第42話



「ここが次の階層……『万象の庭園』か」


俺たちは階段を下りきり、目の前に広がる巨大な扉を見上げていた。その扉には植物を模したような複雑な模様が刻まれ、魔力がかすかに漂っている。


「リリス、次の階層はどんな場所なんだ?」


俺が尋ねると、リリスは少し考え込むようにしてから答えた。


「この先は『万象の庭園』と呼ばれているわ。古代の魔力によって作られた人工的な生態系が広がっている場所よ。ただの植物園じゃない……この階層自体が一つの巨大な生命体のように機能していると言われているわ」


「階層全体が生命体……?」


思わずその異常な状況に目を見張る。ノエルが静かに付け加えた。


「植物や自然の形をしているけど、ただの木や花じゃない。動くし、攻撃してくる。それに、ここには侵入者を排除するための仕掛けがたくさんあるって聞いてるわ」


「具体的にはどんな仕掛けなんだ?」


俺が身構えながら尋ねると、リリスは続けた。


「例えば、植物がツタや根を動かして直接攻撃してくる。それに、毒や幻覚効果を持つ花粉をばらまくものもいるわ。この階層では、一歩進むごとに気を張っておかないと命取りになる」


「それだけじゃないわ。この庭園には防衛システムがあるって話。侵入者を感知すると、特定の魔物が呼び出されるらしいの。さっきまでの階層と違って、敵が仕掛けてくるタイミングを予測するのは難しいと思う」


ノエルの言葉に、俺は緊張感を抱く。


「ただ植物が生えてるだけの場所ってわけじゃなさそうだな……」


「ええ。さらに奥には、この階層全体を支配している存在――『翠嵐の守護者』が待ち構えているはずよ。その魔物が、この階層の核心部分を守っているの」


「翠嵐の守護者、ね……それがボスか」


「そのボス部屋の扉を開けるためには、ブルームリーパーという魔物を倒さないといけないの」


「また大変そうだな、それにしても……この階層、通り抜けるだけでもまた厄介そうだな」


「間違いないわ。ここでは力任せだけじゃなく、状況をしっかり見極めることが重要よ」


リリスの冷静な言葉に、ノエルも頷く。


「そうね。植物が攻撃してくるなんて普通じゃ考えられないけど……私たちが突破するしかない」


「よし、分かった。準備はいいか?」


俺が二人に確認すると、リリスとノエルはそれぞれ頷いた。


「行きましょう、この階層を突破するのよ」


天井から魔力の粒子が光のように降り注ぎ、植物が異様な大きさで生い茂っている。遠くでは水が流れる音が聞こえ、その静けさがかえって不気味だった。


「ここまで広大な地下庭園、自然のままじゃありえないわね……魔力が濃すぎる」


リリスが周囲を見渡しながら言う。その言葉通りだった。光を放つ奇妙な花や、異常に太いツタが絡みついた木々が、まるでこの場所全体が生きているかのような印象を与える。


「綺麗だけど……何かが潜んでるわね」


ノエルが低い声で言いながら、弓を構えた。彼女の指摘に俺も頷く。明らかに、ここはただの庭園じゃない。


「罠も敵も、必ず仕掛けられてるはず。油断しないで」


俺たちは慎重に歩みを進めた。


進むたびに、自然が作り出した罠が次々と現れる。奇妙な音と共に足元の地面が動き、無数の蔦が一斉に飛び出してきた。


「ゼラン、下がって!」


リリスが手をかざし、火の魔法を放つ。蔦は燃え上がり、一時的に動きを止めるが、焼け落ちた後にはまた新たな蔦が現れる。


「こいつら、まるで無限に湧いてくるみたいだな!」


俺は刃を振り下ろし、蔦を切り裂くが、いくら切ってもキリがない。


「こんなところで消耗してる場合じゃないわ! 道を見つけて進むべきよ!」


リリスの冷静な指示に、俺たちは蔦を振り切るようにして庭園の奥へと進んだ。


しばらく進むと、リリスが突然立ち止まった。彼女の視線の先には、虹色に輝く果実を実らせた一本の木があった。


「あれは生命の光……間違いないわ。でも、簡単には取らせてくれそうにない」


「それって必要なのか?」


「そうよ、この階層のボス部屋の扉を開けるためにはブルームリーパーを倒さないといけないのは説明したと思うけど、その魔物はねこの果物がある地面に確実にいるってことだよ」


「そういうことかわかった」


木の周囲には不自然に動く蔦が絡みつき、そのどれもが敵意を感じさせる動きをしていた。


「ゼラン、どうする?」


ノエルが俺の方を見て尋ねる。


「俺が蔦を引きつける。その間にリリスが果実を取れ。ノエル、援護を頼む」


「了解」


ノエルが頷き、弓を構える。俺は一歩前に踏み出し、刃を振りかざして蔦に攻撃を仕掛けた。蔦は一斉に動き出し、こちらに向かって襲いかかる。


「リリス、今だ!」


俺が叫ぶと、リリスはすばやく木に駆け寄り、果実を摘み取った。その瞬間、地面が激しく揺れた。


「何かが来るわ!」


リリスの声と同時に、地面から巨大な花のような頭部を持つ魔物が現れた。全身が植物で構成されたその姿は異様だった。


ブルームリーパーは大きくその花を開き、そこから大量の花粉を撒き散らした。周囲に広がった花粉が視界を奪い、呼吸をするたびに喉が焼けるような感覚が走る。


「厄介な敵だな……!」


俺は口元を覆いながら剣を構えたが、地中から根が突き上がり、足元を狙ってくる。


「ゼラン、下がって! 魔法で援護するわ!」


リリスが火魔法を放ち、ブルームリーパーを包み込むように燃やし始めた。しかし、その硬い外殻が炎を弾き、ダメージはほとんど与えられない。


「普通の攻撃じゃ効かないのか!」


「弱点を狙うしかないわ! 頭部の花が本体よ!」


リリスの指摘を受け、ノエルが矢を花に向けて放った。矢は正確に命中し、ブルームリーパーの動きが一瞬止まる。


「いいぞ、あと一押しだ!」


俺は跳び上がり、鎌を一閃して花を切り裂いた。ブルームリーパーは激しく揺れた後、崩れるようにして地面に沈んでいった。


「やった……これで扉が開くはずよ」


リリスの言葉通り、庭園の奥にあった巨大な扉がゆっくりと開き始めた。その先には、異様に大きな樹木がそびえている。


「これがボスエリアか……空気が違うな」


俺たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷いた。リリスが魔法の準備を整え、ノエルが矢筒を確認する。俺は刃を握り直し、扉の奥へと進んだ。


そこに待ち構えているのは、この階層の真の支配者、翠嵐の守護者エルダーフローレスがいる。

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