第29話

『あー、わりぃ。俺もう死ぬわ。逃げたきゃ逃げろ。逃げ切れるかは知らねぇが』


 頼もしい――きっと仲間たちにたいそう好かれていたであろう快活なその大男は、いつもと違う優しいトーンで、無線機にそう告げた。


『……おい、お前らなんで残ってんだよ』

『何言ってんだ。俺らまで逃げてったら、お前食われて死ぬだけだろ』


 ダダダダダと銃声が響く。それは一丁や二丁ではない。およそ数十にも及ぶ、重機関銃のような重く響く射撃音。


『ははっ。わりぃなリュースー。お前らも、一緒に死んでくれや』

『おう』


 そこからは、しばらく銃声しかログに記録されていない。数分にも及ぶ銃声に、悲鳴――それらが収まった時、再び優しき大男は口を開く。


『おい聞いてんだろアグレッサー!』

 最後の力を振り絞り、男は叫んだ。


『お前が先に死ぬとこを見れなかったのは悔しいが――しゃーねぇな。長く生きろ。お前と一緒に戦うのは、まぁまぁ楽しかったぜ。先に逝く。なるべく時間掛けて来い』

『あ、俺もついでに遺言残しとこ。少尉、お元気でー。アグレッサーは、……まぁ元気だろ。知らんけど。スクルドも元気でなー』

『……んで、嬢ちゃん。聞いてるわけねぇか。まぁ、最後に会えた人間がアンタで良かった。これで人を憎まず死んでいける。じゃあな』


 数秒の静寂の後、大男は忘れていたとばかりに、「あぁ」と言葉が続く。


『――アグレッサーを、よろしく頼む』


 それが、ログに残された最後の通信だった。

 ベオウルフという心優しき大男が残した、最後の言葉。

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