第28話

「ベオウルフが……」


 アングルシー防衛拠点の総指揮官、ウィルクス少佐からの報告書を読んだアサミは、そこに書かれていた情報が信じられず、思わず手を止めた。


「アサミ中佐」


 背中にそっと手を当てたスクルドは、私よりもベオウルフとの付き合いが長い。

 そんな彼女が我慢しているのに、私が泣いている場合じゃない。――だから、泣くのはまた今度。

 ごめんなさい、とだけ呟き、報告書の続きを見る。


「敵陣で突然活動を停止、付近のサードを撤退させた後、自爆――えっとスクルド、これは事実ですか?」


 ベオウルフは、20年ほど前に作られた特殊モデル――登録名称『爆撃機ボマー』モデル。

 ファーストの『すべてを取り込み自身の血肉とする』特性を変性させ生まれた、彼の他は3体しか作られていない特殊なモデルだ。

 直接戦闘を見る機会はなかったが、どうやら触れたものを爆発させることが出来るらしい。――だがそれによって自身も損傷するようだ。欠陥モデルすぎるでしょうが。


「……えぇ。耐用年数を迎えた時に自爆する機能があると、話してくれたことがあります」

「そうなんですね……。でもその、それだけでこの結果に?」


 添付された衛星写真を見ると、そこには巨大なクレーターが作られていた。

 直径およそ5キロメートル。恐らく地球上に現存するどのような兵器でも再現不可能なそのクレーターを作り上げたのは、たった1体のファウストということになっている。


「耐用年数を迎えられた爆撃機ボマーモデルがベオウルフの他にはいませんので、彼固有のものなのか、それとも全員に行えたかは分かりません。――もっとも、」


 ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 こんな兵器が量産出来れば、人類はフラウに勝利出来るかもしれない。そう思えるほど、絶大な火力なのだ。

 ――なにせ、付近に存在していた子体ベビー4体、孫体ネプテム概算3万体を、たった一撃で完全に焼却してみせたのだから。なんとたった一日でアグレッサーのスコアを越えたほどだ。


「これは、戦略として使えるものではありません。指揮者コンダクターログを確認しても、ウィルクス少佐も驚いている様子ですから、話してもいなかったのでしょう」

「……ですよね。でも、助かりました」

「はい。ベオウルフの献身がなければ、時間を稼ぐことは出来ませんでしたから」


 二人は、壊れかけの監視衛星から送られてきた衛星写真を見る。

 山ほどに巨大な何かが、かつてフランスと呼ばれていた国を悠々と進む姿が、そこには映されていた。

 進行方向は、恐らく第4エデン――かつてイギリスの領地であったマン島をベースに作られたその島は、大陸近くにありながら、これまで母体マザーの襲撃を受けることはなかった。


 ――だが、ついに本格的な襲撃を受けたのが、今から半年前のこと。

 周辺の防衛拠点がフィフスの子体ベビーによる襲撃を受けるようになり、15年ぶりに活動を再開した母体マザーが、誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫のように向かっていることが確認された。

 防衛拠点や資源回収拠点など見向きもせずエデンに向かう母体マザーに、人類は恐怖した。


 母体マザーによる襲撃を受けたエデンが、防衛に成功した例は、未だかつて一度もない。

 唯一、数万人の生存者――といっても総人口における1桁%だが――を出し、奇跡の脱出劇と呼ばれた第3エデンの一件が、皆の記憶に新しいか。


 アサミは此度の母体マザー撃退に際し、中佐の権限を限界まで活用して過去の記録を確認した。

 放射能汚染という、人類を抹殺するためだけに存在するかのような固有能力を持つセブンスを相手に、どうやって第3エデンが防衛線を敷いたのか知りたかったからだ。


 ――しかし、たった一人の指揮者コンダクターが指揮した僅か30名の手勢が防衛の主力となったことしか分からず、防衛手法や出来事イベントは全て消去済、サードログすら一行も残っていない徹底ぶりに、大きな溜息を吐くことになったのだが。

 どうしてそこまで情報が抹消されたか――アサミはに直談判した。

 そこで帰ってきた答えは――、


「防衛戦力がエリュシオン所属のファウストと指揮者コンダクターだから、欧州方面軍は最初からログを持ってない、って……」

「残念ですよねぇ」

「ホントに。これが分かればちょっとマシな作戦の立てようがあったのに」


 しかし、たとえベオウルフの自爆のような特攻技があれど、恐らく母体マザーを撃退することは出来ないだろう。そもそも、爆発の範囲内に入れるかも怪しい。

 ベオウルフの自爆が、衛星写真に写った巨大な光点から計算すると、直径5キロメートルほど。だが、フィフスの母体マザーは全長10キロを超える肉体を持つ正真正銘のだ。

 仮に5キロ以内なら母体マザーを殺せる火力があるとして、5キロ以内に入れるか――というと、恐らく否。触手を伸ばし、払いのけられたら終わりだ。

 そうなると地雷のように活用することになるが、残念ながら全長10キロの母体マザーに通るほどの地雷など、この世界では製造されていない。


「ですが、この作戦――本当に成功するのでしょうか?」

「さぁ? でもやらなきゃ、皆死ぬから」

「……そう、ですね」

 スクルドは、不安そうな顔で私の作った作戦草案に視線を落とした。


 今から100年ほど前――かつて母体マザーを殺したのは、2例は核兵器。そして1例は数年に及ぶ飽和攻撃。

 飽和攻撃を行えたのは、該当母体マザー――サードが出現した日本という国は小さな島国で、全長数キロの母体マザーが隠れ潜む場所がなく、休む間もなく攻撃をされ続けたことが最も大きな理由である。だがその状況を再現するのに、欧州ヨーロッパ


「スクルド、勝率は何%あると思う?」

 質問すると、スクルドはこちらを見――表情を曇らせた。

「それは――、」

「私は、5050フィフティフィフティだと思ってるよ」

「…………え?」


 かつて、アグレッサーがそう言った意味を、私はずっと分かっていなかった。

 けれど、今なら分かる。アグレッサーと別れ1年以上経ち、成長した今なら。


「人類が、勝つか負けるか、この戦いには2択しかないんだよ。最初から他の選択肢なんてない。これまでエデンを狙ってこなかったフィフスがエデンを直接狙うようになってしまえば、きっと、近い将来人類に安息の地はなくなる」

「…………」

「フィフスの母体マザー――あれは間違いなく海水の耐性を得るし、海底を歩けるようになる。そうなるともう、海は防壁にはならない。海は忍び寄るフラウの隠れ家になるだけなんだ。――だから、ここで絶対殺す。殺さないと、いけないの」


 自分に言い聞かせるように、あえて強い言葉でそう伝えた。

 スクルドは、少しだけ悲しそうな顔をし――、そして、いつもの優しき笑みに戻る。


「えぇ、……えぇ。そうなるでしょうね」

「だからさ、スクルド」

「はい、アサミ中佐」

「私を信じて」

「畏まりました」


 スクルドの、ファウストとは思えないほど暖かい手をぎゅっと握って。

 ――そう、決意を固めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る