第5話
『
この時代、その仕事は子供でも知っている。子供たちの憧れの職業の一つでもある。
彼らに必要とされるのは、軍団規模の指揮能力。ファウストがどう動き、どう命令すれば効率よく動くかという、知識と経験に基づいた膨大な知識。
今では
――そして、隣の席の女の子が実は
「アサミさん、皆さんに自己紹介しましょうか」
「……アサミ」
「きちんと、所属から」
それまでの優しい口調とは打って変わって、強い口調に鋭い眼光で告げた老婆に、アサミは「はいはい」と声を漏らしつつも姿勢を正し、立ち上がる。
「エア共和国欧州方面軍指揮科、司令部付き
「……皆さんには説明していませんでしたが、アサミさんは士官学校を卒業している軍人さんなんですよ。義務教育課程が終わってないので、こちらの学校にも通っていますが」
「で、あんたらが教室の掃除とかゴミ捨てさせてるそこのおばあちゃんは士官学校の元先生よ。中佐。クソ偉いわ」
アサミが溜息交じりに告げると、クラス中がざわめいた。
それはアサミの素性を初めて知った驚きと、ついでとばかりにバラされた事務員の老婆が実は元軍人のお偉いさんだったことを知った衝撃のダブルパンチとなったようだが、皆はどちらに驚けば良いか困惑しているようにも見える。
「私が現役の頃は、今と違って戦場に立っているのは半分以上人間でしたから」
元中佐の老婆は、そう言うとスカートの裾を捲り上げた。
足首まで隠れたそのスカートは、とあるものを隠していたのだ。
「えっ、義足ですか!?」
「はい。足にフラウの粘菌が付いちゃったので、自分でこう――ライフルで、バンと」
そう説明を受けた生徒達は、「ひぇ」と小さな声を漏らし、自分の足を擦った。まだついてるな、と確認するかのように。
老婆の足は、両足共に膝から下が義足であった。
ファウストの研究過程で作られた半生体義足――脳信号を受け止め生身の足のように動かせるそれは、製造当初は関節部の強度に問題があったため機械化されたままのパーツが多く、老婆の足は艶消しの銀色に塗装されていた。
軍を退役し、士官学校の教師として働いているうちに義足は進化し完全に生体のものも作られたが、比較的高価なそれを教師の給料で購入することは出来ず、また必要性も感じなかったためそのまま使い続けているという。
「あたしは一年の時にちょっと話しただけだったんだけどね。機械義足で蹴っ飛ばされると、クソ痛いわよ。あんたらもそのおばあちゃん怒らせないように気を付けなさい」
「……60過ぎのおばあちゃんに膝蹴りまでさせた生徒は、士官学校で働いた30年間であなただけよ、アサミさん」
「…………」
「けっ」とわざとらしく舌打ちしたアサミは、もう良いかと座り、閉じていたノートパソコンを開く。
――生徒達がアサミを見る目が、少しだけ変わっていた。
変人であることに代わりはなかった。残念なりアサミ二曹。
1時間という短い時間であったが、話を終えた老婆が教室を出て行くと、生徒達は自身の持つ情報端末で『フラウ』や『コンダクター』を検索したのは、言うまでもない。
アサミに話しかけようとする生徒は、――誰も居なかったけれど。
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