第13話

 理路整然と姿勢を揃えて横一列に並んで待つのは、10体のファウスト達。


「ふぁあ……」

 隣に立つ大男が姿勢を崩し欠伸をしたのを見て、アグレッサーは銃床で小突いた。

「緊張を解くなベオウルフ。相手は新人だが、尉官だぞ」

「へいへいアグレッサー。どうせいつもの、俺達が一言喋るだけで固まるエリート様だろ?」

「……それでも、だ」


 輸送船から降り、自治区の代表と立ち話をしている尉官の姿を眺めていたアグレッサーは、また変なのが来たな、と心の中で呟いた。


「ベオウルフ、態度不良で懲罰受けるの何回目?」

「さぁなぁ」

「軍人殴って独居房入りが6回、記憶凍結が2回、メモリ交換が3回ね」

「うへ、絶対殺しといた方が良いよこいつ」

「アァ!?」


 ベオウルフというエースナンバーを持った男性型ファウストの代わりに説明したのは、髪の長い女性型ファウストである。

 この時代、女性型はあまり数が多いわけではない。それは戦闘力の差――というわけではない。自由に筋肉量を調整出来るファウストにとって、性差と戦闘力に因果関係はない。


 問題は――


「つーかスクルドさんよぉ、毎回思うんだがおめえのその乳、何入れてんだぁ?」

「冷却水よ」

「水風船ってか。つまんねー」


 エデンの外で働く軍人や採取者ギャザラーは、どうしても力の強い男性の割合が多い。 

 女性型ファウストが少ないのは、女性型というだけで大切に扱われたり、エデンの外は女性不足なこともあって、ファウストに欲情してしまう恐れがあるからなのだ。

 そういうわけで、目の前で死んでも惜しくない、同性からは同情も欲情もされづらい男性型が量産の主流となっているという事情がある。


「……スクルド、ベオウルフを煽るのをやめろ」

「了解、アグレッサー」


 豊満な胸――といっても冷却水の詰まったタンクだが――を持ち上げて煽るような視線を向けていたスクルドは、アグレッサーに注意されると姿勢を正し敬礼を返す。

 して、輸送船から降りてきた新任の尉官が近づいてくるのを見て、ようやくそちらに意識を向けたベオウルフが、「ひゅう」と口を鳴らす。


「貴官の護衛に任命されました、『アグレッサー』です。以後、宜しくお願いします」

 代表して一歩前に出、敬礼をしたアグレッサーは、向かい合った尉官を観察した。


 ――子供だ。


 12歳前後だろうか。エデンで暮らしているとは思えない、やせぎすの子供。

 義務教育課程を終えてもいないんじゃないかという低身長で、尉官としては異例の若さではあるが、状況からすると特進であろう。大方、元は曹長かそこらか。

 子供が尉官に上がれるほど、エデンは落ちぶれてはいない。指揮者コンダクターに年齢は関係ないとは知っていたが、まさかこんな子供が優秀な指揮官だったりするのだろうか。


 と、そう考えたが、即座に否定した。そういうタイプの人間は、若かろうが、女だろうが、もう少し自信をもった表情をしているものだ。この尉官は、そうではない。

 上の席が空いて尉官になったか、それとも左遷され書類上だけ昇級したとか、そんな程度だと判断した。――その予想は、間違っていない。


「エア共和国欧州方面軍指揮科、渉外部付き指揮者コンダクター、アサミ二そ――です。宜しくお願いしますね、アグレッサー」

「はい。身の回りの世話は、こちらのスクルドが行う予定です。そのため特例で会話モジュールを搭載していますが、事前に許可は取ってありますので――」

「あぁ、別に要りませんよ、

「…………はい?」

「私は、あなた方が自分の意思で喋ることが出来ることを知っています」

「…………」


 思わず言葉に詰まったアグレッサーは、後ろで並ぶ部下達の数名が吹きだしたのを聞いて、振り返り睨みつける。


「ハ、ハハ、ガハハハハッ! それ俺らに向かって言う奴初めて見たぜ!」

 皆を代表してベオウルフが爆笑するが、隣に立っていたスクルドが代わりに蹴っ飛ばしてくれたので、小さく嘆息して再び少尉に向き直る。


「……どこでそれを知ったのかは知りませんが、一応機密ということになっていますので」

「そうですか。まぁどうだっていいです」

 意外な反応に、アグレッサーは目を見開いた。


 分隊員のうち数名は、アサミ少尉自ら指名したと指令書に書かれていた。

 その中には、アグレッサーの古い戦友もおり、再会を喜んだものだが――記憶凍結のとしてアグレッサーの戦歴がほとんど抹消されている関係上、当時を知らない若い指揮者コンダクターがそれを知っているとも思えないので、偶然だろうな、と考えていた。


 エースナンバーといえど、皆が戦場で華々しく活躍しているわけでもない。特にスクルドなんかは、戦場に出ることすらほとんどない非戦闘用かつ後方支援・情報処理モデルだ。

 アグレッサーやベオウルフのように、戦場で長く戦い続けてるうちにエースナンバーを渡され、その後も様々な戦地で酷使されている個体も居るが――

 ともかく、この分隊は、自治区の護衛要員としてはかなり過剰な戦力であろう。

 どうして二階級特進した少尉ごときがこのような面子を集めることが出来たのか、それは今のアグレッサーには分からない。


「……立ち話もなんですから、宿舎に案内します」

「は、はい!」


 振り返り顎で合図すると、スクルドは人間であれば誰しもが心を開きかねない優しき笑みを少尉に向け、手を引いて歩き出す。

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