ひとでなしのかれら

衣太

第1話

 埃まみれの指揮所に設置された放射線探知機が、ビービーと異音を鳴らす。


『緊急です! 拠点周辺の放射線量増大! セブンスの母体母体マザーの可能性があります!!』


 室内に設置された無線機から、男か女かも分からないほど割れた音声が響く。


「――いえ」

 苦笑する皆に代表し、戦闘用アンドロイドの一体が、否定の声を返す。

「あれは子体ベビーです。――母体マザーには遭遇したことがあるので、見たら分かります」

人の代わりに戦う戦闘用アンドロイド『ファウスト』――そんな中でも、『仮想敵アグレッサー』なんて不名誉なエースナンバーを持つ彼は、ただの枠しか残されていない窓から外を眺める。

『そ、そうですか。失礼しました』

 無線機から聞こえる謝罪には声も返さず、アグレッサーは集まる部下達の顔を見やる。


 皆の表情は、緊張というより、ようやっとこの時が来たか――といった表情であった。

 ――待ち人来たれり。しかし、それは死神であったが。


『皆さん、死なないで下さい』

「それは、命令でしょうか?」

『…………いえ、です』

 顔も見えない相手が、唇を噛んだのが分かった。

 ――珍しいな、とアグレッサーは思った。そのような感覚を覚えた者は他にも居たようで、「へぇ」などと声を漏らしている。

「で、あれば。可能な限り指令書通りに行動したいと思います」

『――そ、それは』

「あなたが死ぬなと命令をすれば、我々は今この瞬間にこの場を放棄して撤退します。発言には十分注意してください」

『…………申し訳ありません』

 大方、この通信を送ってきている指揮者コンダクターも新人なのだろうなと、アグレッサーはマイクに拾われない程度の溜息を吐いた。


 指揮者コンダクターとは、ファウストを指揮する能力を持った軍人のことだ。

 だが、当のファウストにとっての指揮者コンダクターは、戦場に足を踏み入れることはなく、安全地帯からわけのわからない指令を出してくる無遠慮な奴ら、という印象である。

 結局、現場の指揮個体がそれを上手く噛み砕き、指令書からギリギリ逸れない程度の指示を部下に伝えるという二度手間が発生するわけで、ファウストにとって指揮者コンダクターは決して、優れた指揮官などではなかった。


「追加の命令がないようでしたら、戦闘準備に入ります」

『っ……、ありません。ご武運を』

「戦闘中は通信を遮断します。以後はそちらのをご覧ください」

『ま、待ってください、事後の報告は――』

「生き残った者が居れば、その者がするでしょう」

 そう言い放ったアグレッサーは、通信機に繋がれたケーブルを引っこ抜いて無理矢理通信機を黙らせた。

「お前ら、聞いたな」

 応、と返答を返す者、黙って頷く者、悲壮した顔で俯く者――三者三様の反応を返したファウスト達に、アグレッサーは告げる。

「ここが初任地の奴らは、災難だったな。出来るだけ敵を引き付けて死ね。耐用年数ギリギリまで生き残った奴らは――、まぁ、すぐに食われないよう気を付けて死ね」

 軽い口調で指令を出すと、悲壮に明け暮れていた者すら顔を上げ、小さく笑った。

どうせ全員死ぬんだから、有意義な死に方をしろ――指揮個体であるアグレッサーは、部下にそう告げている。

「そこで生きろって言わないのがアグレッサーらしいよな」

「でもそこが良いとこなんじゃない?」

「そうそう、無理して逃げろーとか頑張れーとか言わないところがね」

「つーかあの指揮者コンダクターなんだったんだ? 俺達に死なないでとか、ガキか?」

指揮者コンダクターも人手不足ってホントなんだねぇ……」

 各々好きに話す彼らを見ても、アグレッサーは表情を崩さない。部下に「表情モーフが入っていない」とまで言われるアグレッサーは、笑う時も怒る時も、常に無表情なのだ。

「相手はセブンスの子体ベビー、サイズは70メートル超ってとこか」

 窓から見えるのは、無数の足を動かし、ゆっくり歩を進める巨大な赤子状の

 何もない荒野を巨大生物が歩いているから遅く見えるが、恐らく自動車ほどの速度は出ているだろう。

 指揮者コンダクターからの緊急連絡がなくとも、アレがこちらに向かって進んでいることなど一目で分かった。故に、連絡が来る前から総員は既に戦闘準備を整えている。

「あんなの、核でも使わないと倒せないでしょ」

「それをさぁ、こんなオンボロ旧式武器だけって。せめて迫撃砲くらいくれれば戦いようがあったのに」

 彼らが掲げるのは、今から100年以上前に作られた銃火器である。

 中で口径の最も大きいもの――対物ライフルの弾を直撃させても、あの巨体の1%も削れないだろう。他の銃火器など、もう豆鉄砲どころか、砂粒にも等しい。

「残されたファーストは俺一人。残りは全員サードで、武器は旧式ときたか」

 部隊編成を見た時のことを思い出し、アグレッサーは溜息を吐いた。


 この拠点にも、はじめは大勢の採取者ギャザラー――人類拠点『エデン』の外での資源回収を生業とする人間のこと――が生活し、彼らを守るために大勢のファウストが配備され、最新鋭の兵器を含めた数多くの武器が渡されていた。

 だが、敵の数が多すぎた。とうにそれらは使い尽くし、状況が悪くなると採取者ギャザラー達は避難を始めた。生き残ったファウストは避難民を護衛する部隊とその場に残って足止めをする部隊に分かれたが、アグレッサーを含め、殿しんがりを受け入れたファウスト達に送られてきたのは、どこぞの倉庫から発掘したであろう旧式の銃火器だけ。

 これから何も出来ず死ぬ奴らに、高価なものを渡してなるものか――、とでも言いたげな、人間の悪意を感じさせる支援物資であった。


「ようやく出番が来たんだ。――晴れやかに死ぬぞ」

 応、と返す者。笑って銃を掲げる者。そして、泣きながら頷く者――


 ファウストは心を持たない、故に奴らは人ではない。

 人を模して作った、戦うためのだ。

 肉の身体を持ち、人の形を模しているのは、外敵からの寄生を防ぐため脳に組み込まれた母体マザーの因子が、にしか適応しないから。

人の形をしていることと人であることは、イコールではない。

 そんな詭弁を、アグレッサーは数えきれないほど聞いてきた。

 ここが初日地となる新人も、最初の教育課程――といってもデータを脳に直接書き込むだけだが――で繰り返し聞かされてきた、自らの存在意義。


 ファウストは、人の代わりに望んで戦う。

 命を惜しまず、仲間を救わず、どこへも逃げず、決して顧みない。

 そんな、冷たき戦闘用アンドロイド――それが、ファウストたるもの。

 

「さぁ、行こうか。最期の晴れ舞台だ」


 死を目前にした彼らは、決して逃げることなく武器を手に立ち上がる。


 人に作られた存在でありながら、機械の身体を脱ぎ捨て、生身の肉体を手に入れた彼らには、自ら足を踏み出す意志があった。

 それが何の意味もない一歩であっても、無理矢理やらされることと、自分の意思で戦うことは同義ではない。

人の手で作られた機械が決して得るはずのなかった『心』を彼らは、しかし自らの役割を放棄せず、人の代わりに奴らと戦う。


 ――『フラウ』と呼ばれる、地球の外から来たと。

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