第20話

ギルド内で討伐隊の編成が進む中、俺たちはAランクの魔物オーグ・ハイドラ討伐に向けて準備を整えていた。


 集まっている冒険者たちはBランク四人、Aランク二人、Fランク俺が一人、中でも一際目を引くのはダークエルフだ。


 彼女は落ち着いた足取りでこちらに近づいてきた。


 彼女の姿が近づくにつれ、ダークエルフ特有の美しい藍色の肌がはっきりと見えてきた。


 長く流れる黒髪が肩から揺れ、冷ややかな赤い瞳がこちらを捉える。


 その髪は夜の闇に溶け込むように深い色合いで、まるで彼女の内に秘めた力を表しているかのようだ。


 黒い革のアーマーが身体にぴったりとフィットしており、その動きには無駄がなく、鍛え抜かれた戦士の風格が漂っている。


 腰に下げられた二本の短剣が、彼女の身軽さと鋭さを一層引き立てていた。


「リリス、またここで会うとはね。相変わらず、あなたは前に出るタイプみたいね」


 その言葉には、軽く挑発的な響きがあったが、リリスは冷静に返す。


「ノエル、そういうあなたも相変わらず、あちこち顔を出しているみたいね。でも、私がいるから今回は失敗しないわ」


 ノエルは微かに笑いを浮かべながら俺に目を向けた。


「ゼラン、初めまして。リリスと組んでいるのね。どんな戦いをするのか、少し楽しみにしているわ」


 俺は軽く頷き、リリスを見やると、彼女は少し険しい表情を浮かべていたが、すぐに平静を取り戻した。


「ノエル、今は協力しなければならない。お互いに余計なトラブルは避けて、オーグ・ハイドラを倒すことに集中しましょう」


 ノエルはリリスを一瞥しながら、淡々と答えた。


「もちろんよ。私も依頼はきちんとこなすわ。でも、あなたが足を引っ張らないようにね」


 その言葉には互いの実力を認めながらも、競い合うような緊張感が漂っていた。


 リリスも反論することなく、そのまま準備に戻った。


 リリスとノエルの間には言葉にしない競争心が感じられたが、今回は討伐隊として協力しなければならない状況だ。


 二人がこの討伐でどのように力を発揮するのか、俺も興味を抱きながら討伐に臨むことにした。


 討伐隊が進む中、俺たちは森の奥深くへと足を踏み入れた。


 森の空気は重く冷たく、ただならぬ緊張感が漂っていた。木々の間から差し込むわずかな光が、足元を照らす程度で、周囲の冒険者たちも息を殺して進んでいる。


「リリス、ノエルとはどんな関係なんだ?」


 俺はふとリリスに問いかけた。


 彼女とノエルの間には、ただならぬ緊張感が漂っているように見えたからだ。


 リリスは少しだけため息をついて、静かに答えた。


「ノエルとは、昔からの関係よ。私たちは族長の娘同士だから、幼い頃から何かと競い合ってきた。誰が強いか、誰が優れているか、いつも比べられてきたわ」


 その言葉には、長年にわたる競争の歴史が感じられた。


 単なる知り合いというわけではなく、互いにライバルとして意識している関係なのだろう。


「じゃあ、今でもその競争が続いているってことか?」


 リリスは微笑んで頷いた。


「そうね。でも、私たちはお互いにライバルだとは言わないの。誰が上かを決めるのは他の人じゃない、私たち自身で決めることだから。でも、今は協力しなければならないわ」


 俺はその言葉に納得しながら、ノエルを一瞥した。


 彼女は無言で討伐隊の先頭を歩き、その背中には決意が感じられた。


 やがて、討伐隊は森の奥深くにある開けた場所にたどり着いた。


 周囲の空気は一気に冷たくなり、目の前には巨大な影がゆっくりと動いていた。


「これが……オーグ・ハイドラか?」


 俺はその巨大な姿に圧倒された。


 しかし、何かが違う、情報で聞いたオーグ・ハイドラとは違う異様な雰囲気を感じた。


 ノエルが鋭い目つきでその魔物を見つめる。


「……これは違う。オーグ・ハイドラじゃない!?」


 討伐隊の中にざわめきが広がる。リリスもその魔物を見つめ、困惑の表情を浮かべていた。


「この形状……私はこんな魔物を見たことがないわ」


「誰も見たことのない亜種、ということか?」


 俺たちは目の前の魔物を凝視し、その不気味さに言葉を失っていた。


 オーグ・ハイドラのように幾つもの頭を持つが、体の表面は黒い鱗で覆われ、そこから毒のような蒸気が立ち上っている。


 そして、その頭の一つ一つがまるで独立した意志を持つかのように、別々に動き回っていた。


「こいつ、どうやって倒せばいいんだ?」


 俺は剣を握りしめ、慎重に動きを見定めた。


 リリスとノエルもすぐに武器を構えたが、誰もこの魔物の正体を知らないという事実に不安を抱いている。


「とにかく、油断は禁物よ。全力で戦うしかない!」


 リリスの言葉に討伐隊は緊張感を高め、戦闘態勢に入った。ノエルも剣を構え、静かに呟いた。


「誰も見たことがない魔物だからこそ、慎重に攻めるわよ。油断すると全滅しかねない」


 その瞬間、亜種オーグ・ハイドラが唸り声を上げ、幾つもの頭を一斉に振り上げた。


 俺たちはすぐに動き出し、戦いが幕を開けた。


 討伐隊はこの未知の亜種に対して全力で挑むが、その凶悪な再生能力と毒の瘴気により、圧倒されるのも時間の問題だ。


 亜種オーグ・ハイドラが毒の瘴気をまき散らし、討伐隊全体が追い詰められていた。


 毒は徐々に広がり、呼吸すらままならない状況が続く。


 俺は、体力が目に見えて削られていくのを感じながら剣を握りしめたが、どう動いていいのか分からず焦りを感じていた。


「リリス、どうすればいいんだ?」


 俺は初めての集団戦に戸惑い、リリスに助けを求めた。リリスは冷静に周囲を見渡し、素早く判断を下した。


「私が浄化の魔法を使って、毒の霧を取り除くわ。その間、ノエル、Bランクの冒険者を後方に下がらせて援護させて。まともに戦えるように整えるわよ!」


 ノエルは即座に頷き、鋭い声で指示を出した。


「Bランクのパーティーは後方に下がって弓や魔法で援護をしろ!前に出るな!」


 その声を受けて、Bランクの冒険者たちはすぐに後方へ退き、遠距離攻撃に専念する体制を整えた。


 リリスは浄化の魔法を使う準備を進め、杖を高く掲げた。彼女の目が一瞬輝き、光の波動が広がり始めた。


「浄化の光よ、この毒を消し去り、戦いの場を清めて…!」


 リリスの言葉に応じて、周囲に広がっていた毒の霧が徐々に消えていき、空気が清浄になっていく。


 討伐隊のメンバーたちが次々と呼吸を整え、動きを取り戻していくのが分かった。


「これで毒の心配はなくなった!みんな、攻撃を再開しなさい!」


 ノエルが再び指示を出し、討伐隊は勢いを取り戻して亜種オーグ・ハイドラに攻撃を集中させた。


 俺は再び剣を構え、今度こそまともに戦える状況になったことに安堵しながら前に進んだ。


 ノエルやリリスの的確な指示のおかげで、討伐隊全体の動きがまとまり、攻撃が次々と繰り出されていく。


 リリスの浄化の魔法で戦える状況になったものの、亜種オーグ・ハイドラの猛攻はさらに激しさを増していた。


 俺たちは前線で応戦し続けていたが、亜種の再生能力は予想以上に速く、討伐隊は再び押し込まれ始めていた。


「くそっ……このままじゃ持たない!」


 俺は毒の霧が消えたことで身体の自由が戻ったものの、亜種オーグ・ハイドラの攻撃を完全に防ぎきれない状況に苛立ちを感じていた。


 その時、再びノエルが亜種の一つの頭を斬り落とすのが見えた。


「よし!ここで止めを!」


 しかし、次の瞬間、亜種オーグ・ハイドラの巨大な尾が突然ノエルに向かって振り下ろされた。


 ノエルはそれに気づかず、尾に直撃されて吹き飛ばされた。


「ノエル!」


 俺が叫んだ瞬間、彼女は地面に叩きつけられ、動けなくなった。


 亜種の他の頭が一斉に彼女に向かい、獲物を仕留めるかのように牙を剥き出しにして襲いかかろうとしていた。


「くっ…!」


 ノエルは痛みで動けず、そのまま地面に倒れたまま、数頭の牙が彼女に迫っていた。


 周りの冒険者たちは一瞬呆然とし、誰もがその圧倒的な力の前に足がすくんでいた。


「ノエル、立て!」


 俺は全力で彼女に駆け寄ったが、距離がある。間に合わないかもしれないという焦りが全身を駆け巡る。


「リリス、援護を頼む!」


 俺の声に反応したリリスは、すぐに魔法を発動したが、亜種の頭数が多すぎて魔法だけでは全ての攻撃を防げそうにない。


「ノエル、起きろ!動け!」


 ノエルは何とか顔を上げようとするが、体が思うように動かず、絶望的な状況が彼女を包んでいた。


 牙が彼女に迫り、今にも食いちぎられそうだった。


 ノエルは目を閉じ、覚悟を決めようとしたその瞬間、俺は最後の力を振り絞って彼女の前に飛び込んだ。


 俺は自分の剣で亜種の頭を一つを受け止め、体を盾にしてノエルを守る形で立ちふさがった。


 牙が俺に襲いかかり、その重さに全身が震える。


「ぐっ……!!」


 牙の一撃は重く、体が軋むような感覚が全身を駆け抜けたが、俺は必死で耐えた。


 ノエルを守るため、なんとしても立っていなければならない。


 俺の視界は一瞬ぼやけるが、決して倒れるわけにはいかなかった。


「ゼラン……」


 ノエルは驚きの表情を浮かべ、俺が彼女をかばっていることに気づいた。


 だが、その瞬間、亜種の他の頭が再び牙を剥いて、俺たちに襲いかかろうとしていた。


「次は耐えられないかもしれない……」


 俺の体は限界に近づいていた。


 しかし、その時、リリスの魔法が強力な光の鎖を放ち、亜種の動きを一瞬封じ込めた。


「今だ、動いて!」


 リリスの声が響き、俺は全力でノエルを抱え上げ、安全な場所へと連れて行った。


 彼女はまだ息を整えられず、戦い続ける余力が残っていないように見えた。

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