第25話

「お久し振りです、アサミ少尉――いえ、もう少佐でしたね」

「スクルドぉおお…………」


 正面からぎゅっと抱き着く――前も思ったがスクルドは他のファウストより体温が高いので、触れていても冷たくない。そのまま数分ぬくもりを堪能し、ようやっと離れた。


「えぇと、どうして私なんでしょう」

「……一番話しやすそうだったので」

「それは光栄ですが……」


 そこは、突然少佐まで二階級どころか三階級特進した私に、欧州方面軍より充てられた専用の執務室。

 テーブルを並べれば10人以上が働けそうなその部屋に、荷物は簡易ベッドと折り畳みテーブル、パソコン一式、――以上。これ以上ないほどスッカスカだ。なんなら宿舎の部屋の数倍広いのに荷物は少ない。


「この度は昇進、おめでとうございます」

「ありがとね……全然意味は分からないんだけど……」

 久方ぶりにスクルドと会えたことで、少しずつ落ち着いてきた。


 ――結局私は、統合本部からの誘いを受けることにした。


 命令されて振り回される側に居続けるのが、嫌だったからだ。

 だからって、人に命令する側に行きたかったわけではない。ただ、適性があるからと、雑用のような敗戦処理を続けたくなかった。

 幕僚長とは、兵科を移動して一回だけ話した。「歓迎するよ」とだけ伝えられ、どうして私を呼びつけたのかは何も説明されなかったし、聞く勇気もなかった。


 それから数日後、補佐官として情報処理担当のファウストを任命して良いと言われたので、駄目元でスクルドの固有識別番号を入力してみたら――本当に来たのが、今日。

 スクルドが来るまでの2週間は、生きた気がしなかった。


 ――だって、のだ。

 思わず二日目に指揮科のハゲ中佐にメールを送って、暇だから前みたく指揮しても良いですかと聞いてみたくらいだ。ちなみに却下された。


 指揮者コンダクターの頃よりセキュリティが緩んだのか、ファウストの個体情報が今まで以上に見えるようになったので、それと戦地の情報を眺め定時を迎え帰宅する――その繰り返し。

 こんな日が続くのだとしても、せめてスクルドが、話し相手が居れば耐えられる。そう思って、ひたすら待ち続けていた。顔見ただけでもう泣きそう。


「驚きましたよ。任官の知らせが来た時は少尉だったのに、いつの間にか情報が少佐に書き換わっているんですから。――てっきり亡くなったのかと」

「死んでないよぉ……」

「一応こちらでも調べてみましたが、こちらの統合本部はアサミ少佐を除けば、一番下の階級でも大佐のようですね。どの方も所属兵科で佐官まで上り詰めた方のようで、その、」

「場違い、だよね」

「…………はい」


 そう、実際その通りである。

 平均年齢60歳を超える統合本部に、突然12歳の小娘が現れたのだ。普通に誰かの孫と思うでしょこんなの。私のお爺ちゃんとっくに死んでるし軍人でもないんだけど!?

 いや母方の親族は育ての親の叔父さん以外みんな第3エデンで行方不明になってるから生きてる可能性もゼロではないけど、それはそうとして会ったことはないし……。


「先輩……ってか上司……いや上司とかも居ないんだけど……誰も私に話しかけてこないし、一日数件メール来るからそれの返信はするんだけど……」

「……どうして自分がここに呼ばれたか分からない、と」

「そう、それ……」


 首を傾げ少し悩んだスクルドだったが、「テーブル、借りますね」というので頷いた。

 ちなみにテーブルは、備品室で埃を被ってるのを運んできた。備品発注用のシステムはメールで教えて貰ったけど、経費をどう精算するのかも分からなかったので使ってない。

 立ったままテーブルにパソコンを広げたスクルドは、てきぱきとセッティングをこなし、立ったまま作業を始める。


「え」


 彼女が操作しているパソコンのディスプレイを見て、変な声が漏れた。

 ――見覚えのあるログイン画面だ。


「それって……」

「あぁ、10年ほど前からアカウントですよ」

「…………セーフなの?」

「さぁ……?」


 言葉とは裏腹に、にっこりと笑顔を向けられ、理解した。――アウトだよこれ。

 スクルドが使っているのは、指揮者コンダクター用のアカウントなのだ。見たところ、普通に指揮者コンダクターが使っている機能はどれもアンロックされているようで、まんまアカウントの流用である。

 確かに別端末で同時にログインは出来るようになっているけど――それを他人に渡すのは、確か軍規違反だったはず。自信ないけど普通駄目でしょ。


 私とは比べ物にならない速度で――情報処理を担当する個体なので当然だが――画面が変移していくので、何をしているか全然分からない。何かのチャットツールらしきものを開いたことは分かったのだが、その機能がどこにあるかも私は分からなかった。


「あ、」

 目の焦点すら合わないほど超高速スクロールでログ眺めていたスクルドだったが、突然声を漏らし手を止めた。

「……どしたの?」

「えぇと……」

 明らかに言いづらそうだ。


 スクルドはファウストに掛けられたプロテクトを恐れず話そうとするくらいなのに、時折このように言い淀むことがあった。そんな時は大抵アグレッサーが無遠慮に言葉を続けるので、つまり、。遠慮というものを認識しているスクルドは、他人を慮る能力が非常に高い。――それこそ、に。

 だが残念ながら、ここには遠慮の欠片もなく直球で相手の傷つくことを言えるアグレッサーは居ない。一瞬視線が泳いだスクルドだが、言うしかないなと覚悟を決めたか、ログをスクロールし、とある画面で止めた。


「……こちらは、統合本部の方が連絡で使ってるチャットツールのようですが」

「私そんなの教えられてない……」

「その、ようですね。そ、その、ちょっと驚くかもしれませんので、覚悟して頂ければ」

「待って!? 殺害計画とかされてた!? それとも誰かと間違って連れてきちゃったのを言えないでいるとかそんな感じなの!?」

「…………どちらかというと、その逆です」


 スクルドは、申し訳なさそうにしているというか、僅かに頬が緩んでいる。

 なので、覚悟を決めよう。深呼吸深呼吸――やっぱ無理。


「……内容だけ教えて。読まないから」

「はい。えぇと、では、分かりやすく若者言葉に変えて、読み上げますね。

『知っちゃったっぽいな~』

『困った困った』

『てかアグレッサーの同行許可出したの誰?』

『俺俺』

『大将何してんすか』

『いや入隊してたなんて知らなかったんだって。それに今アグレッサーより頼りになる奴居なくね?』

『それはそうですけど』

『そういえばユタカ娘生まれたって言ってたなあ』

『うっわ超なつい名前聞いた』

『そりゃ変なとこ置いときたくないですよねー』

『今更おじいちゃんって呼ばれたいんですか?』

『だってさー、話せるようになる前だったんだもん』

『キモいですよ大将』

『左遷させんぞ』

『うわ』

『うーわ』

 ――まぁ、ざっとこんな感じです」

「軽くない!?」

「実際はこの数倍は長いこと話してるんですが、少佐がこちらに来たばかりのログでこんな調子ですね。この話題で3時間くらい喋ってます」

「…………待って、ってことは少なくとも間違いではなかったんだよね?」

「はい。ところで定期的に出てくる、このユタカという人物について何かご存知ですか? どうやらアサミ少佐と関係のある人物っぽいんですが……」

「……たぶんお父さん。会ったことないけどそんな名前だったと思う」

 スクルドはどこか納得した様子でログを流し見し、なるほど、と頷いた。

「どうやら、アサミ少佐のお父さん――ユタカさんが、元々ここに居る方々にお世話になっていたようですね。名前が出るたび懐かしい、という言葉が頻出しているので、随分と前のことのようですが」

「えぇー…………」


 なにその情報。えっお父さん何してたの? 歳も全然知らないけど、私が生まれる前だから30代くらい? それで統合本部とか居たの? なにその立身出世。フィクションの中じゃないんだから――って私はまだ12歳なのに統合本部付で少佐になってるんだった。ならそういうこともあるのかなぁ……?


「ただ、ユタカさんの話題が出る時、エリュシオンに関する話題も並行されることが多いようです。サクラという人物名――恐らく女性のものですね、と一緒に」

「…………お母さんの名前、サクラだったはず」

「……繋がっちゃいましたね」

「繋がったね……」


 お父さんが統合本部の人で、お母さんが――あれ、エリュシオン? どうして? 叔父さん曰く、両親共に軍人だったっぽいけど。

 思考を進めていくと、とある閃きをしたのでスクルドの方を見る――と、もう分かっているかのような顔で頷かれた。


「エリュシオンって、昔軍隊持ってなかった……?」

 士官学校で習った気がする。そういえば、昔はファウストに詳しい製造元から指揮者コンダクターが排出されていたとか聞いたような――


 ただの思い付きだったが、スクルドは、「えぇ」と頷いた。

「10年ほど前までは、共和国軍に比べたら規模は小さいですが、彼らも軍隊を持ち、社内に指揮者コンダクターや他の兵科も抱えていました。アグレッサーが、そちらの所属でしたから」

「えっ初耳」

「第3エデン崩壊の後にエリュシオン所属機や指揮者コンダクターは全員欧州方面軍に合流しましたから、そこでデータが欧州方面軍のものに書き換えられたのだと思われます」

「へぇー…………」


 自治区で私を護衛してくれた分隊の中でエリュシオン製のファウストは、アグレッサーとベオウルフ、それとスクルドだけ。

 エリュシオンが事実上の解体を受けてから10年以上が経過しているので、20トゥエンティ―モデルより耐用年数の短いファウストは、仮に耐用年数限界まで生きたとして、既に命はない。


「当時、エリュシオンへのはそれなりに多かったと聞いたことがあります」

「天下りって……お偉いさんが他の会社に行くことだよね?」

「はい。エリュシオンの上役が佐官として共和国軍に入ることもそれなりにあったようで、交流は盛んだったと。アサミ少佐のご両親は、そうやって出会ったのでしょう」

「ふぅん……あれ、じゃあ何が心配事?」

「心配、ですか?」

「だってそんな顔してたじゃない」


 スクルドは、エリュシオンの話題を出した時、一瞬だがをしたのだ。

 それが誰に向けられた感情なのか、私には分からなかったけれど。

 私に聞かれたことに驚いたのか、目を見開くといつもの笑顔に戻った。


「……エリュシオンには、よくない噂も、あったようです」

「よくない……それは、えっと」

「フラウを操るための実験、とか」

「…………」

「少なくともエリュシオンは、フラウの使う粘菌ネットワークを解読することまでは出来ていたようです。だからサード因子を持つファウスト達が意思を伝えあったり、指揮者コンダクターが『目』として使えるわけですしね」

「それは、言われてみるとそうだけど……」


 そのどこが悪いのか分からないので、スクルドの言葉を待つ。

 戦時中、敵の武器を鹵獲して使うのは当然のことだ。それを咎める法なんて、人間の軍隊相手ならともかく、フラウが持ち合わせているはずもない。


「エリュシオンが、第3エデンがセブンスに襲撃されたのは、を受けたから、というのが濃厚です。サード因子を使って構築されていた粘菌帯域は、元はフラウの使っていなかったもののようですが、いつか存在に気付いてしまったんでしょうね。座標を完全に特定してしまえば、海の上であってもエデンへの襲撃は然程難しくはありませんから」

「でも、セブンスは海を渡れないんじゃないの?」

「……ほとんどの個体は、そうですね。ですが、風に載せて粘菌を飛ばすことは出来ましたから――数年かけて大陸側から母体マザーの粘菌を飛ばし、それを第3エデンで再構築したということが最近の研究で分かっています。――私は以前、その調査をしていました」

「…………」


 それは情報統制の結果、民間には漏れていない話なのだろう。なにせ、敵の研究をしていたからエデンが襲われたなんて、まさに共和国憲章モロ抵触事案だ。しかも、それがほぼ確定ともなると、フラウには明確な意思や行動原理が存在することとなり――

 フラウは人とは異なる行動原理で動くで、人間は悪くない――というのが、ここ100年あまり世界を動かし、人が戦う原動力になってきたのだ。


「えぇと、それ知っちゃったら消されたり……する?」

「いえ、10年以上前から軍属だった人は、少なくとも噂くらいは聞いたことがあると思いますよ。アサミ少佐が知っていても、誰かから聞いたんだな、と思われる程度かと」

「あー、それもそっか。でもそれ、そんな有名な話ならどうして言いづらかったの?」

「……では、ここからは他言無用でお願いしたいんですが」

 真剣な表情で言われたので、思わずゴクリと生唾を飲み、頷いた。

「アサミ少佐は、エリュシオン製ファウスト――EL666シリーズをご存知でしょうか」


 はて、記憶にない。一応パソコンで調べようとしたが、やんわりと手を押さえられた。


「ネットワーク上には残っていません。話を聞いたこととか、指揮したことがあるとか、そういう変な個体が居た気がするとか、そんな程度で構いません。記憶にありますか?」

「んー……ないと思う。そもそもエリュシオンに3桁シリーズなんて居たっけ?」

「公的には居ないことになっています。彼らはフラウの生態を研究するために作られた、エリュシオン製の個体です」

「……スクルドは、どうしてそれを知ってるの?」

「ゲノム設計者のうち一人は――私です。といっても、基幹モデルは私より前に製作されていたようですが……」

「…………」


 スクルドがパソコンを操作すると、特定戦地のログが表示された。こういうのは、指揮者コンダクター用アカウントだからこそ見れるのだろう。ファウストには見せちゃいけないもののはず。


「これは、私がアグレッサーと面識がなかった頃なんですが」


 表示されたログを眺めていると、違和感を覚えた。明らかにがあるからだ。といっても、何かしらの事情があってログが消去されることは然程珍しくないが――


「アサミ少佐なら、このログから何を読み解けるでしょう」

「んー……14時21分51秒、このへんちょっと詳細見して」

 流し見しただけだが、違和感を覚えたところを重点的に見る。


 ふつう指揮者コンダクターは指揮の際、サードの感情が大きく揺らいだ、つまり誰かが死んだり、敵を倒したりした時のログだけを見ている。

 だが、実際送信されている内容は、それとは比べ物にならないほど情報量が多い。それを自動的に選別し、感情が大きく揺らいだ場面だけをログに表示して指揮するものだ。

 スクルドが詳細ログを表示。もう、私がやった方が早いなとパソコンを借り、眺める。


「んー……座標722・98、このへんに誰か居る。気にも留めてない個体が多いから間違いなく友軍機だけど、ログには居ない。それを見たアグレッサーが声掛けてるね。なんて言ったんだろ。他のサードのログにあるかなぁ……」


 詳細表示されるログは、だ。それもすべてのサード個体のログが自然言語変換により文字データで保存されているため、この戦地くらい規模の大きい戦闘だと、サード1万体以上――つまり、1秒あたり1万以上のログが残されていることになる。


 そのログを、ぱぱぱぱぱと、スクルドがチャットログを見ていたのとほとんど同じ速度――人間の目では決して追えない速度でスクロールするアサミを見、スクルドは感嘆の声を漏らしていた。集中しているアサミは気付かなかったが。


 明らかに人間の処理能力を超えている。それもただスクロールしているだけでなく、画面にはコンマ1秒未満しか表示されていない文字列を見てピクリと手を止め、その時間に近くに居た別のサードのログを確認し――までを毎秒こなしているのを見れば、アサミが少し適性があった程度で任官されたわけではないと、誰もが分かることだろう。

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