『刃の転生:異界に咲く進化の果て』

朝狐

1章

第1話

俺が目を覚ましたのは、いつもの自分のベッドではなかった。


 暗く、湿った空気が辺りに充満していて、遠くでかすかな風の音が聞こえる。


目をこすろうと手を持ち上げようとして、何かがおかしいと気づいた。


  指がない。代わりに、鋭い刃のようなものが目の前に揺れている。


俺はそれを目の前で振り回してみたが、手だと信じるにはあまりに異様だ。


 周りを見回しても、すべてがいつもと違う。


  地面は湿った土の匂いが強く、普段なら雑草に見えるはずの植物が巨木のようにそびえ立っている。


  俺の視界は妙に広く、すべてがクリアに見えるが、それ以上に不安感が胸を締めつけていた。


「まさか……」


 俺はようやく自分の体をじっくりと見下ろす。


そして、その瞬間に気づく。


  長い鎌のような前肢、大きな複眼、そして異様に細くて緑色の体。俺は…カマキリになってしまっている。


 これは夢だ。夢に決まっている。そう自分に言い聞かせながらも、リアルな体の感触、湿った空気の冷たさ、そして耳に届く虫の鳴き声が僕を現実に引き戻す。


 試しに前脚を地面につけ、ゆっくりと歩き出してみる。


  体のバランスがとれず、ふらふらするが、どうにか前に進めた。


俺の頭に次々と湧き上がる疑問を振り払うかのように、目の前にある小さな葉の陰に身を潜めた。


 もし本当に夢ではない現実がここに広がっているなら、俺はここで生きていかなくてはならない。


  次第に体が冷えていくのを感じながら、俺は大きく息を吸い込む。


カマキリとして生きていくしてしかないのか?


 とは言ってもどうすればいいんだ。そろそろお腹空いてきたし何か食べたいがカマキリ食べるのって虫とかだよな、食いたくないけど餓死するのも嫌だし食うしかないか。


  あたりには、無数の小さな音が響いていた。葉を揺らす風の音、かすかな足音…僕がカマキリとして生きているこの場所には、僕よりもずっと大きな存在が潜んでいるに違いない。


 自分も捕食される存在だと理解し、一歩、また一歩、ゆっくりと進み始める。

 

  鋭い鎌のような前脚が不安定な地面に刺さる感触が伝わり、すべての感覚が研ぎ澄まされているようだった。


少し進むと、小さな虫が俺の視界の端を横切った。


  無意識のうちに、体が自然と低く構えをとり、前脚が軽く震えていた。


 人間としての感覚で考えると、自分が昆虫を捕まえて食べるなどありえない。


  しかし、この体が求める本能はそれを望んでいるようだった。


  視線をじっとその虫に集中させ、体を低くしてじりじりと近づいていく。


 そして、瞬間的に前脚が反射的に動いた。鋭い鎌で相手をがっちりと挟み込むと、驚くほどあっさりと小さな虫を捕らえることができた。


  逃げようともがくその感触が手に伝わり、俺は一瞬、躊躇した。


 だが、強烈な空腹がそのためらいをかき消した。


仕方がない。俺はそっと目を閉じ、捕えた虫を口へと運ぶ。


口元で感じる硬い外殻と、口に広がるわずかな甘味。自分が本当に昆虫になってしまったことを、初めて実感した瞬間だった。


「…これが、俺の現実なんだな。」


 森の奥へと視線を向ける。ここが本当にどこなのか、いつか人間に戻れるのか。そんな疑問が次々と浮かんでは消えたが、今は生き抜くことに集中しよう。


 新たな一歩を踏み出し、俺はこの見知らぬ世界での生き方を少しずつ理解し始めた。


 腹を満たすことはできたが、もう夕方だ夜になる前に外敵から身を守れる家が欲しいじゃないと休むのも不安だ。


 それから深い森の中歩き、段々と夜の闇が一層濃くなっていく。俺は疲れた体を引きずるように倒木の下へと向かった。


 倒れた木の幹が地面に横たわり、まるで自然が作り出した小さな洞窟のように口を開いている。


  その中は薄暗く、昼間の陽射しを少しだけ残しているかのように静かで、わずかに湿った土と苔の香りが漂っていた。


「ここなら、少しは安全かもしれない…」


 慎重に倒木の下に体を滑り込ませると、外の音が遠くなり、まるで世界から切り離されたような静寂が訪れた。


湿った土が冷たく体を包み、疲れた脚や触覚がじんわりと癒されていく。


 倒木の中には、他にも小さな昆虫がひっそりと隠れているようだったが、争う気配もなく、ただ夜を越そうとしている仲間のように見える。


彼らのわずかな動きや、遠くで聞こえる森の夜の音が、不思議な安らぎを与えてくれる。


「ここで眠れるかも……」


 体をすっぽりと倒木の陰に隠し、目を閉じる。森で眠るのは不安だが、この場所なら少しは安心できそうだ。


俺はそっと息を吐き出し、今日の疲れを癒すようにゆっくりと意識を沈めた。


「明日からどうするか考えないとな……」


 新たな生活の始まりに不安を抱えながらも、俺はこの見知らぬ世界で生き抜くための一歩を踏み出した。

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