第14話

「はぁ…………」


 少しだけ埃っぽい、薄っぺらいベッドに横たわり、アサミは恥ずかしそうに足をばたつかせながら声を漏らす。


「なんなのよもう……顔見て分かんないのは仕方ないけどさぁ……、一月くらい話してたんだから、声聞いたら分かりなさいよ……」


 アサミは知らない。資源回収拠点に置かれた無線機は大抵オンボロで、相手の声が男か女かも分からないほど割れた機械音声になることを。

 アサミは知らない。、アグレッサーが指揮者コンダクターの個体識別なんてしようとしていなかったことを。


 デザイナーズマンションのような、言い換えればコンクリート壁の天井は今にも崩れそうな様相だが、たぶん大丈夫。尉官が泊まる宿舎がそんなボロいはずないんだし。

 壁に数えきれないほどの弾痕があるとか、窓だけ明らかに交換したての新品なのはちょっと気になるけれど、今更そんな状況に文句を言える立場ではない。


 スクルド――偶然近くの拠点を移動中だったため分隊に組み込めたエースナンバー持ちの女性型ファウスト――は同部屋で寝ずの番をすると言ってくれたが、いくら柔和な笑みを崩さない女性型といえどずっと部屋に居られると落ち着かないので、隣の部屋に移って貰った。

 アグレッサー達は上と下の部屋を使うらしい。


 先程聞いた話によると前任者は、ファウストが近くに居るのを嫌って、宿舎への立ち入りを禁止していたという。その結果に襲撃され命を落としたが、自業自得だ。

 私だって、安全を期すなら同じ部屋に居てもらった方が良いというのは分かる。

 けどあの、本当に落ち着かないの。喋れるって言っても用がない時は皆黙ってるし、話しかける時は気遣っちゃうし。なんか精巧な置物がこちらを見てる感じがして怖いのよ。


「避難民の誘導は自治区の人がしてくれるから、私はグループごとに優先順位のフラグ付けて、輸送船の方に情報送って、あとは避難民の数が合ってるか確認して――あぁ面倒臭い。これ絶対にの仕事じゃないわよね?」


 前任者の置いて行ったパソコンを起動し自身のIDでログイン。周辺のマップデータは、――前任者がサボっていたのか、2年以上前のものだった。それらをアップデートし広域マップもインストール、輸送船や避難民の現在座標を地図に落とし込む。


「あれ、船かなり少なくない……?」


 避難民の数から想定するに、こちらに向かっている輸送船の数が明らかに少ないように思える。ピストン輸送で運ぶといっても限度がある。

 私の場合は、安全を期して第2エデンから輸送船団を乗り継いできたので2か月くらいかかったが、自治区から最寄りのエデンまでは2週間ほどで着くという。

 避難民の行き先はエデンということになっているが、問題はこれから来る避難民のほとんどは採取者ギャザラーで、彼らはエデンの市民証を持っていないということだ。

 ここ旧ポルスカ自治区住人のように元からエデンの市民証を持っていない場合もあるが、エデンを出て外で働くことを決めた彼らに、帰る家はない。

 市民証は結構高値で買い取られるので、採取者ギャザラーになると同時に売却する者も多いのだ。

 彼らは一時的にエデンに向かってもすぐに他の資源回収拠点に送られるだろうし、場合によっては船がそのままエデンに向かわず資源回収拠点行きになる可能性もある。

 そのあたりは輜重科の領分なので私に関与出来ることはなく、なるべくグループごとに分けて船に載せないといけないわけだが――


「いやこの聞き取り調査の結果何なのよ。大体300グループほどに分かれてますって。何基準? もうこんなの分類してないに等しいじゃない……」


 避難誘導の際は人種や出身地を基準にグループを分ける必要がある。避難民の調査もしていたであろう前任者からの引継ぎデータを見るに、たぶん聞き取りなんて全くせず、データの相違点から適当に並べただけなのだろう。

 溜息交じりに表計算ソフトを起動し、まずは生死判定から始めようとしたところ――


「少尉!」

 アグレッサーが、飛び込んできた。


「あ、アグレッサー!? ここ6階なんですけど!? どうしたんですか!?」

「敵襲です」

「て、敵!? フラウですか!?」

「いえ」


 アグレッサーは冷たい声でそう返すと、壁に立てかけていたショットガン――訓練してなくてもこれなら当たるだろうと自治区に入る前に支給されていた――を手にし、ハンドグリップを引き、――ガギッと異音が鳴ったのを聞いて軽く舌打ちすると、ぽいとベッドに放り投げた。


 少し遅れて部屋に飛び込んできたスクルドから短機関銃を受け取ったアグレッサーは、窓から僅かに顔を覗かせ、外の様子を伺っている。


「……あの、アグレッサー」

「なんでしょう」

「あなたは銃使えるんですか?」

「はい」

 そう頷いたアグレッサーの戦績は、穴が開くほど見た。


 フラウの撃破数――79851体、うち、子体ベビーが7体。

 これは、個人が残したスコアでは歴代でも上位1桁に入るほどの成績であり、現在生存しているファウストの中では、2位以下に大差を付けての圧倒的な1位である。


 だが、彼の使用武器として登録されているのは、『オサフネ』という名の近接武器だけ。

 よほど古い型式の武器なのか、それとも量産されていないのか、データベースには名称以外登録されておらず、更にはアグレッサー以外が使用した記録もないため詳細が分からない。とりあえず弾とかは出ないらしく、補充や整備の痕跡はなし。

 先程会った時には持っていなかったようなので、少し気にはなっていたのだが――


「アサミ少尉、アグレッサーの武器は、このような閉所戦闘には向きません」

 アグレッサーが放り投げた私のショットガン――たぶん整備不良で詰まジャムってる――を拾い上げたスクルドが、そう教えてくれた。


 スクルドはショットガンを手にしたまま私の傍に寄ると、窓からの盾になるよう座り込み「こちらへ」と手招きをしてきたので、彼女に隠れるようちょこんと縮こまって座った。


「……そうなんですか?」

「はい。このような閉所の護衛任務で持ち出すと死傷させる恐れがありますので、今回は自重してもらっています」

「な、なるほど……」


 どんな武器か想像も出来ないので生返事で返す。

 しかし、今の説明に若干の疑問を覚えた。仲の良さのような、そんな無遠慮さを感じたからだ。分隊員のほとんどは別の拠点で活動していたファウストの寄せ集めなので、戦地が被ったことはないはず。

 そもそもアグレッサーなんて、戦地が被った者がほとんど全滅しているのだ。特に内勤のスクルドと面識があるはずない。


 だけどまるで、彼らの様子は古い友人と再会したかのような――


「あなた達は――」

 口を開いた瞬間、アグレッサーが銃を持った手を窓から突き出し――射撃した。


 タラララララと軽い音が断続的に響き、思わず「きゃっ」と声が漏れる。

 銃声を聞いただけで悲鳴を上げるなど、軍人失格だ。――分かっている。でも実際慣れてないんだから仕方ないでしょ。


 アグレッサーは短機関銃のマガジンが空になるまで射撃すると、身を隠し高速でリロード。士官学校で見た教官のリロードより、数倍速く見えた。


 ――これが、20年以上を戦場で生きてきた、歴戦のファウストということだろうか。

 アグレッサーが身を隠すとほぼ同時に、上階と下階からも射撃音が聞こえる。それらが静まると同時に、再びアグレッサーが射撃。


「……慣れてますね」

「まぁ、そうですね。相手は専門ではありませんが」

「相手は、人間なんですか?」

「フラウでもファウストでもない外敵を人間と呼んで良いのなら、相手は人間ですね」

「…………」


 優しい表情とは裏腹に、少しだけ棘のある言い方だった。

 敵味方の判別なんて、自分たちにはする必要がないとでも言いたげな表現で――


「襲撃の理由とか、……というか、そもそも本当に私を狙ってるんですか?」


 絶え間なく続く銃声の中、自信のなさが声からも滲み出るほど弱々しく聞いた私に、聖母のような笑みを向けてくれるスクルド。女性型アンドロイドのを、私は早くも理解した。これが男性型だったら、気軽にこんな質問など出来なかったことだろう。


「襲撃の理由は分かりかねますが、我々には敵愾心――簡単に言うとを感知する機能があります。こちらに殺意を向けている者が、銃を持ってコソコソと近づいてきている――殺すには十分な理由です」

「……え?」


 まさか、? ぽかんと口を開いた私がそう問おうとしたのを察したか、スクルドは私の口に人差し指を当てると、小さく微笑んだ。

 柔和な笑みを崩さない表情はそれと真逆なのに、、と言われているのが分かったので、冷や汗を流しながら頷き返す。


「私達の任務はアサミ少尉の護衛及びサポートです。それ以外の任務は承っておりません」

「で、ですが、現地住人との――」

「……アサミ少尉は、対等でない立場の相手を、交渉のテーブルに着かせるための条件を知っていますか?」

「はい?」


 突然の質問に疑問を返しつつも、考える。

 対等でない相手とはこの場合、自治区の住人や避難民のことだろう。

 エデンから派遣されてきた現場指揮官である私は、当然避難民より偉いし、現場入りしている軍人よりも、なんなら区長よりも偉い。


 だが、彼らには数がある。そして、ここを守ってきた矜持プライドがある。

 前任者は、彼らとのコミュニケーションに失敗したから戦死することになったのだ。ならば私はそれに失敗しないよう、出来る限りのことをしようと意気込んでいたのだが――


「それは、双方が対等の立場だと、分からせることです」

 私の答えが待ちきれなかったか、スクルドは続ける。


「対等? 私達と、彼らがですか?」

「はい。ここの住人にとって、アサミ少尉は軍服を着た、です。何も知らない小娘が、突然自分たちが作ったムラに土足で踏み入って上から命令してきたら……、どう思いますか?」

「……反発、しますよね」

「はい。つまりこれは、です」

、ですか……」


 思わず、溜息が漏れた。

 それは、彼らの生き方に――ではない。自分の甘さにだ。


「彼らにとって、私は自分たちより下の存在ってことなんですね……」

「そういうことですね。前任者が殺されたのに何の調査もされなかったことで、味を占めてるんでしょう。……もっとも、それだけではないようですが」

「…………なんなのよ、もう」


 思わず悪態をつくほどに、最悪の状況だ。


 私は、当たり前だが彼らに上から指示するつもりでここに来た。輸送船から降りて自治区の代表者らと顔合わせをした時も、――と自己紹介までしたのだ。

 それによって、彼らより上の立場の者だと、偉そうにしてしまった。

 私なんて、輸送船の中で12歳になったばかりの小娘なのに。


「そりゃ、反発もするわよね……」


 彼らにとって少尉とはワッペンに書かれた情報でしかなく、自分たちより上の立場という証明になどならない。そうとも知らず、私は彼らを見下していた。

 前任者の二の舞にならないよう、あぁもシミュレーションしてきたというのに。


「えぇと、つまりこの戦闘は――」

「見せしめ、ですね。そろそろ――」

 スクルドが窓の方を見るので、そちらに目をやると――


「え」

 上からなんか降ってきた。えっ、今の何!? 窓から一瞬見えただけだけど明らかに人型してたわよね!?


「死にたくなきゃぁ武器下ろして手ぇ挙げろォ!!!!」

 アグレッサーによる射撃が収まると同時に、そんな叫び声が聞こえた。ベオウルフというエースナンバーを持ったファウストの、力強い怒声だ。


 ベオウルフのことは、私は指名などしていない。指名していないエースナンバーが分隊に配備されていたことに驚きつつも喜んだが、ログを読んだらドン引きした。

 平均損耗率72%。治癒能力に優れたファースト因子のファウストでなければ即日廃棄されるレベルの損耗を、これまでほとんど全ての任地で繰り返していたから。

 つまりそれほど、彼は自らを省みない戦い方をするというわけで――

 

 銃を下ろしてからもしばらく窓の外の様子を眺めていたアグレッサーであったが、小さく溜息を漏らすと窓から離れた。

 外から絶え間なく銃声が聞こえる。先程までと違い、上下階からの音ではない。地上での射撃――ベオウルフだろう。


「殺さないとはぁ、言ってねぇがなぁあああ!!!!」

 そんな叫び声が外から聞こえたので、私も溜息を吐いた。


 あぁ、うん。確かにそうよね。武器下ろせとは言ってたけど、武器下ろしたら殺さないなんて一言も言ってないわよね……。


 結局襲撃から10分ほどで銃声は収まり、アグレッサーが窓の外に手を出し何か合図をすると、再び窓から飛び込んでくる分隊員の姿。

 あなた達、階段って知らないの? そう突っ込みたい気持ちを、なんとか抑えた。

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