第18話

「……数は、200程度でしょうか」

「200、ですか? ……2000ではなく?」

「はい」


 自治区唯一の出入り口――天然の洞窟を利用して作られた港に立ったアグレッサーは、アサミにそう告げた。


「襲撃を受けたにしては多すぎるし、受けてないにしたら少なすぎますね……」

「そうですね。……『目』は、まだ使えないのでしょうか」

 アグレッサーの問いに、アサミは首を横に振った。


 『目』――100年前に討伐された母体マザー、サードの持つ共振能力を利用して作られた、監視システムの名称だ。

 指揮者コンダクターはそれによって、遠隔地であろうとサード因子を持つファウストの目に映るものを、リアルタイムで見ることが出来るのだ。

 ネットワークに依存せず、フラウの粘菌を介して繋がりあうその能力は、サード因子を持つファウスト同士では無線機を介さない通信手段となり、自身の見たものから感じたことまで全て伝えられるため、集団戦闘においてもっとも重要な情報共有を容易に行える。


「範囲外なのか、それともあちらにサードが居ないのかは分かりませんが……」

「居ないことは、ないと思いますが」

 アグレッサーは振り返ると、後方に控えるスクルドを見る。


 スクルドは小さく首を横に振ると、口を開いた。

「昨日――アサミ少尉と合流する前に受信しましたが、近隣のフラウを避けるため7つのグループに分かれてこちらに向かっている、とのことでした。数の増減は報告されていません。……ネットワーク上にアップしておいたので、ご存知とは思いますが」

「……ですよね。そうなると、少なくとも1グループ1万人以上は居るはずなんですが、アグレッサーのそのは、どのくらいの精度があるのでしょうか?」

「失礼しました。報告を簡略化するため、正確性のない情報を口にしておりましたことをお詫びします。正確には217名がこちらに向かっています」

「えっ」

「うち何名が人間なのか、俺には分かりませんが」

「えーと、……これはアグレッサー特有の能力――なんですよね?」

 心配そうな顔で振り返ったアサミは、スクルドに助けを求める。


「そうですね。私には分かりません。――分かるかしら?」

 スクルドが視線を向けたのは、隣に立つサード因子持ちの男性型ファウスト――彼にエースナンバーはないが仲間からはリュースーと呼ばれている――である。


 そういえば彼は襲撃が終わった時、最初に部屋に飛び込んで来た個体だったか。ここに残されているということは、恐らく非エースナンバーの中では優秀な個体なのだろうな、とアサミは判断した。

 戦力を情報でしか知らないアサミは、此度の編制をアグレッサーに一任してある。

 その結果、避難民側に向かったのは7名。アサミの護衛が3名だ。護衛が少ないのでは、と感じたが、スクルド曰く、開けた場所であれば、相手がどれだけ居てもアグレッサー一人いれば問題ないらしい。

 スクルドが残っているのは、雑談を円滑に進めるためであり、非戦闘用アンドロイドであるスクルドは、あちらに向かっても大した戦力にならないという理由もある。


「まだ範囲外ですね。地盤が固いからか、それとも金属質含んでる土壌だからかなぁ」

「地盤……あ、だから『目』も使えないんですか」

 リュースーは「たぶん」と頷く。

「開けた地上はともかく、フラウの粘菌が少ないここみたいな地下は、サードの因子があまり機能しないんですよ」

「あー、だから私が現地入りになったのか……」

「そうだと思います」


 ふつう遠隔地から指揮をするのが仕事の指揮者コンダクターが現地入りする理由が分かっていなかったアサミだが、リュースーの説明でようやく理解したようだ。

 指揮者コンダクターの指揮は、ネットワークは勿論そうだが、サード因子に依存している部分が大きい。どんな状況であっても、彼らの座標・見ているものだけは常に分かるからだ。

 ――一瞬だけだが、明らかに不穏そうな表情を作ったスクルドには、それでない理由が浮かんでいそうではあるが。


「アグレッサー」

 ピクリと空――といっても地下なので天井だが――を見上げたスクルドが、慌てた様子でアグレッサーの肩に触れる。


 アグレッサーは分かっていたかのように「あぁ」と返すと、腰に吊るしていたに手を触れる。固定具のアタッチメントをパチリと外し、鞘から引き抜いたその棒は――


「……刃物?」

 長い包丁のようなそれは、アサミの知らない刃物である。


 ――銘は『備前長船びぜんおさふね九泉夜行きうせんやぎょう』。1000年以上前に作られた、妖刀と呼ばれたもの。


「スクルド、リュースー、……少尉を連れて下がれ」

「どこまで?」

 アグレッサーが冷たい声で告げると、スクルドがアサミを抱き上げた。


「ひゃっ!?」

「無礼を承知で失礼します。指導は、後でお願いしますね」

「ひゃ、ひゃい!?」

 突然お姫様抱っこされたアサミは頬を紅潮させ、小さく丸まった。


 地が、天が揺れる。天井を覆っていた固い岩盤が崩れ落ち、降り注いだ。


「アグレッサー!?」

 驚くアサミは声を上げるが、スクルドは指示通り本当に5歩下がったところから動かない。

 このままでは潰されてしまう――そう思ったアサミが目をぎゅっと瞑るが、いつまでたっても衝撃に襲われず、地が揺れる感覚だけが身体に響く。


 アサミがゆっくりと目を開くと、粉々になった石や岩が足元に転がっていた。

 ――その破片が、先程まで岩盤であったものと、すぐには理解出来なかった。


「え」

 どうやって、と魔の抜けた声を上げるが、スクルドもリュースーも、平然としている。


「……落ちてきたな」

「やっぱり、……そうなのね。生存者は?」

「7」

「…………」


 スクルドは、苦いものでも噛んだかのように顔を歪ませる。

 ――まるで、泣こうとして、けれど泣けなくて、耐えているかのように。


「え、えっと、アグレッサー? 一体何が?」

子体ベビーです」

「……ごめんなさい、もう少し分かりやすく」


 アサミは齢12歳にして尉官に選ばれるほど、優秀な指揮者コンダクターだ。

 だが、あくまで指揮者コンダクターとして優秀なだけであり、戦場指揮官として経験を積んだわけではない。指揮者コンダクターの能力は、情報が揃わない状態では発揮出来ない。

 説明を放棄したアグレッサーに代わり、スクルドが口を開く。


「フィフスで一番厄介なのは、どこに現れるか分からないこと――ですよね、アサミ少尉」

「は、はい」

「それは子体ベビーであっても同じなんです。肉体を変化させることが出来るフィフスは、どんな細い道も通れますし、自身を変形させ、孫体ネプテムを消耗品の武器として扱うこともあります」

「えっ!?」

バレル状の子体ベビー――先端に孫体ネプテムの弾丸――か」


 情報を整理するため呟いたアグレッサーは、既に敵の形状まで認識しているようだ。

 ここは地下150メートル。それも、岩盤に守られた天然の洞窟。上の様子など、見えるはずもないのに。


「避難民が、子体ベビーの襲撃を受けてるってことですか!?」

「はい」

孫体ネプテムの数は?」

 スクルドの問いにアグレッサーは即答しない。表情を変えず、空を見上げたままだ。


「……分からないのね」

「あぁ」

「アサミ少尉。このいけすかない言葉足らずの仏頂面の代わりに私が解説します。避難民はフィフスの子体ベビーからの襲撃を受け、壊滅。子体ベビー杭打ち機パイルバンカーの形状に変形し、ここ――自治区まで穴を掘ろうとしているようです。合ってますよね? アグレッサー」

「あぁ」

「つまり、その、200しかここに辿り着かなかったというのは――」

「辿り着けなかったものかと」

「…………」

 アサミは驚愕に表情を歪めた。――が、すぐに真顔に戻る。


 こんな状況――お姫様抱っこされていてつい先程まで困惑の色しか浮かんでいなかったにも関わらず――一瞬で思考を切り替えたアサミの変貌に、驚きを覚えたのはスクルドも、リュースーも、それどころか、アサミに期待していなかったアグレッサーも同じであった。


「指揮は必要ですか?」

「不要です」

「……アグレッサーは、あちらに向かうのですか?」

「こちらの護衛要員が足りなくなります。追い返すだけなら現行戦力で足りるかと」

「……分かりました。あのスクルド、そろそろ下ろして頂けると」

「アグレッサー?」

「許可しない」

「だ、そうです」

「はい……」


 アサミの動体視力では、先程から降り注ぐ岩盤――といっても一つ一つが一軒家ほどある――を回避することなど不可能だ。

 しかし、どうして戦闘に加わらない彼らが安全な場所まで退避しようとしないのか分からなかった。


 ――そう、アサミには決して分からない。


 彼らは、仲間が命懸けで戦っている場面で、逃げだしたりしないということを。

 それが、自らの命と仲間の命を対等に考えられる、故の思想であり。


 それは、アサミにとって、――いいや、生まれたその瞬間から立場が決まっている人間にとって到底理解の出来ない、彼らなりの自己犠牲である。

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