第30話
『
この
どうやら、彼女には何かの作戦があるらしい。無線――サードネットワークが傍受されているらしく詳細は語られなかったが、それは
――そんな兵器があるのなら、何故これまで使わなかったのか。そんな兵器が仮に存在するのなら、何故一番危険な
『20から27小隊! 全力で特科の道を作って! 全弾吐き出していい! 3分で良いから
――まともな人間の思考とは、思えなかった。
防衛拠点を中心とした戦場に居るのは、2万体を超えるファウスト。それらを50ほどの大隊に分け、戦場の範囲は30キロをゆうに超える。
それらが点在する中、どうして敵の位置も仲間の位置も全て同時に把握し、指示を行うことが出来るのだろう。現実問題、そんなこと不可能だから、指揮個体というものが存在するのに。
『28から30大隊、そろそろそっちに
ふつう、防衛線において
しかし、この
『1大隊ッ! ――ねぇ聞いてるアグレッサー!?』
『はい』
『絶対に撤退せずに時間を稼いで! そこが落ちたら――後ろが終わる!』
『分かっています』
もっとも火力に優れた1大隊の立ち位置は、戦場の最前線だ。もっとも
そこに押し寄せる
波のように押し寄せる
ただでさえ形状が固定されないフィフス、それもここまで多く集まれば、波というのは比喩ではなくなる。すべてが一体化し、津波のように襲い掛かる。
それと、たった500の手勢で戦えと――この
『ベオウルフなら――、』
アグレッサーは、今は亡き戦友の名を告げる。
『あいつなら、やりました』
『えぇ! ですからあなたに任せたんです!』
アグレッサーは、その経歴の長さ故、防衛においては指揮個体として扱われることが多い。だがその実、本人の性質は、誰よりも突出して戦場を切り開く
手の届くほどの距離に居る
彼が最前線に出る時、その戦場は、もうとうに敗戦が確定しているのだから。
彼が最前線で刀を振るう時、仲間はもう、誰も居なくなっているのだから。
『2大隊! 1大隊の後ろを抜けてくる
しかし、この
アグレッサーを、敗戦処理の専門家でなく、指揮個体でもなく、ただの向こう見ずな特攻隊長として扱っている。
そんな1大隊は、アグレッサーを援護するためだけに構成された大隊だ。
彼の道を開き、邪魔するフラウを撃ち殺していく。そのため、半数以上を狙撃技能を持ったファウストで構成されており、敵陣ど真ん中で戦うのはアグレッサーの他に居ない。
――それが、戦闘開始から30分、本当に一歩も引かず、最前線で戦い続けている。あれを見て奮起しない奴など、ここには居ない。
「アイツ、あんなに強かったのか」
指揮個体であり、視力を強化された特殊モデルであるそのファウストは、数千、数万体のフラウを押し留めるアグレッサーを見、呟いた。
これまで戦っている姿を見たことはない。それでも、仲間を殺してまで生き残るという噂が事実なら、よほど向こう見ずな――、後のことなど顧みない、それこそいつ死んでもおかしくない、ベオウルフのような戦い方をするものだと思っていた。
――それなのに。
「……綺麗だな」
一挙手一投足が目に残る。
アグレッサーのやっていることは、ただ近くに居る敵を、近接武器で
それなのに、それなのに奴は、その身に一片の傷もなく、最適解を引き続ける。コンマ1秒気を抜けば津波に圧し潰されるような状況で、いつものいけすかない無表情のまま、ただ、一番近くにいる一番危険な個体だけを切り、下がるどころか前に進み続けていた。
『――っ! アグレッサー、
『問題ありません』
声に乱れすらなく、
『アグレッサー、一人で大丈夫ですね!? そこ見るのやめちゃいますよ!?』
『はい。少尉は、他の場所を見てやって下さい』
『了解しました! では――11大隊! 気を抜かない!』
「も、申し訳ありません!!」
アグレッサーに見惚れていたなんて、そんな言い訳通じるか。
だが――大隊の動きが少しだけ鈍い。アグレッサーを見ていたわけではないだろうが、それでもいつもより精彩の欠けた動きだ。
大隊指揮は正確に行えている。ならばこれは小隊以下で――
「
『はい分かっています!
「っ!? 知ってたのですか!?」
『当然!』
『私から見て動きがおかしいのは11大隊左方、ポイント877・623あたりの小隊かしら? もう食われちゃった子には悪いけど……処理、よろしくね』
「っ……了解ッ!!」
視力特化型モデル故スコープの取り付けられていない狙撃銃を仲間に向け、様子を伺う。
――先程から、数名のサード通信が繋がらない。位置までは把握していなかったが、これを
まったく、こんな状況でも常に最適な行動を取れるのだから、恐ろしい
「俺達に仲間を、殺させるなよ……ッ!!」
――
大口径のライフル弾を食らい、仲間の頭が消し飛んだ。舞う血は、――真っ青だった。
「いつから……」
『37秒前からです!』
まさかこんな呟きに返答が来るとは――、いや待ていつから見てたんだ、こいつはさっきまでアグレッサーのことを見てたんじゃなかったのかよと突っ込みたい気持ちを全て押さえ、再び狙撃銃を仲間に向ける。
――ファウストに、フラウの寄生は効かない。
それは、ファウストにはかつて人類が倒した
それでも、
普段なら一目で分かる違和感でも、戦闘中、それも数百、数千体のうち数体だけやられると、もう無理だ。判別する前に仲間殺しが始まってしまう。――それなのに。
『見つけました! 13大隊――識別番号で言いますと――』
『下2桁だけで大丈夫!』
『了解! 72、89、22、13、06です!!』
『りょーかい!!』
13大隊の指揮個体が、俺と同じように仲間を殺している。
――いいや。
そいつは、もう死んだ。仲間に成りすました、フラウだ。
それは分かっている。分かっているのに、心が一瞬躊躇ってしまう。仲間の姿をしたそいつを殺すのを、心のどこかで辞めたがっている。
けれど、
けれど、手は止めない。俺達は、人ではないのだから。
『
『というわけで指揮交代よ。12大隊、13大隊の援護に入って。10大隊、負傷者救出ストップ、アサミ大佐のチェックが終わるまで現状維持。28大隊、損傷多いけど大丈夫?』
『問題ねえ!』
『そう。じゃあそのまま。6大隊は――』
『残20くらいだ、悪い、先にリタイアさせてもらう。お前ら、――待ってるぞ』
『……そう。お疲れ様。
『いいえ12です! そこなら8より早い! 12大隊、
『えっ、抜けれますこの壁!?』
『大丈夫です! 分厚そうに見えるけど――』
『
『そういうことです!! では寄生の報告をします! 2大隊から、362、73、09、4大隊から099、71、39、37、7大隊から――』
「どうやって調べたんだよ……っ!」
おかしな動きをしている最後の仲間を撃ち殺し、悪態をつく。
戦場に居て顔を見合わせている俺たちがすぐには分からないというのに、どうして遠く離れた地でそうも正確に寄生された個体を判別できるのか――
『ログ止まってるのに動いてる個体を全部チェックしました!!』
「ぜ、全部!?」
そういえば通信は全部オンにしたままだった――指揮個体はどんな状況でもミュートするなと言われていたのを忘れていた――、悪態にまで返事をする余裕などあちらにはないはずなのに、報告を終えた
――いや不可能だろう、と返しかけ、なんとか口を紡いだ。
戦場には2万を超えるファウストが居る。それも、本当に死んだだけの個体だっていくらでも居るから、ログが止まったところで寄生されたと確定するわけでもない。
つまり、ログが止まっている個体を第三者――他のサードログなり《目》なりで確認し、死亡したか動いているかをチェックしたということだ。
――どういうことだよ、それ。説明された方が分かんねぇよ。
あっちに情報処理専門のスクルドが居るとしても、現実的ではない。それも、先の通信――過去のログを確認しながらも現在の状況を見ていたということになる。実は何百人と裏に居ると言われた方が信じられる芸当だ。
『少尉』
『どうしましたアグレッサー!? さっきから突出しすぎてあなたのこと全然見えないんですよねぇ!?』
『
『――想定より1分半速い! 流石ですねアグレッサー! スクルド見れる!?』
『えぇ、あちらの足が遅いお陰で立ち回れてるわ。ただ、96戦車の損耗率が高い――持ってあと7分というところかしら』
『7分……充分です! アグレッサー、1と2大隊のカバーに入って仲間を守って下さい! たいへんお待たせしました後列41から49大隊! 出番来ますよ!』
『了解』
『41大隊以下準備万端! 待ちくたびれたぜ!』
通常、歩兵相当火力では相手が出来ない
だが持ち運びに難があり、また観測射撃となるため運用には専用の技能を持った砲兵が必要とされるが、その火力は絶大だ。直撃させれば
『つーかホントに通るのかなぁ!?』
『あんなデケェの、外せって方が無理だろ!』
『当てはすんだよ! 問題はそっからだ!』
防衛拠点最後列、砲兵で構築された大隊指揮個体らが、各々声を掛け合う。
彼らの声が聞こえるのは指揮個体だけだ。戦闘中の
――だが。
「本当に効くんかね……」
そう感じてしまうのも無理はない。
迫撃砲は、確かに火力が高い。戦場で
あの巨体に何発迫撃砲を直撃させても、削れるとは到底思えない。どう考えても火力不足だ。もしこれで倒すつもりなら、見通しが甘いとしか言いようがない。
「頼むぜ本当によ……!」
この祈りは届くか。それは、まだ無名の指揮個体である彼には分からない。
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