第16話

「アサミ殿、此度の説明を求めます」

「説明、ですか?」

「はい。あなたの指揮するファウストによって、無実の住人が100名以上も死傷した件についてです!」

 髭面の老人――といっても眼光は鋭くエデンで暮らしてきた人種とは明らかに違う雰囲気を漂わせるその男性は、私を睨みつけると腕を組んでそう告げた。


 さて、事は数分前に遡る。


「少尉、近づいてくる集団が居ます」

 自治区入りした初日から襲撃を受けた件について報告書を作っていると、しばらく部屋から出ないと宣言したアグレッサーが窓の外に顔を向け報告してくる。


 明らかに外を歩いてる人が見える角度ではないんだけど、さっきスクルドの説明した、殺意を感じる機能によって知れたのだろうか。

 私はファウストにそんな機能があるなんて知らなかったが、意志を持たないフラウと戦うための兵に、あえてそんな機能を付ける必要はあるのだろうか、という疑問もある。


「……次は撃たないんですね」

「はい。相手が武器を持っていませんから」

「基準はそれなんですね」

「少尉なら素手でも殺されそうですが、俺が居る限り手の届く範囲には近寄らせません」

「……そうですか。えっと、それならお客さんってことで良いんですかね?」

 アグレッサーは黙って頷いた。代わりに困った表情をしたのは、スクルドだ。


「あの、アサミ少尉。なんかほっとした様子ですけど……私達からすると、銃を持ってない相手の方が相手するのは難しいんですよ」

「……どういう意味ですか?」

 スクルドは何と返せば良いか困った様子で、アグレッサーに視線をやると、アグレッサーが代わりに説明してくれた。


「俺たちは、身を守るという大義名分がなければ、民間人に攻撃が出来ません」

「…………あ」

「そうなんです。なので、舌戦ともなると私達は何の助けにもなりません。銃口でも向けられていれば話は変わりますが、たとえば口で「殺す」と脅されても、それが不可能な状況であれば、私達はプロテクトによって動けないんです」

「…………」


 あまりに話しやすくて、当たり前のことをすっかり忘れていた。結局彼らは、人によって作られた戦闘用アンドロイドなのだ。

 人を守り人の代わりに戦うという名目で作られている以上、自分たちに危害を加えない相手を殺すことは出来ない。

 たとえ私がどれだけ死にそうな思いをしたとしても、本当に死なないなら問題ないと判断されてしまう――と、いうこと。


 大した準備出来ないままやってきた集団の代表は、輸送船から降りた時にも話したここ旧ポルスカ自治区における副代表であった。


「100名以上――とおっしゃいましたが、まずはそこを訂正させて頂きますね。彼らの報告によると、の数は79人。追加で21人以上が怪我をしたというのなら、それは銃声に驚いて転んだだけなのではないでしょうか?」

 まさに銃声に驚いて転びそうな女子供からそんなことを返されるとは思っていなかった副代表は、一瞬だけ間の抜けた顔をしたが――すぐに顔を赤らめ言い返してくる。


「なっ!? 目の前で友人が殺されれば、誰でも驚きもするでしょう!?」

「アグレッサー、確認ですが、先の戦闘においての死傷者は居ましたか?」

「確認していません。殺したのは全て敵対者です」

「だ、そうです。ではやはり、少なくとも21人は、我々とは無関係の怪我人ですね」

 アサミは椅子の背もたれに身体を預けたまま、はっきりと断言した。


 齢12、それも二階級特進して尉官になりたての小娘ではあるが、アサミは見かけによらず、舌戦は得意であった。士官学校でも、ディスカッションでは上級生を押さえ常に勝利していたほどである。

 ――一言で説明しよう。アサミの性格が悪いからだ。


「す、少なくともその、79名はあなた方が殺害したのでしょう!?」

「当然ですね。軍人として、自らに危害を加える者を殺すのは当然の責務です。共和国憲章にも書かれていますよ」

「危害を加える!? 彼らがあなたに何をしたと!?」

「武装し、我々を襲撃しました。アグレッサー、これに間違いありませんか?」

「間違いありません」

「言うに事欠いて襲撃ですと!? この自治区に銃を携帯している者がどれだけ居るとお思いか! あなたはそれら全てを殺すというのですか!?」

「……積極アクティブ防衛ディフェンスという言葉を、ご存知ですか?」


 激高されても、声のトーンを一切変えることなく、落ち着いた口調を崩さず質問をしたアサミに対し、自分のペースに持ち込めずにいる副代表が、首を傾げる。


「『防衛のための攻撃』――という意味です。お判りでしょうか?」

「なっ……!? 無実の住人をそんな名目で殺したとおっしゃるか!?」

「そうなりますね。本当に無実であれば、の話ですが」


 別に自分が指示したわけじゃないんだけど――そう内心思っているアサミは、そんな表情を毛ほども感じさせない堂々とした口調で言葉を続ける。


「――まず、副代表は我々との関係を誤解しているようですね」

 アサミは、姿勢を変える。背もたれに身体を預けていたリラックスした姿勢から、少しだけ身体を起こし、机に腕をつく。


「誤解、ですかな? それは軍人が民間人より偉いという――」

「そんな話はしていません」

 はっきり、強い口調で断言したアサミに、副代表は口を噤む。


「私は、欧州方面軍から派遣され、ここに仕事をしに来ただけです。自治区の住人に対し、個人的な感傷など何一つとして持ち合わせていません。仕事を邪魔する者が居れば、軍人として対処するのは当然でしょう?」

「…………」

 別に、見下しているわけではない。そう断言することが重要なのだ。


 ――つい先程まで無意識のうちに見下していたのを、スクルドに指摘されたばかりだが。

 そうとは知らない副代表は、怒りの矛先を見失い、大きな溜息を吐いた。


「……では、79名の無辜の死者に関して、あなた方は何を想うと?」

「何も」

「補償は?」

「する必要がありますか? むしろ、安全と言われ提供された宿舎が安全ではないと知れた以上、こちらから補償を求めたいところですが」

「…………」


 12歳、それも特進で尉官になりたての、自分の孫ほどに若い小娘だ。

 恫喝すれば簡単に御せると思っていたはずの相手から、予想だにしない反撃を受け、副代表は歯をギリリと鳴らす。


「……アサミ殿は当然ご存知のことと思いますが、当自治区では近頃、フィフスの孫体ネプテムが目撃されています。過去に目撃証言のある区画を避けると、この建物が安全なのは間違いないでしょう」

「そうですか。では仕方ありませんね」

「これだけ精強なファウストを連れて来たのですから、アサミ殿にはそちらの対処もお任せして宜しいのですよね?」

「はい? 何故ですか?」


 「え、」と声を漏らす副代表は、怒りでなく疑問が上回ってしまっていた。

 議論ディスカッション能力が違いすぎると、人は怒りの感情を持続させることすら出来ないのだ。


「先程――挨拶の際に説明しましたよね? 私の仕事は避難民の受け入れと、それに伴い発生する、フラウからの自治区防衛です。自治区内部のなど、私には関係ありません」

「か、関係ないですと!? 死傷者が出ているのですよ!?」

「それはあなた方の問題でしょう。武力があるからといって、それを振るうつもりはありません」

「あなたの前任者の中尉殿は、我々に協力してくれていたのですよ!? それでもあなたはそれを拒むというのですか!?」

「前任中尉の話なんて今していました? 全く関係ないですよね?」


 相手のペースに入らず、自分の意見だけを言い続ける――それはコミュニケーションとしては最悪といっても良い対応だが、こと議論ディスカッションにおいては最重要となる。

 議論ディスカッションなど、はなから成立させなければ負けることはないのだ。


「やはり先程から勘違いされているようですが、私は自治区の防衛要員として派遣されたわけではありません。それは、既にこちらに派遣されているでしょう?」

「…………」


 ここに居るはずの軍人たちはどこに居るんだと目だけで問うと、副代表は目を逸らした。

 ――まぁ大方、前任中尉のようにしているのだろう。

 指揮官として派遣されていた尉官はともかく、一般兵の生死はそれほど細かく管理されているわけではない。サボっているだけなのか死んでるのかなんて、遠く離れたエデンからは知る由もない。


「そ、それは、彼らが仕事をしないからこうなっているのであって――」

「そうですか。彼らの仕事ぶりに不満があるのであれば、然るべき部署に訴えて下さい」

「アサミ殿は、その歳で尉官になられた英才であられる――あなたから注意して頂いた方が良いのではないでしょうか?」

「いえ、兵科も違いますし、直属の上司でもない私から言えることはありませんよ。確かに軍人は上には逆らえませんが、あくまで同じ部隊の中であれば、の話ですからね」


 ――詭弁だ。アサミも、副代表も、そんなことは分かっている。

 そもそも、ここを守るべき軍人などもう存在しない。あちらが責任を求めたいのであれば、アサミは責任の所在はここにないと話を逸らすだけである。

 これが、というテクニック。アサミが最も得意とする、性格の悪い人間による舌戦の仕方たたかいかただ。


「それで? お話がそれで終わりなようでしたら、報告書の続きを書きたいと思いますが」

 開いたままのパソコンにちらりと目をやって告げると、副代表は疑問を返す。


「報告書……ですか?」

「はい。武装集団から襲撃を受けたことの報告書です。全く、本当に無駄な仕事ですよ」

 アサミは、わざとらしく溜息を吐いた。――明らかな挑発だ。


「無駄!? 無駄とおっしゃいましたか!?」

「えぇ、そうですね」

「あなたが! 自治区の住人を惨殺しておいて! それを無駄とおっしゃるのか!」

「そう言ってますよ」


 副代表は怒りのあまり、バンと大きく机を叩き立ち上がる。

 後方に控えているスクルドも、隣に立っているアグレッサーも、ぴくりとも動かない。


「もうじき避難民の第一陣が到着しますが、輸送船の数が足りなくてしばらくこちらに滞在して貰うことになりますから、宿舎の手配が必要なんですよね。あ、勿論こちらで手配しますので、あなた方のお手を煩わせることはありませんよ」

 怒りに震える副代表を、視界の端に入れながらつまらなそうにアサミは告げる。


 先程までの毅然とした態度とは違い、明らかに相手を舐めた、甘く見ている態度だ。それは素が出てしまったのではなく、それも含めてのテクニックである。

 あえて怒らせる。――すると、どうなるか。


「私も! あなたにお願いすることはありません!!」

「そうですか、それは何よりです」

「これからはあなたを守るようなことはしませんから、外出の際はせいぜいに気を付けることですな! では! 私はこれで失礼します!!」

 再び大きく机を叩いた副代表は、がつがつと足音を立てて歩き出す。


 見送りは必要かと指で合図をしてきたアグレッサーを手で制し、背が見えなくなると同時に、アサミは大きな溜息を吐いた。


「つっかれたぁ…………」


 副代表と話していた時間は、10分にも満たない。

 それでもアサミは、数時間分の集中力をそこに費やしてしまったほどの疲労を感じ、机に突っ伏した。

 ――あれが、自分たちの土地を自分たちで守る人間なんだと、知っていたはずなのに、ようやく実感する。なんというか、意志の力が違うのだ。


「ちょっと寝る。また客来たら起こして」

 顔だけそちらに向けて小さな声で宣言すると、アグレッサーが頷いた。


 ――して、アサミは宣言通り、本当に寝た。以前瓦礫の中で眠ったように、彼女はどこでも、どんな状況でも寝れる特技を持っているのだ。

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