ」
きっと、彼女は。
第3エデンの崩壊も、自分が一因になってしまったと、――そう考えているのだ。
エリュシオンを止められなかった、その研究の一端に関与してしまったことで、そこまで思い詰めてしまっている。
その責任を問われる存在――エリュシオンがなくなったことで、関わったのに生き残ってしまった彼女は、一生その責を背負っていくつもりなのだろう。
「銃が人を殺しても、銃に責任はないよ。――それに、」
私に、これを言う資格はあるのだろうか。
間違いなく意志を持つ存在を、それがファウストであるというだけの理由で、見殺しにし続けている私に――
「銃を作った人にも責任はない。もし責任があるとしたら、それは自分の意思で銃を持って撃った人か、――
――私は、
これまでずっと、彼らが死んで当たり前の指揮をしてきた。
犠牲となった彼らのことを、数字でしか見ていなかった。
無数のファウストを殺してきた私の罪は、きっと一生償い終わらない。人類の為という大義名分で、意志を持つ彼らを殺し続けた、私の罪は――。
「……アサミ少佐」
「どうしたの?」
スクルドのその瞳は、まるで私が自分の罪を認めていることなど、とうに分かりきっているかのような、慈愛の目で――
「あなたは、私たちを殺してきたことを、後悔しているんですね」
「……そう、だね。だって」
あなた達には、心があった。作られた機械は決して持ち合わせない、心が――
「死んで当たり前の私たちに、一つだけ救いがあるとしたら、何だと思いますか?」
「……最後まで生きる、とか?」
スクルドは、いいえ、と首を振った。
この問いは、きっとベオウルフと話していた時のような、耐用年数の話ではないのだ。
最後まで生きたことが
「死んだら、皆のところに行けることです」
「で、でもそれは――ッ!」
死が、救いだと――、
そんなことは言ってはいけない。だって、それを認めてしまえば、彼らは死を望んでしまう。生ではなく、死を望んでしまうから。
「生きるためでなく、繁殖するためでもなく、死ぬために作られた私たちにとって、死だけは皆に平等なんです。アグレッサーも、私も、いつかは死にます。何を成そうと、何も成せなくとも、皆が待ってるところに行けるんです。――でも、アサミ少佐は違います」
「違わない、……よ」
自信がない。私が、そちらに行けるのか。
私は、大勢の、数えきれないほどのファウストを殺してきた。たった数年で、万を超える仲間を見殺しにしてきた。
西暦の時代なら、歴史に名を残す大量虐殺者になれたろう。そんな私に、行けるところはあるのだろうか。待っていてくれる人は居るだろうか。
「私の罪は、誰にも渡しません。私はこの罪を背負ったまま皆のところに行って、謝ります。――だから、アサミ少佐」
「…………」
「あなたの罪も、あなただけのものです。これまで私たちを殺してきたことを罪だと思うのなら、償いたいと思うのであれば、――
泣きそうな顔で、スクルドは言うのだ。
そんなこと言いたくないと、その表情で語っている。でも、今それを言わないといけないから。ここに、無遠慮なアグレッサーは居ないから――
「……おあいこ、だね」
「そうですよ。私たち、罪を抱えた者同士なんですから」
「うん。ごめんね、変なこと言って」
「いえ。――でも、嬉しかったです。私に罪はないと言ってくれて。――皆は、言ってくれませんでしたから」
「アグレッサーとかベオウルフは、興味ないだけだと思うけどなぁ……」
そう伝えると、スクルドは口元に手を当て、くすくすと笑う。「でしょうね」、と。
他の皆のことは分からないけど、あの二人ならきっとそうだ。スクルドがエリュシオン崩壊の一因になったかもしれないことなど、本当に興味がないだろう。
ベオウルフなら言いそうだ。――そんなことあったか? と。
アグレッサーなら言いそうだ。――気にしていない、と。
あの、明るい声と、冷たい声で、きっと二人は言うだろう。
「あーあ。そんな前のことじゃないのに、みんなのこと話してたらちょっと懐かしくなっちゃった。折角スクルドと再会出来たんだし、敗戦処理じゃないとこでみんなのこと指揮してみたいなー。もうしちゃ駄目っぽいけど……」
「あれ、そうなんですか?」
「え?」
「アカウント、生きてるっぽいですけど」
「……そうなの?」
スクルドが来る前は暇すぎて、こっそり指揮しちゃうおうかと
スクルドが私のパソコンを操作すると、見覚えのないログイン画面が出てくる。そこに使い慣れたIDとパスを入れると――
「おー!」
「アサミ少佐のアカウントを凍結したんじゃくて、トップページからのログインを弾くよう設定されてるだけみたいです。処理が甘いですね。なのでトップページ以外からログインすれば、前のように使えるはずですよ」
「良いコト聞いたー。ね、今アグレッサーどこに居るのか知ってる?」
「アグレッサー、ですか? 確か……」
スクルドが座標データ検索に打ち込んだのは、アグレッサーの固有識別番号――
私も試したことがあるが、アグレッサーのような特殊なモデルは、固有識別番号からの座標データ検索が出来ないようになっているのだ。任務の秘匿性のため、そのような処理をされていることが多いと聞く。
「まだロストクの拠点に居るみたいですね。防衛指揮を取っているようです」
「ロストクロストク……あぁ、このへんか」
もうほとんど役に立たない西暦時代の世界地図を現在の地図に重ねて表示すると、以前任務で一緒になった旧ポルスカ自治区から700kmほど離れた港に居ることが分かる。
欧州方面軍は戦地が広すぎるので、適当に戦地を決めると移動に数か月かかることだってある。そんなことばかりしていたら歴戦のエースナンバーを持て余すことになるので、任務が終わっても近くの拠点に移動させることが多いのだ。
「どうしてサードの座標で分かったの?」
「あぁ、私がこちらに来る前、一緒の輸送船に乗っていくところを見たんですよ」
「なるほど……」
どちらかだけ途中で下ろす、というのもなくはないが、それを考慮していないはずはない。恐らく、説明していないだけで彼女には確証出来る理由があるのだ。
「あ、珍しい。ホントに普通の防衛だ」
「……アサミ少佐。アグレッサーであっても、敗戦処理なんてそんな常日頃からしてるわけではありませんよ」
「そうなの!? 私毎日そればっかやってたんだけど!?」
スクルドは小さく笑うと、慣れた手つきでアグレッサーの戦歴ログを表示した。
「ご覧の通り、アグレッサーの敗戦処理は大体1年に1回くらいです。エースナンバーなので当然移動も多いですが、そうですね……少なくともロストクに居るうちは安全かと」
「そうだったんだ……」
「ロストクでは、前任の指揮個体が耐用年数を迎えたので、アグレッサーが後任として指揮個体に任命されたようです。エースナンバーといえど、連隊規模の指揮経験がある個体はあまり多くないですからね」
スクルドの説明を聞いて、まぁそれもそうか、と頷いた。
通常の――
だが、エースナンバーのような歴戦のファウストには、大隊どころか連隊、時として師団規模の指揮を行える指揮個体もおり、彼らは様々な戦地で活躍する。
アグレッサーも防衛においては連隊規模の指揮経験があるようなので、実は敗戦処理以外でも重宝されているのだろう。悔しいことに。
「あの、興味本位なんですが、アグレッサーって指揮官としては
「
長年――といってもここ半年ほど――の疑問を解消出来るかと質問すると疑問で返されたので、どう説明すれば良いか悩む。
「あの様子で、ふつうに指揮とか出来るものなのかな、と」
「あぁ……」
私の知るアグレッサーは、面倒くさがりで、言葉は強くて、性格もあまり良いとは言えないし、指揮官を無視して勝手に動く。正直、指揮に向いているようには思えないのだ。
スクルドは口元に手を当てくすくすと笑うと、「でも、」と言葉を口を開いた。
「防衛においては、的確なんですよ。あまり前には出ませんし」
「そうなんですか!?」
「はい。アサミ少佐もご存知と思いますが、アグレッサーには特定範囲内にあるものを認識する能力があります。本人も詳細は分かっていないようですが。あの能力のお陰で、戦力の振り分けや的確な指示が行えるわけですね。ただ、問題は――」
「敗戦処理、ですか」
「……はい。仲間の数が減ってくると、どうしても前に出たがるんです」
「指揮しないし、命令聞かないし、勝手に突っ込むし……」
通信中におもっきりケーブル抜かれたことあったなと、思い出して溜息が漏れた。
「きっと、あれが本来のアグレッサーの姿なのでしょうね。まだ名もなく、
「…………」
どこか遠い目を向けたスクルドを見て、あぁ、と思い出す。
アグレッサーは、声が聞こえると話したことがあった。でも、誰かは分からないと。
当然、それは3度も施された記憶凍結処理の影響だろう。
きっと、彼にとって大事な人だったのだろう。幻聴なのか、それとも本当に何かがそこに居るのかは、もう誰にも分からないけれど。
「私やベオウルフは、間違いなくアグレッサーより先に死にます。ベオウルフはあと1年と少し、私はまだ5年ほど――、それでも、アグレッサーの方が長く生きるでしょう」
「…………耐用年数、ですか」
スクルドは頷いた。
ベオウルフもスクルドも、どちらも
ほとんどのファウストは、耐用年数を迎える前に死ぬ。だから30年耐用モデルを作る必要はなくなり、20年耐用も作らなくなり、10年も諦め、今の主流が
「私たちが居なくなったあと、最後までアグレッサーの傍にいられるのは、」
スクルドは、私の両手を握った。
ぎゅっと、人よりも、少しだけ暖かい手で私を包み込んで、泣きそうな顔で言うのだ。
「あなただけです。――アサミ少佐。あなたは最後まで、彼を見てあげてください。彼を看取って、あげてください」
「…………はい」
きっと、スクルドは。
――それを言いたくて、ここに来たのだ。
皆の前じゃ、言えなかったから。
溢れる涙は、止まらなかった。
私も、そして、スクルドも。
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