第17話
「へぇ、あのお嬢ちゃんがねぇ」
「驚いたわよ。温厚そうに見えたのに」
「というか、どう見ても弱そうなんだよねー。あんな痩せたちっさい子供が、大人相手に怯まないなんて、そういうこともあるんだなー」
「あの若さで少尉になるっていうんだから、やっぱり特別なのかしら?」
「そうは見えねぇけどなぁ」
宿舎の外で待機していたベオウルフを除き、上下階にスタンバイしていたファウスト達は、皆アサミと副代表の話に聞き耳を立てていたのだ。
話が終わると突然アサミが眠ってしまったので、部屋にアグレッサー一人を残し、残りは一階――団欒スペースらしいが何もない打ちっぱなしの部屋で雑談に興じている。
「でもさ、結構危ういよね」
「そうねぇ。言葉が強いだけの人間なんて、真っ先に敵を作るタイプだし」
「じゃあ、なんでそんなお嬢ちゃんがここの指揮官に選ばれたんだ? 危ねぇだろ」
「「「さぁ……?」」」
ベオウルフの疑問に、皆が首を傾げる。
そう、そしてそれはなんと、当のアサミも知らない。もっと上からの指令だからだ。
「ま、変に勘繰ると、揉め事を起こして欲しかった――とかかしら?」
「ん? どういうことだ? 軍はここの人間皆殺しにでもしてぇってのか? まぁ確かに銃チラつかせてきてウゼェけどよぉ、殺すほどかぁ? それ」
「そこまでは考えてないと思うけれど……」
スクルドは上階に視線をやると、小さく溜息を吐いた。
他の分隊員とは異なり、直接戦闘用のモデルでないスクルドは、一見ファウストには必要ないはずの優れた容姿を持っている。それは、初見で相手に好印象を与えることで、関係構築や後の交渉に役立つからだ。
そんな役割柄、エデンや拠点で人間と関わる機会も多く、人を見る目がある方だと自覚していた。だがアサミに関していえば、初見の印象と、実際の人物像が大きく異なる。それも、明らかに
どちらが本当のアサミなのか、合理的な思考を前提に作られたスクルドは、判断出来ないでいた。
「まず、皆殺しはないんじゃない? 流石に10人じゃ戦力足んないよ」
「そう、それよ」
「弾がねぇなぁ」
「弾だけじゃないでしょ。脳タリン」
「おいぶっ殺すぞ!?」
「はいはい、口喧嘩はやめてね。リュースーも煽らない」
「はーい、すんません女神様」
スクルドはリュースーと呼んだファウストの頭に、ノータイムで平手打ちをかます。すぱーんと快音が響き渡り、ベオウルフが爆笑した。
なお、『リュースー』はエースナンバーではない。彼の固有識別番号であるGL778S9814464――の下2桁、
ファウスト達は、エースナンバーを持っていない仲間に、そういった愛称を好きに付けて呼び合っていた。それを知る
「つーかよぉ」
「どうしたんだよベオウルフ、実はさっき腹撃たれてて死ぬほど痛いとか?」
「
そういった扱いには慣れているのか、リュースーに怒鳴りはしたが胡坐をかいたまま銃の整備をしているベオウルフは、少しだけ緊張感のあるトーンで話し出す。
「えーと……オットマー中尉だったかしら。そういえばベオウルフだけは会ってるのよね」
「あぁ。……変な男だった」
「変って……今の少尉みたいに?」
「や、
「ふーん……確かに今の少尉とは全然違うね」
「そうね。明らかに考えてることそのまま顔に出てるものね」
「あぁ。だから気持ち悪かったんだ。
ベオウルフはスクルドに――ではなく、他の仲間達にも聞いた。
素行不良のベオウルフは、軍人と揉めることはあれど、
危険個体と情報共有されている
「んー……会ったことある
「そうねぇ、少尉は、まぁ、単純に
スクルド以上に人間慣れしているファウストは、存在しない。非戦闘用モデルのファウストなんて10万体に1体も居ないからだ。
「確かに、裏がありそうなタイプはあんまり居ないわね。皆、――そう、自分の利益を最優先にするの。楽したいとか、偉くなりたいとか、成果を出したいとか、ね。そういうのって私達には分かるじゃない?」
「分かるねぇ」
「分かるなぁ」
皆がうんうんと同意する中、ならアサミ少尉はなんなんだ――とスクルドは疑問を覚えたが、それは今関係ないので内心に留めておいた。
襲撃を受けた際にスクルドがアサミに説明していた、ファウストは敵対心を感じる機能がある――というのを、アサミが知らなかったのも無理はない。だって、
「私達は、向けられた感情を無意識レベルで受け取れちゃうのよね。これはきっと、人間たちは予想してなかったんでしょうけど、脳に組み込まれたフラウの因子のせいで――」
――そう、嘘というのは、それ。
ファウストが感じているのは、敵対心などではないのだ。
感情の強弱、正や負といった方向性。それらを全て、五感を通さず脳で受け取っている。
フラウが言葉を持たない存在だったから、そうやって、彼らは意志を伝えていたのだろう。互いの全ての感情が伝播してしまう以上、個という概念が薄れるもの当然だ。
「そんな私達に、裏がありそうなタイプは極力会わせない方が良いのよね。言葉と感情が違えば混乱しちゃうし」
「え、でもそれ、人間って知ってるの?」
「
「知らねぇ、食った」
「……そう」
適当に返されたが、まぁそれはいつものことだとスクルドは呆れもせず続ける。
「ベオウルフがそう感じたってことは、本当に、指令書にない裏の仕事があって、オットマー中尉はこっそりそれを遂行してた、ってことになるのよね」
「あー、だから宿舎に俺ら入れなかったのかぁ?」
「その可能性が高いわね。私達に見られたら困ることをしていたから、宿舎に近づけなかったってこと。だってベオウルフが感じなかったってことは、オットマー中尉は私たちを嫌悪してたわけじゃない、でしょう?」
「あぁ」
ベオウルフは即答した。
何も知らない人が――たとえばアサミが前任者の記録を読めば――きっと中尉はファウストが嫌いで、だから近くに居て欲しくなくて、結果殺された、と見るだろう。
だが、実際は違う。
そうでもなければ、気に入らない軍人を速攻ぶん殴る危険人物――ただし現役最強クラスの火力を誇るため廃棄処分もされない――を見て、嫌悪感を抱かないはずがない。
「……痛いわね」
「肩でも凝ったかぁ?」
「違うわ。オットマー中尉と会ってるのが、よりにもよってベオウルフだけなのが痛いって言ってるの」
「…………」
直球で罵倒されたことに気付いたベオウルフだが、それはそうとして気持ちは分かるので黙った。決して、スクルドが美人だから黙ったわけではない。ベオウルフは美醜を外見で判断するようなタイプではないのだ。
故に、彼はアサミが年端も行かぬ小娘なことに驚きはしたが、
「じゃあさ、分かってることだけでも整理しようよ。したらちょっとはスクルドが予想出来るかもしれないし」
「……そうね。じゃあ、リュースーから」
「俺ぇ? そうだなぁ……」
スクルドは話しながら、
そんな密談が行われていることなど露知らず、机に突っ伏したまま爆睡してるアサミ。
――なお、アグレッサーは何をしていたかというと。
呼吸音から完全に眠ったと判断したアサミを、ベッドに連れて行くため抱きかかえようと手を伸ばしたところ――、「触れるな」と寝言で言われ、壁の彫像と化していた。
これまで人間の子供と関わったことなどなかったアグレッサーは、こういう時弱い。
きっとスクルドなら「はいはい」と返しながら抱きかかえただろうし、ベオウルフなら、リュースーなら、他の仲間達なら寝言など無視して運んだだろう。
人と遜色ない意志を持つファウスト達だ。机で寝ている子供を放置するような行動は、
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