第12話
「だぁー!!」
カフェテラスで叫んでいると、背中をチョンチョンと叩かれる。
ガルルルと唸る野犬の様相で振り返ると、後ろに立っていたのはコーヒー片手のフェリだ。目の隈が以前より少しだけ薄くなってるような気がするし、目もちゃんと開いてるし表情もなんとなく明るい。久し振りにしっかり寝れたのだろう。
「聞いたよー、ポルスカ入り決まったんだってー?」
「しかも二階級特進よ!?」
「あははははっ、完全に死地じゃない」
「そうよ!? まだ任官2年目なのに!」
「まぁそういうこともあるでしょ、軍人なんだし」
「知ってたけどさぁ…………」
配給券――第2エデンでは給料の他に配給券が渡されている――を、どうせ使い切れないからと大量に使い、食べきれないほど並べたケーキを食べ比べながらも溜息を吐いた。甘いはずなのに、好物のはずなのに、全然美味しく感じないのがまたつらい。
「フェリは私の代わりに生きてね……」
「あたしが死ぬとしたら、ここが無くなる時だろうしねー」
「情報科のエリート様はこれだからぁ……」
「言うて情報科と指揮科の戦死率大差ないわよ? どっちも3%以下。こっちは過労死でそっちは戦死って違いはあるけどね」
「なんで内勤なのにたまに戦死報告あるのよって思ってたけど、こういうことだったのね」
ケーキの表面をコーティングしていたチョコをフォークでぱりぱりと割りながら口に放り込み、溜息を漏らした。
「で、ポルスカってどんなとこ?」
そういえば私は任地のことを何も知らない。これまでの拠点とは明らかに呼び名が違うし、任務内容から人間が住んでるっぽいことだけは分かったのだが――
「……だから授業は真面目に聞いておきなさいって言ってたでしょ」
教える詫びにか、まだ手を付けてないフルーツタルトを強奪したフェリが呆れ顔で返す。
「旧ポルスカ自治区は、エデンに
「え? それっていつの話?」
「作られたのは80年前くらいだったかしら? まだエデンの建設ブームがあった頃ね」
「……エデンになれなかったのに、どうしてまだ残ってるの?」
地形データを見ると、欧州方面軍戦地の西の果て――ほぼ海沿いのエリアではあるが、大陸と陸続きで、私の育った第19エデンのような人口島でなければ、ここ第2エデンのような浮島でもないようだ。
肉の身体を持ったまま海を渡れるフラウは然程多くないので、現存するエデンのほとんどは海上に存在している。海という天然の防壁を利用することで、人々は今の時代を生きているといっても過言ではない。
「あぁ、単純な話よ。陸路が完全に死んでるからよ」
「どうして?」
「居住地が全部地下――天然の洞窟とかを利用して作られてるの。地下200mくらいだったかな? 陸路では出入り出来なくて、出入口は海の中だけ」
「……そういうことね。でも、そういうところって他にもないの?」
「割とあるわよ? 両手では数えきれないくらいにはね。エデンに移住出来なかった人とか、エデンから追い出された人とか、帰れなくなった
「つまり結構安全ってこと!?」
「半年前まではねー」
「…………」
フェリはタルトから剥がした桃を口に放り込んでそう言った。期待を一瞬で裏切ってくる。いやまぁそうだよね。そんな安全なとこで前任者戦死しないわよね……。
「半年くらい前から、街の中にフィフスの
「なんで!? してよ! 私の命が懸かってるんだから!!」
「絶対に見つけらんないのが分かってるのよ。
「しなかったの?」
「
軽い口調で返されて、それもそうか、と項垂れた。
フェリの所属する情報科は、共和国軍最大の規模を誇る欧州方面軍であっても、片手で数えられる程度にしか兵員が居ない。高度な情報処理能力が必要とされる兵科なので、
フェリ曰く壊れかけ――100年以上前に打ち上げられた監視衛星を騙し騙し使い続けており、メンテナンスも出来ないし、壊れたらそのまま浮かばせているらしい。そんな事情もあるので、情報科の仕事は困難を極めると以前教えて貰ったっけ。
「さっき調べたけど、あんたの前任者は一応、現地人使って調査をしてたみたいよ?」
「え? でも私の任務にそういうのなかったけど」
「半年かけて見つけらんなかったから、もう諦めてるんでしょ。周辺の鉱物資源もほとんど掘り尽くして自治区自体の役割がなくなってきたから、そろそろ本格的に放棄するんじゃないかーって噂。いやまだ噂レベルよ? でもあんたに回ってきたってことは、ね」
「…………やっぱり敗戦処理じゃない」
溜息交じりに呟くと、まぁまぁと背中を叩かれる。もしかしたら栄転かもと思ったのに、案の定か敗戦処理。私の仕事は、やっぱり変わらないようだ。
「理由はどうあれ、あんたの歳で尉官になるなんて異例なのよ? 生きて帰ってきたらほとんどの先輩が自分より下の階級になるんだから、それ目標にしなさいよ」
「……そういう考えもあるのね」
言われてみると、指揮科に所属するほとんどは下士官――偉くても曹長だ。
これまで私にデカい顔をしてきた男共は、大抵一曹か曹長だ。功績を上げられるような任地は尉官の先輩方に独占されているので、定年まで下士官を続けている者も多いらしい。まぁその前に適正なしと退職勧告されるらしいけど。
「それに、見たわよ?
「駄目元だったけどね」
「まぁ優秀でも扱いづらいのは間違いないし、状況からしたら割と適性ありそうなのよね。
「私は別に専門にしたつもりはないんだけどね……」
「職を全う出来てるだけ充分よ。実際あんた、ウチでは結構評価高いのよ?」
「え? なんかしたっけ?」
「拠点放棄した後でも、ちゃんと報告書書くでしょ」
「…………それだけ?」
「そうよ」
無料のコーヒーを飲み終えたフェリは、セルフサービスのコーヒーメーカーからお代わりを注ぐと、ミルクと砂糖を山ほど入れながら言った。
「予定通りの拠点放棄なんて、指示書のコピペして日付だけ手打ちして達成のハンコ押すだけの
「えぇー……」
私毎回半日くらいかけて細かい報告書作ってるんだけど、あれ必要なかったの? っていうか私にあの作り方教えてくれた曹長、あれでもちゃんと指導してたってこと……? 前のエデンでもあそこまでちゃんと書類作ってなかったのに……。
「資源採掘の調査報告書だってコピペせずにちゃんと書いてるし、実数とも合ってるから毎回あっちの
「そういうの今更言わないでよ……」
「あはは、ごめんて。でもまぁ、栄転なのは間違いないわよ。適当に仕事する人が行ったら絶対やらかすからね、ここ」
「……そんなヤバいの?」
「ヤバいも何も。名前通り、
「自治区って……それのどこに問題があるの?」
聞いてみると、フェリはハァと大きな溜息を吐いた。
「そこには、
「えっと……すっごい強いってこと?」
一応思い浮かんだことを口走ってみたら、噎せられた。違ったみたい。
「ごほ、……いつフラウに襲われるかも分からない。いつエデンから捨てられるか分からない。ファウストだってほとんど配備されないから自衛しなきゃいけない――そんな人たちが、私達みたいに安全なところでのうのうと生きてる
「あー……」
――なるほど、そういうことか。
あくまで自分の尺度で考えていたけれど、そうじゃない。
そこに居るのは、自分たちの土地を自分たちの力で守っている人たちなんだ。それは、安全なエデンで生まれ育った私達には、絶対分からない感覚で――
「あんたの前任のオットマー中尉、戦死報告書上がって来てるけど、ちょっと変なのよね」
「変って?」
情報科の備品であろうタブレットを操作したフェリは、私にその画面を見せてくる。何度か書いたことがある戦死報告書だ。軍人が作戦範囲内で死んだ時とかに書くやつ。――ちなみにアンドロイドは人間ではないので、いくら死んでもそれを書く必要はない。
「……は?」
オットマー中尉:39歳
死因:被弾による失血死
「思いっきり他殺じゃないの!?」
「一応任地で死んだから戦死扱いだけど、これ完全に他殺よねー」
「…………」
言葉を失う。危険なのは分かっていたが、
フラウに襲われるから危ないんじゃなくて、現地住人に襲われるから危ないってこと!? どういうことなの!? そんなところで避難民の選別するって、どう考えても逆恨みされて殺されるやつじゃない!!
「ね、ねぇ、自治区って何人くらい住んでるの?」
「10年前の統計だと30万人ってことになってるけど、まぁ適当でしょうね。こんなとこに市民証持ってる人なんてほとんど居ないから、目で数えるしかないのよ。真面目に数えるなら水の消費量とかで計算出来るけど、こんなとこに統計学者は行かないしね」
「……そんな中に、分隊規模の護衛連れて行くの?」
「そういうことね」
「…………」
「避難民を先導してるファウストがまぁ、大隊規模で居る予定(・・)だから、そっちを自分の護衛に回しても良いでしょうけど、あんまりやりすぎると避難民からの反発もあるだろうから気を付けてね。元は彼らの働いてた資源回収拠点の防衛要員なんだから」
釘を刺され、あまりの状況の悪さに、溜息が漏れた。
少なくともそこには自治区を守ってる人たちと、避難民という二種類の人種が居る。それらは両方とも私の味方ではなく、自治区の人は前任者を殺したっぽい前科アリ。避難民は護衛付きだけど、自分たちの拠点の護衛だから帰属意識を持っている。
何より後者は
フラウに支配された大陸を渡って別拠点に移動するなんて簡単じゃないし、移動中にフラウの襲撃を受けて全滅することだってある。命懸けで働くことで家族に送金をしている者がほとんどだから、彼らは
「前任者よりあんたに有利な点が一つだけあるとしたら、若い女ってところね」
「……可愛がってもらえるとか?」
「前任者よりあんたに不利な点は――まぁ山ほどあるけど一つだけ挙げるとしたら、若い女ってところね」
「それどっちかというとマイナスの方が大きいんじゃない!?」
流石に笑われた。いやでも、そういうことなのよね。ゴツイ軍人と若い女、襲うならどっちが楽って話。
私なんて一番口径の小さい拳銃すら重くてまともに持てないし、反動強くて的に当てられないし、士官学校の体力テストとか普通に最下位だった。年齢もあるけど!
護衛が居なければ一瞬で暗がりに連れ込まれて――まぁアレだろう。言葉にならないアレになってしまうと思う。授業は聞いてなかったのでよく知らない。
「死にたくなぁい…………」
弱々しいその言葉を聞いて励ましてくれるのは、1万人を超える軍人が働く基地の中でも、フェリ一人だけだった。
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