第34話

 俺たちがギルドに戻ると、ギルドの会議室には既に各族長が集まっていた。


 彼らは、リリスとノエルを心配して自ら足を運んでくれたようだ。


 最初に目を引いたのはリリスの父、エルフの族長だった。


 彼は長身で、銀色の髪が腰まで流れており、まるで月の光をまとったかのような神秘的な雰囲気を漂わせている。


 その目は鋭くも優しさを持ち合わせ、年齢を感じさせない若々しい顔立ちだが、どこか遠くを見つめているような表情をしていた。


 彼は静かに俺に歩み寄ると、深く頭を下げた。


「まずは、感謝を述べさせてもらおう。娘、リリスを助けてくれてありがとう!」


 次いで、ダークエルフの族長であるノエルの父も一歩前に出た。


 彼はエルフの族長とは対照的に、短い黒髪と鋭い瞳を持ち、屈強な体格が特徴だ。


 彼の肌は小麦色で、長い戦士としての経験を物語るような傷跡が所々に見える。


 力強い声で感謝を述べる。


「私の娘、ノエルもあなたに助けられた。心から感謝する。あなたがいなければ、彼女は生きていなかっただろう」


 俺は少し照れくさそうに頷いた。


「俺はただ、できることをしただけです。感謝なんて、そんな…」


「いや、それでは足りない。あなたがしてくれたことに報いるため、何か欲しい物があれば遠慮なく言ってくれ。我々はあなたの力に感謝している」


 リリスの父は優雅に微笑みながらそう言った。


「我々にできる限りのことをしよう。欲しい物があれば、何でも遠慮なく言ってくれ」


 ノエルの父も同意し、少し強い口調で続けた。


「お前が望むものは何でも言え。娘の命を救ってもらった以上、我々はそれに応えなければならない」


 俺は少し考えたが、今のところ欲しい物は特に思い浮かばなかった。


「ありがとうございます。でも、今は特に何も…」


 するとエルフの族長は驚いたように一瞬眉をひそめたが、すぐにまた優しい笑みを浮かべた。


「ならば、いつでも良い。欲しい物があれば、遠慮なく言ってくれ」


 ノエルの父も頷き、力強く言った。


「何か必要な時はすぐに知らせてくれ。私たちは常に力を貸す」


 彼らの感謝の言葉を受けたが、俺の心の中にはまだリッチエンペラーの封印についての不安が残っていた。


 その後、各族長、ギルドマスターのイリオス、リリス、ノエル、そして俺の間で、リッチエンペラーの封印に関する話し合いが始まった。


 ギルドマスターのイリオスが最初に話し出した。


「今回の戦いでわかったことは、リッチエンペラーの封印が確実に弱まっているということだ。しかし、賢者の力を再現できる者は確認できない。少なくとも、現代において彼に匹敵する者はいない」


 イリオスは背が高く、白髪混じりの長髪を持つ精悍なエルフだ。彼の目は鋭く、長年ギルドを率いてきたという威厳を感じさせる。


 彼が次にエルフの族長に目を向ける。


「私も同様に確認したが、賢者ほどの魔力を持つ者はいない。彼のような存在が再び現れるかどうか、非常に難しいだろう」


 リリスの父が低い声で答えた。


 ノエルの父も重々しく言葉を付け加えた。


「そうだ。私たちの知る限り、賢者に匹敵する者は存在しない。封印を再強化できる力を持つ者も、今のところ見つかっていない」


「それに、賢者ほどの力を育てる方法も今はない。このままでは、封印が解けるのを待つしかないのかもしれない」


 イリオスは深刻な表情で続けた。


 俺はその言葉に違和感を覚え、思わず問いかけた。


「倒すことはできないのか?リッチエンペラーを…完全に消滅させる方法は?」


 会議室が一瞬静まり返る。皆が俺の方を見つめ、イリオスはため息をついてから冷静に答えた。


「リッチエンペラー…彼は不死の存在だ。体を破壊しても、その魂がこの世界に残っている限り、いずれ復活するだろう。肉体を完全に消し去ることはできても、彼の本質は別の存在だ」


「彼はかつて、この世界で恐れられた最強のリッチだ。彼が封印される前にどれだけの犠牲が出たか、言葉では表せない。全ての生者を自らの支配下に置くほどの力を持っていた」


 リリスの父が遠い目をしながら語った。


「リッチエンペラーは、ただのアンデッドではない。彼は不死者の王として君臨し、無限の再生力を持つ。しかも、数多くの強力な魔法を操る。彼を倒すには、ただの物理的な力や魔力だけでは足りない」


 ノエルの父も険しい顔で言葉を続けた。


 リリスが静かに口を開いた。


「彼を完全に消滅させるには、何か特別な手段が必要よ。賢者のような力を持つ者がいない限り、それは難しいわ。私たちの魔法では、彼を封じ込めることすら難しいかもしれない」


「じゃあ、封印を強化できないなら…私たちはどうすればいい?」


 俺は焦りながら問いかけた。


 ノエルが険しい表情を浮かべ、冷静に答えた。


「5年…それまでに何らかの手段を見つけなければ、リッチエンペラーが復活する。そしてその時、私たちの力だけで彼を倒すことは不可能だわ」


 会議室に沈黙が流れ、俺たちは互いに無力感を感じた。


 封印を強化する手立てがない以上、今できるのは限られた時間の中で対策を練ることだけだ。


 イリオスが静かに言った。


「今できることは、リッチエンペラーの復活に備えてできる限りの準備を整えることだ。だが、あの存在を完全に滅ぼす手段が見つからない限り、我々は常にこの脅威と共に生きていかなければならない」


 ギルドでの話し合いが終わり、リリスとノエル、そして俺は会議室から外に出た。


 封印の問題やリッチエンペラーの脅威が一時的に落ち着いたとはいえ、5年という期限があることが、俺たちに重くのしかかっていた。


 俺が無意識に拳を握りしめていたのに気づいたリリスが、静かに声をかけてきた。


「ゼラン、このままで終わりにしていいわけじゃないわよね。私たちには、まだやるべきことがたくさんある」


「そうだな…このまま何もしないで待つなんてことはできない。でも、俺たちにできることって、今のところ何があるんだ?」


 俺が答えると、ノエルも隣で腕を組みながら、思案するように話し始めた。


「実は、一つ提案があるのよ」


 俺がノエルの方を見やると、彼女の表情は真剣だった。続けて、リリスも頷きながら話を進めた。


「そうね。リッチエンペラーの復活を阻止するためには、今のままじゃ私たちの力が足りないのは明白よ。でも、もっと強くなるための場所があるの」


「もっと強くなる場所?」


「そう。エルフやダークエルフに伝わる、古代のダンジョンがあるのよ。そこでは、選ばれた者だけが試練を乗り越え、さらなる力を手にすることができるって言われている」


 俺は驚いた表情でリリスを見た。彼女の声には、確かな自信が感じられた。


「ダンジョンか…そんな場所があるのか?」


「ええ。伝説によれば、そのダンジョンは古代の賢者や強力な魔法使いたちが作り上げた場所で、そこに挑む者たちは、自らの限界を超えるための試練を課されるの」


 ノエルも続けた。


「私たちダークエルフにもそのダンジョンの存在は知られているわ。そこには強大な守護者や、過去の戦士たちが残した試練が待っている。だけど、そのダンジョンを攻略できれば、強力な魔法や力を得られるという伝承もあるの」


 俺はその話に興味を惹かれながらも、同時にダンジョンの危険性を感じた。


 試練とは言っても、そこにあるのは単なる戦闘ではないだろう。命を落とす危険すらありそうだ。


「ゼラン、私たちだけで決める前に、族長たちにもこのことを相談するべきよ。私たちが古代のダンジョンに挑戦するのを許可してもらわないと」


 俺は頷き、リリスとノエルと共に族長たちに話を持ちかけることにした。


 族長たちとの対話は、再びギルドの会議室で行われた。


 エルフの族長であるリリスの父と、ダークエルフの族長であるノエルの父は、すでに事態の深刻さを理解しており、リッチエンペラーの封印が弱まっていることに深い不安を感じていた。


「力を蓄えるために時間はあるが、それをどう使うかが問題だ。何か手立てが必要だ」


 その言葉を受けて、リリスが決意を込めた声で話し始めた。


「父上、そしてノエルの父上。私たちに一つ提案があります。それは、古代のダンジョンに挑戦することです」


 会議室の空気が一瞬静まり返った。エルフの族長は驚いた表情を見せ、ノエルの父も眉をひそめた。


「古代のダンジョンだと…?」

 リリスの父が声を低くして問いかけた。


「ええ。私たちエルフやダークエルフに伝わる古代のダンジョンは、試練を乗り越えた者だけがさらなる力を得ると言われています。リッチエンペラーに対抗するためには、私たちはもっと強くならなければならない。そのための場所として挑むべきだと考えています」


 ノエルも言葉を続けた。


「そうです。私たちは今のままでは、いずれリッチエンペラーに対抗できなくなります。でも、ダンジョンで試練を乗り越えれば、もっと強くなれるはずです。だから、私たちにその挑戦を許可してください」


 二人の真剣な言葉に、エルフとダークエルフの族長は顔を見合わせ、しばらく考え込んでいた。やがて、リリスの父が口を開いた。


「古代のダンジョンは、ただの訓練場ではない。そこには強力な魔物が待ち受け、失敗すれば命を落とす危険すらある。それでも、挑戦する覚悟はあるのか?」


 リリスは真剣な表情で頷いた。


「覚悟はできています。私たちはこのまま何もしないでいるわけにはいきません」


 ノエルの父も深く息を吐き、重々しく言った。


「ノエル、お前も覚悟はあるのか?」


 ノエルは強い決意を持って答えた。


「はい、父上。私は必ず乗り越えて、リッチエンペラーに対抗できる力を手に入れてみせます」


 族長たちは再び沈黙し、真剣に考え込んでいた。やがて、リリスの父が厳しい表情をしながらも、ゆっくりと頷いた。


「わかった。リリス、ノエル、ゼラン。お前たちがそこまで覚悟を決めているなら、ダンジョンへの挑戦を許可しよう。ただし、決して無理はするな。乗り越えるのは難しいが、もし途中で危険を感じたら、すぐに撤退しろ」


 ノエルの父も頷きながら言葉を加えた。


「覚悟は認めるが、命あってのことだ。無謀な挑戦はするな」


 俺は二人の族長に深く頭を下げ、リリスとノエルと共に感謝の意を表した。


「ありがとうございます。俺たちは、必ずこの試練を乗り越え、さらに強くなって戻ってきます」


 こうして、族長たちからの許可も得て、俺たちは古代のダンジョンに挑むことが正式に決まった。


 試練を乗り越えることで、リッチエンペラーに対抗できる力を手に入れるための旅が始まる。


 これから先、どんな試練が待ち受けているのかはわからないが、俺たちは覚悟を決め、ダンジョンに挑む準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る