第11話
「私を指名……ですか?」
「あ、うん。まぁ君個人というより、条件に該当するのが君だけっぽいんだよねぇ、うん」
ぺこぺこと空に頭を下げる冴えない感じの禿げ頭の中年男性――といっても階級章は中佐で私とは比べ物にならない程の上官だが――は、呼び出した私に部署異動の内示を伝えてきた。
それ自体は珍しいことではなく、あくまで欧州方面軍の中で戦地を移るだけ、書類上の部署が変わるだけで特に働く場所が変わるわけでもないという慣れたものなのだが、今回は珍しく、話したこともない中佐に呼び出されたのだ。
「行先は、旧ポルスカ自治区――君、えぇと……」
「アサミ・ユイハシ二曹です」
「う、うん。アサ
こちらのエデンでは珍しい発音のようで、名を間違われることは気にしていない。
普段から誰も手を出さない敗戦処理ばかりを担当している私は、喜ぶに喜べなかった。
だってこれまでのログ見られて選ばれたんなら、私が敗戦処理の専門家に見えちゃうじゃない。そうじゃないのよ。新人の選べる仕事なんてそれくらいしかないの。
「そこで、何をすれば?」
「今までと同じ――って言いたいところだけど、き、記録見るに違いそうだね。えぇと、ロッキンスキー曹長の下に居たんだっけ、彼のやり方しか知らない、よね?」
「まぁ、そうですね。書類の作り方
直属の上司ということになってる曹長は、エデンを移住して最初に数回会った程度。
第19エデンとは少しやり方が違ったので、当初はちょっと揉めて無理矢理押し付けられた上司だ。結局、書類作成の仕方だけ教えてどっか行っちゃったけど。
「アサ
「……選別、ですか」
名前を間違えられたことより、その表現が気になり、怪訝な顔で返す。
「そ、そう、これから来る避難民は
「了解しました。……え?」
今なんか、変なこと言われなかった?
「いま
「あ、あ、うん。そういう、ことだね」
あははと禿げ頭を掻きながら笑われ、今すぐコイツにショットガンをぶち込んでやろうかと思ったが、残念ながら内勤の私に銃は支給されていない。こういうときのためだろう。
「……
「あ、う、うん、普通はないんだけどね、他の兵科にとっては、そうじゃないから、ね」
「…………」
思わず溜息が漏れた。禿げ頭のクソ野郎は気にしてる様子もないが、これで態度不良と言われれば儲けもの――くらいの反応である。
「指揮官
「あ、違って、
「……二曹でしかない私に、そんな大役が務められるとは思えませんが」
「う、うん。そうなるから、ね。はい、これ」
何かワッペンのようなものを手渡してきたので、渋々受け取る。
階級章だ。――
「と、特例だが、二階級特進だ」
「…………死ねと?」
「そ、そうじゃないよ」
両手をぶんぶん振って否定される。
――が、普通は二階級特進なんて名誉の戦死を遂げた時くらいだ。
平時、それも特に功績を上げたわけでもないのに特進する理由がない。
「し、指揮官が下士官だと、ほ、他の兵科にね、示しがつかなくてね……」
「……こんな簡単に階級だけ上げられても、納得されるとは思えませんが」
「あ、あぁ、そ、それは気にしないで。せ、戦時特例で階級上げて指揮するとか、よくあることだから、ね。う、うちみたいな安全な兵科だと、あんまりないけど……」
悪びれる様子もなくあははと笑われ、何度目かの溜息が漏れた。
「理解しました。では、引継ぎは誰から? それも現地に居ますか?」
「……な、ないよ」
「はい?」
「ぜ、前任の
「……戦死でしょうか」
「う、うん」
「…………」
やはり死ねって命令じゃないかと、溜息すら漏れず天井を仰ぎ見た。
まだ軍に入って何も成せていないのに、もう死ね――か。指揮科は死亡率が圧倒的に低いと聞いていたのに、なんでよりにもよって私なんだ。選んだ奴が代わりに死ね。
「そ、それでね、護衛を少しは持ち込めるんだけど」
「……では、これから死にに行く私のお願いを聞いてもらうことも出来るでしょうか」
「ん、うん? 何かあるのかな?」
こうなったら、もうどうでもいい。
私のお願いを聞いたクソハゲ中佐は、疑問を返しはしたが、最終的には頷いてくれた。
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