第18話

 町に入ってしばらく歩いた頃、リリスがふと足を止め、俺に声をかけた。


「少し気になることはあるけど、ゼラン、まずは食事にしましょう。ここまで歩き通しだったし、お腹も空いたでしょう?」


 確かに、朝から何も食べていなかった。

 俺は少し考えたが、リリスの表情を見て頷いた。


「そうだな。確かに腹が減ってきたし、リリスのおすすめがあるなら案内してくれ。」


 リリスは満足そうに微笑み、近くの食事処へと俺を連れて行った。


 その店はエルフとダークエルフが共に訪れる人気の場所らしく、木の内装が心地よい雰囲気を醸し出していた。

 席に着き、注文を済ませると、料理が運ばれてくる。


「これは…すごいな。色も香りも、俺が知ってるものとは全然違う。」


 カマキリだった頃には味わえなかった、スパイスの効いた肉料理とみずみずしい野菜。

 俺は夢中で食べ続けたが、ふと、周囲のざわめきが耳に入った。


「……また消えたのか?」

「街道沿いで馬車が襲われたって話も聞いたが……」


 冒険者らしき男たちが、ひそひそと話している。

 リリスも小さく息を飲んだ。


「…何かが起こっているみたいね。」


 俺も食事を中断し、慎重に耳を澄ませた。


「おい、あのギルドの連中、何か知ってるんじゃねぇのか?」

「さあな……でも、最近ずっと落ち着かない様子だし、普通じゃねぇのは確かだ。」


 俺はリリスを見た。


「ギルドに行ってみるか?」


 リリスは小さく頷いた。


「ええ。情報収集にもなるし、身分証のこともあるしね。」


 そうして、俺たちは食事を終え、冒険者ギルドへと向かった。


ギルドの内部に入ると、すぐに空気の異様さに気づいた。


 カウンターでは冒険者たちが押し寄せ、職員に詰め寄っている。

 「俺の仲間が帰ってこねぇんだ!」という怒声が響いた。

 他の職員たちも忙しく動き回り、明らかに通常の状態ではなかった。


「なにか……あったみたいだな。」


 俺の言葉に、リリスも慎重に辺りを見渡した。


「うん……何か強い魔物でも出たのかもしれない。とにかく、聞いてみましょう。」


 俺たちはカウンターへと歩み寄った。


「オーグハイドラが…出た?」


 俺はギルドの受付の女性が発した言葉を思わず復唱した。


「ええ……数日前から目撃情報があったんですが、確定報告が出たのは今朝です」


 彼女は慌ただしく書類をめくりながら説明する。


「すでに何人かの冒険者が討伐に向かいましたが、戻ってきたのは一人だけ。そして彼の話では――」


「仲間は全滅したってことか?」


 低く響いた声に、ギルド内の空気が一瞬重くなる。


「……はい」


 俺は隣のリリスを見ると、彼女は真剣な表情で腕を組んでいた。


「Aランクの魔物……オーグハイドラが町の近くに現れたとなれば、放置はできないわね」


「どうする?誰か強い冒険者に任せるのか?」


 俺が尋ねると、受付の女性は首を振る。


「この町にはSランク冒険者はいませんし、Aランク冒険者も少数しかいません。しかも、そのうちの何人かは現在不在です」


「つまり、このままじゃ町が危ないってことか……」


 ギルド内には重苦しい沈黙が漂った。


 そのとき、リリスが一歩前に出て静かに言った。


「私が討伐を手伝います」


 その言葉に、ギルド内の冒険者たちがざわめく。


「……え?あなたは?」


 受付の女性が驚いた様子で尋ねると、リリスは淡々と答えた。


「私はAランク冒険者です。これが私のギルドカードよ」


 彼女は懐から冒険者カードを取り出し、受付に差し出した。


 その瞬間――ギルド内の空気が一変した。


「ハイエルフの……族長の娘……!?」


「まさか、エリュシアのリリス様!?」


 冒険者たちが驚愕の声を上げる。

 リリスは小さくため息をついた。


「……隠していたわけじゃないけど、こういうことになるのね」


 俺は少し驚いたが、そこまで動揺はなかった。


「大丈夫か?リリス」


「ええ、もう開き直るしかないわね」


「では、リリス様、ぜひ討伐を……!」


 ギルドマスターが前に進み出て、深く頭を下げた。


「……仕方ないわね。ゼラン、あなたはどうする?」


 リリスが俺を見つめる。


「決まってる。俺も行く」


「ありがとう」


 俺たちは依頼を受け、討伐隊の準備を始めることになった。


ギルドの奥で、控えめな足音が響いた。

 それは静かで、それでいて無駄のない動きだった。


「……やっぱり、あなたが来たのね」


 その声に、リリスがゆっくりと振り返る。


「ノエル……」


 そこに立っていたのは、**漆黒の髪と褐色の肌を持つハイダークエルフの女**。

 短剣と弓を備えた装備、隙のない佇まい。それでいて、どこか気だるげな雰囲気もある。


 ノエルはギルドの喧騒を一瞥し、淡々と言った。


「オーグハイドラの討伐、私も行く」


 それだけを告げると、彼女はリリスをまっすぐ見つめた。


「……あなたもこの町にいたの?」


「ああ。ちょっとね」


 ノエルは短く答え、軽く肩をすくめた。


「この町で依頼をこなしてたら、面倒な案件が出てきた。オーグハイドラ――厄介な相手ね」


「そうね」


「あなたも戦うんでしょう?」


「ええ」


 ノエルは静かに目を細めた。


「なら、私も手を貸す。あれを放っておくわけにはいかないし」


 俺は、そんな二人のやり取りを聞きながら、ノエルに改めて目を向けた。


 **漆黒の装備、鋭い眼差し、無駄のない動作――一目でわかる、熟練の戦士の気配。**


 そんな彼女が、落ち着いた声で俺に視線を向ける。


「ゼラン、だったね」


「ああ」


「よろしく。足は引っ張らないわ」


「そっちこそ」


「それならいい」


 ノエルは静かに頷き、弓の弦を軽く引いて確認すると、再び視線を俺たちに戻した。


「……出発の準備は早い方がいいわ。オーグハイドラが動き出す前に」


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