第43話

巨大な扉を押し開けた瞬間、俺たちはその先に広がる光景に言葉を失った。


 目の前には、これまで見たどの魔物よりも圧倒的な存在感を放つ巨木――エルダーフローレスがそびえ立っていた。


 頭部には虹色の花冠が咲き乱れ、その花びらが淡い光を放ちながら、静かに揺れている。幹は黒ずみ、無数の根が地面を覆い尽くし、まるでこの庭園全体を支配しているかのようだ。


「これが……翠嵐の守護者……」


 リリスが息を飲みながら呟く。その声には恐怖と緊張が混ざり合っていた。


「大きい……いや、それだけじゃない。この庭園そのものが生きているわ」


 ノエルが弓を握りしめながら言う。俺も剣を構え、緊張感を押し殺すように深呼吸した。


「気を引き締めろ。簡単には突破できないぞ」


 エルダーフローレスが低い唸り声を上げると、地面が大きく揺れた。その振動に呼応するように、無数の根が動き出し、一斉に俺たちに襲いかかる。


「くるぞ!」


 俺は迫り来る根を剣で切り払い、リリスとノエルに向かって叫ぶ。


「一旦散開しろ! まとまっていると狙われる!」


 リリスは素早く後方に下がりながら火魔法を放つ。根が炎に包まれるが、すぐに別の根が伸びてきて攻撃を仕掛けてくる。


「燃やしてもキリがない……! ゼラン、どうする?」


「まずは動きを止める。ノエル、あの太い根を狙え!」


 俺が指差すと、ノエルは素早く矢を放つ。彼女の正確な射撃が根の付け根に命中し、一瞬だけ動きが鈍る。


「リリス、援護しろ!」


 リリスが呪文を唱え、火の矢を太い根に放つ。爆発音と共に根が崩れ落ち、他の根の動きが一時的に止まる。


「効いてるぞ! このまま押し切る!」


 俺は刃を振り上げ、切り込んでいく。次々と根を切り裂き、エルダーフローレスの防衛網を崩していった。


 突然、エルダーフローレスが頭部の花冠を大きく揺らし始めた。その動きに合わせて、虹色の花粉が空中に舞い上がり、広範囲に散布される。


「花粉が来るぞ! 口元を覆え!」


 俺たちは急いで花粉を避けようとするが、それは空気中に広がり、息を吸い込むたびに体が重くなっていく。視界もぼやけ、動きが鈍くなっていく。


「くっ……これじゃまともに動けない……!」


 リリスが魔法で防御結界を張るが、花粉の効果を完全には防げないようだ。ノエルも矢を放つが、狙いが狂って敵に届かない。


「結界も展開されたみたい……あのままじゃ攻撃が通らないわ!」


 リリスが結界の輝きを指差しながら叫ぶ。俺は周囲を見渡し、何とか突破口を探す。


「結界を張るために力を引き出している場所があるはずだ。リリス、魔力の流れを探れるか?」


「やってみる!」


 リリスが目を閉じ、集中して魔力の流れを探り始める。やがて、庭園の端にある光る柱を見つけた。


「あそこ! あの柱が結界の源になってる!」


「ノエル、援護を頼む。俺があの柱を壊す!」


 俺は柱に向かって駆け出すが、エルダーフローレスの根が再び動き出し、道を塞いでくる。さらに、花粉が視界を邪魔し、攻撃を避けるのが難しい。


「ゼラン! 後ろ!」


 ノエルの声に反応して振り返ると、巨大な根が迫ってきていた。ギリギリで横に飛び退き、間一髪で攻撃を避ける。


「リリス、花粉をどうにかしてくれ!」


「待って! 今やる!」


 リリスが手をかざし、風の魔法を発動させる。強い風が吹き荒れ、花粉が一時的に吹き飛ばされる。その間に、俺は柱へと駆け寄り、剣を振り下ろした。


「これで終わりだ!」


 柱が砕け散ると、エルダーフローレスの結界が徐々に薄れていく。その瞬間、虹色の光が花冠から消え、本体がむき出しになった。


「よし、結界が消えた! 今がチャンスだ!」


 むき出しになった本体に向かって、俺たちは一斉に攻撃を仕掛ける。リリスの火魔法が花冠を焼き、ノエルの矢が幹の弱点を正確に射抜く。


 だが、エルダーフローレスも最後の力を振り絞り、巨大な根を槍のように振り回してくる。その攻撃範囲は広く、一撃でも受ければ命取りだ。


「ここで終わらせる!」


 俺は剣を両手で握りしめ、幹の中心に向かって跳び上がる。そして、渾身の力で刃を振り下ろし、魔力の核を切り裂いた。


 エルダーフローレスは低い唸り声を上げ、その巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。虹色の花びらが空中に舞い散り、庭園全体が静寂に包まれた。


「……やったか?」


 俺は息を整える。リリスとノエルも疲れ切った様子で俺の方を見た。


「大変だったけど……何とか突破できたわね」


 ノエルも弓を収め、安堵の表情を浮かべて頷く。


「うん、なんとかなった。でも……今のボス、かなり手強かったわ」


 俺も息を整え、同意する。


「ああ、今回のボスはなかなか倒すのが面倒だったな。結界の解除やら花粉の嵐やら、厄介な仕掛けだらけだった」


 少しの静寂が訪れた後、リリスが真剣な表情で続けた。


「でも、ここまでの階層までは正直、まだ初級みたいなものよ?」


「初級?」


 俺が聞き返すと、リリスは小さく頷いた。


「そう。今までの階層はまだ全体の準備段階みたいなもの。魔物の強さや罠の種類も、ここから先に進むほど格段に厳しくなるはずよ」


 ノエルも口を開く。


「そうね。私も噂で聞いたことがあるけど、次の階層以降は即死級の罠が仕掛けられている場所もあるらしいわ。これまでみたいにはいないわ」


 リリスが不安そうな顔で付け加えた。


「次の階層では、これまで以上に気をつけないといけないわ。少しの油断が命取りになる。敵も、ここまでとは比べものにならないくらい強力なものが出てくるはず」


 俺は二人の言葉を聞きながら、改めて剣の柄を握り直す。このダンジョンの真の試練は、まだ始まったばかりだということを実感する。


「そうだな。ここからが本番みたいだな。だが、何が待っていようと進むしかない」


 リリスが頷きながら言った。


「ええ。だけど、無理に急ぐ必要はないわ。まずはここでしっかり体力と魔力を回復させましょう」


「そうだな。ここで少し休んでから進むか」


 俺はその場に腰を下ろし、周囲を警戒しながら短い休息を取ることにした。戦闘の疲労が体を重くするが、それでも次の階層に向けて意識を集中させた。

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