第41話
「来るぞ!」
俺は前方に飛び出し、迫りくるブラッドアントの群れに向かって風刃を放った。鋭い風の刃が空気を切り裂き、群れの一部を吹き飛ばす。
切り裂かれたアリたちは赤い体液を散らしながら地面に倒れた。しかし、残りのアリたちはそれをものともせず突き進んでくる。その光景に、冷たい汗が背中を伝う。
「リリス、ノエル!群れを分散させよう!」
俺が叫ぶと、リリスが素早く手をかざし、詠唱を始めた。青白い光が彼女の手から放たれると、それは瞬く間に燃え盛る炎へと変わり、敵の進路を遮る炎の壁となる。熱気が周囲に広がり、湿った洞窟の空気を一気に乾かしていく。
「これで群れを分断できたわ!」
リリスの声が炎の音にかき消されるように響く。俺はすぐに分断された群れの一方に目を向ける。そこにはまだ数十匹のブラッドアントが牙をむきながら進んできている。
「私に任せて!」
ノエルが矢を素早く番え、次々と放つ。その矢はまるで生き物のように正確な軌道を描き、ブラッドアントたちの頭部や関節を正確に射抜いていく。一匹倒れるたびに、洞窟の床が赤い体液で濡れていく。
「さすがノエル、いい調子だ!このまま押し切るぞ!」
俺は風刃を再び放ち、アリたちの中に飛び込んだ。刃が風と共に宙を舞い、次々と敵を切り裂いていく。そのたびに肉が裂ける音と体液が飛び散る。だが、その瞬間――
「唸るぞ! 注意して!」
リリスが警告を発する間もなく、アントクイーンが低く唸り声を上げた。それは地響きを伴うような重低音で、洞窟全体を震わせる。その音に呼応するように、ブラッドアントたちの動きが一変した。
「くそっ、なんだこの動き……!」
まるで意志を持ったように、ブラッドアントたちは統率を取り戻し、さらに凶暴化した。彼らは地面を削るようにして突進し、俺たちを取り囲むような配置を取り始めた。
「ゼラン! この数じゃ対応しきれない! どうにかして!」
ノエルの声が焦りに満ちている。彼女は矢を放ち続けているが、その数に圧倒されつつあった。
「リリス、アントクイーンを狙えるか?」
俺は咄嗟に叫ぶが、リリスは眉をひそめて首を横に振る。
「できるけど……アリたちが壁になっていて隙がないわ!」
「くそっ……仕方ない、俺が道を開ける!」
俺は斬撃で迫り来るアリを次々と切り裂きながら、アントクイーンの方向へ突き進む。
「ゼラン、無茶しないで!」
リリスの声が遠くから聞こえた瞬間、アントクイーンが巨大な足を振り下ろしてきた。その一撃は地面を粉砕し、周囲の岩を砕け散らせる。
「なんて力だ……!」
俺はギリギリでその一撃をかわし、刃を振り上げてアントクイーンの脚に斬りつけた。しかし、その硬い外殻は刃を受け止め、傷は浅い。
アントクイーンは大きく体を揺らし、その背中から新たな魔物を生み出した。それはヴェノマスアント――緑色の体液を滴らせた、毒をまとった特殊なアリたちだった。
「毒アリか……面倒な!」
「ゼラン、後方は私が押さえる!」
ノエルが矢を次々と放ち、ヴェノマスアントたちを狙い撃つ。その矢は正確に毒アリの関節を射抜き、動きを封じていく。だが、毒液が地面に広がり、周囲にさらに危険な環境を作り出していた。
「リリス、準備はできてるか!」
「任せて! 次の攻撃で終わらせるわ!」
リリスが魔法陣を展開し、光の槍を形成する。その輝きは洞窟全体を照らし、アントクイーンに向かって一直線に放たれた。
槍がアントクイーンの頭部を正確に捉え、巨体を貫く。アントクイーンは激しく吠えながら後退し、その動きが明らかに鈍った。
「効いてるぞ! あと一押しだ!」
しかし、アントクイーンは最後の力を振り絞り、全身から毒液を撒き散らし始めた。霧と混じった毒が周囲に広がり、息苦しさを感じる。
「リリス、ノエル! 下がれ!」
俺はファントムスピードを発動し、超高速でアントクイーンの背後に回り込む。その瞬間、全力を込めた一撃を放つ。
「これで終わりだ!」
俺の刃がアントクイーンの首元を深々と切り裂き、その巨体が崩れ落ちた。周囲のアリたちも次々と動きを止め、完全に静寂が訪れた。
「……終わったのか?」
俺は触覚を動かし、周囲の気配が消えたことを確認する。リリスとノエルもゆっくりと歩み寄ってきた。
「ああ、どうやら終わったみたいだな」
俺は深い息を吐き、疲れた体を壁にもたれさせた。リリスが微笑みながら近づいてくる。
「本当にお疲れさま。あなたがいなかったら、この戦いはもっと厳しかったわ」
「いや、俺だけじゃ無理だった。リリスとノエルがいてくれたからこそ、勝てたんだ」
ノエルも矢筒を確認しながら頷く。
「次はもっと厳しい戦いが待ってるはず。ここで少し休みましょう」
俺たちはその場に腰を下ろし、次の階層への準備を整え始めた。この『霧深き洞窟』の試練を乗り越えた俺たちを、さらに過酷な戦いが待ち受けているのは間違いないだろう。
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