第4話

 ――『エデン』


 人類の始祖たるアダムとイブが生まれた楽園の名を与えられたその都市は、今から100年以上前に作られた。フラウの侵略から、その時点でもう30年が経過していた。

 フラウでないと判断されたおよそ3000人が無人島に移住し、そこをエデンを命名したのが始まりだ。島はその安全性から瞬く間に発展していき、フラウを隔離するではなく、人間を隔離することで侵略を免れることが出来ると分かったのだ。


 それは、であった。戦うではなく、逃げることで明日を生きようとしたのだ。

だが、それを非難出来る国は、もう残されていなかった。どの国も、30年にも及ぶ侵略に疲弊し、戦うでなく、共存する道を模索し始めていたのだ。


「ですが、その楽園エデンも、長くは続きませんでした。核兵器を使わず、10年かけ繭を破壊することに成功した日本に対し、30年間放置された中国の繭が、ついに孵化してしまったのです。自分の足で動けるようになったフラウから身を守るのに、大陸と陸続きでないというだけの島――エデンでは、力不足だったのです」

「「「…………」」」

 生徒達が息をのむ。これからの展開は知っていても、まるで見てきたかのように語る老婆の語り口に、皆が耳を傾けていた。


 ――先程注意されかけた女子生徒、アサミ一人を除いて。


「ちょうどその頃、アメリカ合衆国が威信をかけて進めていたプロジェクトが日の目を見ることとなりました。『適合者アデプター計画』と呼称されていたそのプロジェクトは、人間がフラウの寄生を避けるためのワクチンを開発するものでした。ですが、そこまで辿り着く前に、中国の一件があったわけですね」

 聞いていないようで話が耳には入っていたアサミは、一人だけ皆と違った反応を見せたが、話に聞き入る他の生徒達は気付かなかった。


 自国に核兵器を使用してしまったアメリカ合衆国は、二度と同じことをしてなるものかと奮起し、国中の研究機関を集約させ、適合者アデプター計画を進めていた。

 だが、老婆の説明の通り、それはもっと長期的――フラウとの共存を成立させた上で成り立つほどのプロジェクトだ。

 瞬く間に膨れ上がっていくフラウ寄生者の数に、プロジェクトに関わっていた研究機関のほとんどは機能停止を余儀なくされたが、唯一完全な形で生き残った――山間部に位置していたため菌床による寄生を免れた――一つの研究所が、、一つの完成形を作り上げた。


「その研究所で作られたのが、ここまで話したら流石に皆さん分かりますよね。――アンドロイドです。開発主任の名を取って『ファウスト』と名付けられた彼は、完全なフラウへの耐性を獲得していました。人間といっても、当時はほとんど機械と同じ仕組みで作られていたため、ただの人型ロボットでしかなかったわけですが――」

 老婆は説明を中断すると、もう一度アサミの方を見た。


「アサミさん、ここからは私より詳しいですよね? 説明出来ますか?」

 そう問われたアサミは、パソコンに向けていた顔を上げると、反抗的な声を漏らす。


「では、私が間違った説明をしても、大人しく聞いていられますか?」

 しかし、そう言われては仕方がない。アサミは面倒臭そうな態度のままだが、ノートパソコンを閉じると小さく舌打ちし、口を開く。


 ――面倒くさがりのオタクを喋らせるには、いつの時代も同じ技が有効だ。

 それは、間違ったことを喋ること。オタクというものは、他人が自分の分野で間違ったことを喋られるのを嫌う性質を持っている。


「ファウストの初期モデルは身体の90%以上が機械だったけど、自分たちの代わりにこいつらを戦わせることが出来れば効率良いんじゃないって気付いたわけ。当時はもうアメリカのまともな人口が30%以下になってたから、軍人が減りすぎてたんだよね。ほとんどの国は徴兵とかで誤魔化してたけど、アメリカは広すぎて徴兵じゃカバー出来なかった」

 突然長尺で喋り出すアサミに、生徒達はきょとんとした顔を見せる。


 クラスメイトにとってのアサミは、よく分からないが授業を聞いてない謎の女子生徒だ。

 誰とも交流せず、いつも私用のパソコンでゲームをしている。それでも何故かテストの成績は1位なので、教師もあまり強く注意することはない存在。

 そんな彼女がここまで早口で、それも熱心に話すところは、アサミをしばらく前から知ってる生徒にとっても、よほど意外だったのだろう。


「はい、アサミさんの説明の通り、彼らは兵士として運用されることになりました。その時にはもう、繭本体から分離されても粘菌の拡散能力を持っている存在――繭本体である母体マザーに対し子体ベビーと呼ばれるようになったフラウが世界中に生まれていて、各国はその対処に追われていましたから。どれだけ子体ベビーに近づいても寄生をされない存在は貴重で、すぐにファウストの量産体制が取られました」

「まぁ資源不足でどんどんパーツが置き換えるようになってくんだけどねー。機械モデルが作られてたのなんて最初の3000体くらいだけ。そっからは培養肉の技術を使って半生体モデルが作られるようになって、今の世代はもう99%以上が生体――つまり私たちと一緒ってこと。強度的には機械モデルのが強いんだけど、もう素材が足りないからねー」

「そうですね、昔のように、大陸で鉱物資源を集めることは難しくなりましたから」


 二人の掛け合いで進んでいく話は、難しい話であるにも関わらず老婆の一人喋りより少しだけ分かりやすくなったのか、10歳前後の生徒達は感嘆の声を漏らす。


「では、プロジェクトの進化ブレイクスルーがどこで起きたかは、アサミさんなら説明出来ますよね?」

「1号から3年後。培養脳埋め込むようになってから」

「はい、正解です。ファウスト教授は、それまで機械として作られていた彼らに、生身の脳を埋め込んだんです。ただし――」

「人体実験が禁止されてるからって、自分の脳削って使ったんだよね」

「……はい」

 アサミの言葉に、生徒達は「おえ」と声を漏らした。吐きそうな顔をしている生徒の姿もあるが、二人は平気な顔で説明を続ける。


「教授は、実験の後遺症で亡くなりました。ですが、教授の意志を継いだ研究者たちによる研究は続き、後に動物的な思考を獲得した、命令せずとも自立して動くファウストが生まれるようになります。その完成形となっているものが、今私達を守ってくれている、私達の代わりに戦ってくれている彼らですね」

「まぁ今のファウストに入ってる培養脳って中絶された胎児の脳構造コピーしてるからだいぶ馬鹿なんだよね、大人の脳使えばもっと賢くなるはずなのに何でしないんだろ」

「……それは人権というものがありますからね」

「馬鹿らし」

「アサミさんと同じ意見の人は当時から多かったようですが……、現在使われているのは脳構造のコピーですから、同じ脳を持ったファウストが複数存在します。ですが、教育用データにランダム性を付けることで、別のファウストとして成立させているわけですね」


「それって、全部同じじゃ駄目なんですか?」

 一人の男子生徒が声を上げると、アサミが大きな溜息を吐いた。


「目の前に完全に自分と全く同じ奴居たらどう思うよ」

「……気持ち悪い?」

「そういうこと。自我が保てなくなって自殺する個体が量産されたからやめたの」

「…………」

 男子生徒は質問を後悔した顔で俯いたが、質問の内容としては適切であった。誰かが聞かねば、二人が説明しなかった内容であるからだ。


「教育用データを書き込むのにも、胎児の脳構造というのはまっさらで都合がよかったんです。大人の脳を使った実験も――犯罪者などを使ってしていたようですが、既に完成された大人の脳に思考の変化をつけることは難しく、アサミさんの言った通り自殺する個体が生まれたので、結局、量産には至らなかったんですね」

「まだ自我がない胎児ならそのへん問題ないらしいけど、念のためっぽいね」

「そのようですね。同じように成長してしまえば同じ思考を獲得する可能性があるので、念のためランダム性を付けている、と発表されています。問題は、アサミさんの説明した通り、人として生きたことのない胎児の脳構造をコピーしてるわけですから――」

「馬鹿なの。クッソ馬鹿。命令したことにはまぁ従うけど、機械よりマシ程度」

「そこで、まだ機械的にしか動けない彼らを、人が指揮する必要がありました。最初は国連軍が、後に共和国軍が成立させた、ファウストを操る職能。それが――」

指揮者コンダクター


 説明の終着点がようやく見えてきた生徒達は、なるほどな、と頷いた。

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ひとでなしのかれら 衣太 @knm

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